第103話 強者の邂逅

「もう途中から何がなんだか……」


 目を真っ赤に腫らしたエステルが大きな吐息と共に力を抜いている。

 

「ええ……信じられませんでした……フィルレイア様をこの目で拝見させて頂く機会があるとは……精選を戦い抜いたかいがあるというものです」


 ルリーテは鼻血を布で拭いながら未だ冷めやらぬ興奮に鼻息を荒げたままである。


「異例も異例ですよね……騎士団のひととは言っても、他は中堅の方でしたし……それでも手が届かないくらいなのに、まさか……それにしてもイースレス様めちゃくちゃかっこよかったですねぇ……!」


◇◆

「フィルレイア様。こちらゼオリム様から預かった書面になります」


「えっ? まぁありがと」


『これ以上いると他国の貴族に質問攻めにあいそうなので逃げることにします。激励して、俺がここにいたという証拠も無事に残すことができたので後はよろしく! 


追伸 

 バルディンがそれとなく立派な激励だったことを察するような報告を織り交ぜてくれることを信じています』



「あいつぅぅぅぅ……と言いたいところだけど……えっとイース……食事パーティの登壇は任せちゃっていいかな~? な~んて?」


 受け取った書面を遠慮なく握りつぶしながらも、フィルレイア自身も同じことを考えていたようだ。

 イースレスへ何事もなかったかのように上目遣いを駆使した願い事を伝えている。


「そう言われると思っていましたよ……まぁフィア様の目的は最初から分かっていましたので……ですが、出来ればその後でも良いので私もご挨拶したいですね」


 イースレスは想定した通りのフィルレイアの行動に頬を緩ませ、了承の旨を伝えるとフィルレイアも歯を見せながら笑っている様子だ。


「んっ! ありがとね! いないことはないと思うから……アロルドは食事パーティが本命でしょうからあなたも頑張るのよ」


「その通りっス! あんなに多いとは想定外だったっス! おれ食事パーティ後に挨拶しに行くっス!」


 肩を落としていたアロルドもフィルレイアの鼓舞に気持ちを再燃させるべく拳を握りしめていた。


「んっ! あなたたちは終わってからゆっくり会えるように伝えてみるわ。それじゃ~行ってくるわね」


 堅苦しい式典セレモニーの登壇を無事に押し付けたことで気も軽くなったフィルレイア。

 豊満な胸を物理的に弾ませ後ろ手に手をひらつかせながら、大広間を後にするのだった。



◇◆

「――えっ? きみ結局カグツチの正体まだ伝えてないのかい?」


「えとー……うん……何というかタイミングがないというか、なまじダイフクが不死鳥フェリクスになったからさ……こう……実は竜ですって言うのも嫌味っぽいかなぁというか……」


 アドニスから視線を外し普段の声の大きさを忘れたように呟くセキ。

 

「まぁ実物見てるから精獣も竜も彼女たちからしたら遠い存在とは思うけど……何かの拍子に知られるより先に伝えるほうがいいんじゃないかなぁ……僕の場合はナディアと再会してすぐに説明したし……」


「精獣如きと一緒にされては困るかの~。……と言うかベヒーモス。我を落とそうとするのをやめい……」


 アドニスのアドバイスに対して主要ではない部分へ茶々を入れるカグツチ。

 だが、カグツチはセキの肩に乗ったままだが、ベヒーモスも、のそのそとセキをよじ登りカグツチを両手で押している真っ最中だった。


「セキの~魔力は~澄んでて~気分がいい~……」


「我から契約を奪おうとはいい度胸だのっ……こらっ……やめい」


 精選の精霊同様にセキを気に入った様子のベヒーモス。

 チピはどちら側につくか決めあぐねているようで、セキの頭の上で二匹の争いを落ち着かない様子で見守っている。

 アドニスはアドニスで複雑な表情で白い目を向けているが……。


 カグツチは性格的にベヒーモスを苦手としているようだが、これは互いが認め合う強者同士だからこそ通じるじゃれ合いでもあった。


 そんなことをしていると不意にアドニスが立ち上がる。

 先ほどまでの緩めた表情はすでになく、視線を左右に揺らしながら何かを探っているような仕草を見せた。


「誰かがおれを見てるってことはないけど、なんか近くにいる感じか?」


 セキは座ったままでアドニスの背中へ話かけるが探知に集中している様子だ。

 アドニスはおもむろに腰に手を回すと戦斧アックスを握りしめる。


 魔力を探知できないセキだが、明らかに空気が変わったことを感じ取る。

 ヒリついた大気は街の喧騒を押しやるように音が遠くなる錯覚さえ覚えた。


「知らない魔力だけど、そうそうお目にかかれない魔力量だ……それに相手は少なくとも僕には気づいてるね――と言うより僕が目的かな? 向かってきているようだし」


式典セレモニーに迷惑かかりそうなら、おれも手ぇだすぞ。どっかの国のやつが気が付いたかもってことだよな?」


 業鬼種オグルの血が騒いでいるのか、言葉とは裏腹に口角をやや吊り上げるアドニス。

 そんなやりとりの最中、カグツチはベヒーモスに押し出され肩から転げ落ちていく。

 主とは対称すぎるほどに緊張感のない二匹である。


 そしてアドニスが見据えていた路地から一人の女性が姿を現した。

 青い髪を揺らす美女は待ち受けていたアドニスに気が付いていた様子だ。


「警戒させちゃったみたいね……ごめんなさい。でもわたしの予想も当たっていたみたいでよかったわ」


 殺気の一切を持たない美女の言葉は、アドニスが警戒を解くに十分な説得力を持っていたようで戦斧アックスを腰に戻しながら、威圧を納める。

 さらにその声に反応したのはセキだ。


「――あっ……なんだフィアだったのか~!」


「ええ……久しぶりに会えてうれしいわ。セキ」


 その瞬間、転げ落ちていたカグツチは木長椅子ベンチにそそくさと身を隠していた。



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