4章 決戦の誕生地
第65話 好機
姿を現した精霊の誕生地。
中層下はいまだに透き通った青色の海中へその姿を隠しているが、表層と呼ばれる土壌が蓄積した部分は、新たな大地の誕生であるかのようにその巨躯を探求士たちの眼前へと晒している。
魔力の機微に疎い者でさえ、この誕生地の前では濃縮された魔力から発せられる威圧感とも神々しさとも捉えられるある種の威厳に出会うことができるだろう。
我こそは、と意気込む数多の探求士たちが誕生地の前へ集まっている。紹介所に集まる以上の
精選参加探求士を騎士や、
身を包む鎧は晩秋を想わせる黄みがかった茶色で、灰色中心の鎧騎士が集まる中、視線を集めるに十分な役割を果たしていた。
「我はジャルーガル国!
大気が震えているかと錯覚するほどの声量を誇るその声は、集まった探求士たちの最後尾でもはっきりと聞こえるほどによく通った。
ヤーカスは胸元で拳を握りしめ、自身の熱さえも目の前の探求士たちに分け与えるかのように咆えた。
「今まで我々はきみたちの契約を遠巻きに援護するだけの存在でしかなかった!」
強面で融通が利かなさそうなその顔に軽く辟易している様子だ。
「――だが! 今回の精選はそれよりも一歩踏み込んだ援護……いや、支援をここに約束しよう!」
ルリーテもセキの隣でこれまた興味を持てないようで、視線をヤーカスに向けることさえせず、セキの横顔ばかりちらちらと見ている状態である。
「ここにかざしたギルドメダル。これを各参加パーティに一枚ずつ進呈する!」
ブラウたちが持っていたメダルをおぼろげながらに思い出すセキ。参加だけで一枚もらえるという状況にメダル収集の難易度を勘違いしたのか、拍子抜けた顔を覗かせている。
「そして精霊との契約を終えた中で一番このメダルを集めたパーティに対してメンバーの親類も含めた『居住権』を授与することをここに約束しよう!!」
この言葉に集中を欠いた三名の視線が一斉にメダルへと集中した。他と異なり全ての説明を熱心に聞いていたエステルに至っては願ってもない言葉に、その切れ長の瞳をあらん限りに見開き、瞬きさえも忘れたかのようにメダルを凝視していた。
ヤーカスの説明に聞き入っていた回りの探求士たちも衝撃は同様であり、静まり返っていた集まりの中に一つ、また一つと騒めきが目立ち始めている。
「魔獣の討伐でもメダルは稼ぐことはできる! だが、言わずともみな気が付いていると思うが……これは一種の争奪戦でもある!」
騒めきを意に介さず雑音を掻き消すように声を重ねていく。それと同時に悲壮感に溢れた嘆きの声も少なからず上がっていた。
「精霊との契約だけが目的ならば早々にメダルを破棄し契約に注力すればよし! だが、契約のその先――そう
その声を拾ったのか、はたまた当初から予定していた説明なのか、メダルの破棄が精選不参加の意思というわけではない、というあくまでも支援という意味合いを持つことを説明するものの、
「魔獣との戦いに加え探求士同士の血生臭い争いも発生するだろう! それに怯える者は
(――全員倒せば即決定だっ!)
セキが物騒な思考を巡らせている。
「まぁ止めとけ。お主もそんなつもりは実際ないだろうがの……。エステルもステアも喜ばんだろうからのぉ」
思考に耽っていたセキを
「ハハッ……ごめんごめんその通りだな。そんなの甘いとか言うやつもいるだろうけど、シビアな苦みばかりを求めるのがかっこいいなんて勘違いしてるやつと一緒にされたくないし。まぁ売られたら買うけどな……」
胸元でカグツチとセキの会話をぼんやりと眺めているチピの頭を撫でながら、セキは大きく溜め息をついていた。
休む間もなく次の情報がヤーカスから発せられる。
「『居住権』について! 今回の管理国は『ランパーブ国』、我が国『ジャルーガル国』、そして『プリフィック国』だ! この三国の中心都市から選ぶことが可能であることを補足する!」
この発言が切っ掛けとなり探求士たちが熱狂の渦に包まれ、歓喜の叫び声や雄叫びが轟く事体に発展した。
三国の中で最後に発表された『プリフィック国』。めったに精選の管理国となることはなく、国の位置も
だが、国の安定度はいわずもがな、何よりも王の息子であり、『
各国の民だけでなく、探求士からも一、二位を争うほどに耳目を集めている騎士団を有する国である。
優れた探求士が騎士団に入団することも珍しいわけではなく、名誉ある騎士団の一員として箔をつけることを望む者も少なくない。
その国への居住権が手に入る
その後は例年通りの精選の説明が続くこととなるが、火照りを抑える術がない探求士たちの熱は冷めることがなく、正午に精選開始の旨を伝えるとヤーカスもその場から立ち去っていった。
「最初の静けさが嘘のような騒ぎですね……気持ちはわかりますが……」
「うん……まさか居住権を手に入れる
「でも……あたしも聞いたことがあるくらいには、どこの国でも探求士を定着させて自国を強化したいっていうのは常々言われている事実みたいですから、新人のうちから囲いたいというのも納得できはしますよね……」
唇に手を添えながら落ち着きなく視線を移すエステル。ルリーテやエディットと会話をしながらも今の話を反芻し、精選へどのような心持ちで臨むかを模索している様子だ。
「エステル。メダルうんぬんは任せるよ――で、正午開始だから二時間はあるよね? ちょっと参加者を一望したいから少し外していいかな?」
「――うん。パーティ単位でメダルもらったりとかはわたしたちで大丈夫そうだから。え~っと……この海岸じゃ待ち合わせしにくいから、正午前にあの大きな木を目印に集合しよう!」
エステルの提案に頷くとセキは雑踏の中へその姿を消していった。頭の上にはカグツチが
空を仰ぎながら大きく深呼吸をするエステル。
「うんっ。それじゃ先にメダルをもらっちゃおう! 気持ちを落ち着けるのはその後でもできるからね!」
「その通りですね。あの発表で浮足立ってしまっていることは否定できませんので……」
「了解です!」
説明を行っていた騎士ヤーカスの姿はすでになく、周りを取り囲んでいた騎士が精選の参加証を確認しギルドメダルを配布している。
配布した際に参加証に印を付けており重複配布を防止している姿が伺えた。
エステルたちも他の探求士同様に騎士からギルドメダルを受け取ると一緒に魔具を受け取る形となった。
配布した騎士が言うにはその魔具は『魔道管』の数を浮かび上がらせ、本数の確認と主属性の確認ができることができるという便利な代物であった。
「おぉ……メダルもそうだけど魔道管の本数見れるってすごいね……」
「
「あたしも自分の数知らないです……三本が『探求士として素質あり』。四本が『探求士として名を馳せる素質あり』。そして五本が『歴史に名を残す』……ですよね……」
三者共通の魔道管の本数とその本数に対する素質の認識である。本数が多ければ強いという単純なものではないが、数という目に見える分かりやすさから指標にされやすいということは事実であった。
「うん……逆に……二本なら『戦いに赴く資格なし』だったよね……」
「はい……まずパーティに入れませんよね……そして一本だと……」
「『村から出ずに一生を過ごせ』ですね……今の時代ですと一本管の
自身の本数が分からないままに話を進め
だが、知りたい気持ちは溢れるばかりである。喧騒から離れ
「んと……あのさ……一緒に見ないで……自分だけで見ておくのはどうかな……? えっと……これでわたし二本とかだったら言いたくない……」
一本と言わないあたりにぎりぎりの
「賛成です……! 確認はしますが、というか見たいですが、それは自分の胸に仕舞っておきましょう……仮に一本だとしても一緒にやっていく気持ちに変わりはありませんが……!」
「あたしもルリさんと一緒です! ズルいですが、自分が一本でも捨てられたら嫌という気持ちが正直ありますっ!」
「あと、セキにはこの魔具のこと内緒にしよう……セキは普通に聞いてくる気がする……無理強いする
「セキ様四本……――いえ、五本とかでしょうか……聞きたいですが、聞くと自分も聞かれそうなのが怖いですね……」
「セキさんの性格からして一本でも許してくれそうですが、セキさんが『ああ、おれは五本だけど、そんなの気にしなくても……』とか言われたら、あたし噛みついてしまう気がします……」
辺りに誰もいないにも関わらず少女たちは再度目で索敵を行う。確認を終えると何を言わずともジャンケン大会が始まっていた。
結果としてエディット、ルリーテ最後にエステルという順番に収まるとエディットが魔具をエステルから受け取る。
「それではいってきますっ!」
張り詰めた空気と上擦った声を残しエディットは岩の後ろへと消えていく。
しばしの時間が立ち再度その姿を見せた時、その顔は光に向いた向日葵の如く安堵の色を浮かべている。
エステルとルリーテは三本以上であったな、とそう結論づけた。
「
エディットから魔具を受け取ったルリーテが足取り重く岩の後ろへと歩いていく。
エディットと同程度の時間が経過しても姿を見せないルリーテに不安を覚えるが、やがて足音が聞こえその姿を見せる。
だが、その表情はエディットとはまったく異なり悲壮感なのかさえ判別できない。
暗闇に置かれた宝石のように虚ろな目、この短距離短時間にも関わらず胸で息をするほどに鼓動が高まっていることも伺えた。
エステルとエディットは取り決め通りに何も問うような素振りは見せず、ただその姿を見つめていた。
「じゃ……じゃあ最後はわたしだね……」
ルリーテのその姿を見たエステルは、内側から叩かれているのかと錯覚するほど心臓の音が鳴り響いている。
深呼吸をすると前へ顔を上げ、岩場の影へその身を隠した。
手の平に収まるほどの大きさ、白黒のまだら模様で蝸牛の殻のような形をした魔具を自身の腕へ当てる。
殻の中心部を押すとスイッチが入ったような音が鳴り極々微量の魔力が自身に注がれたことを自覚した。
「おぉ……」
思わず声が漏れる。注がれた魔力が自身の腕に巡り魔道管を淡く光る星のように煌めかせ始めた。
その数は『三本』。
安堵の吐息と共に力が抜けたようにその場にへたり込むエステル。
その瞳には魔道管の煌めきを凌駕する星の輝きが宿っていたことは言うまでもないだろう。
「ほんとよかったぁ……」
絞り出すように喉を鳴らすと魔具の色が変色している。
そこで見えた色は、赤が多く次いで緑、そして緑の半分程度の割合の青の三色であった。
「わたしは火属性が強めってことなのかな……?」
本命の魔道管の本数で、三本という及第点を取ったエステルが主属性への関心が薄れ気味となっているのは、直前のルリーテの表情を見てしまっている以上、仕方のないことである。
喜びを全身で表現し伝えたい気持ちは溢れてくるばかりだが、当初の取り決め通り、この話はここでお終いであるということをエステルは再度自分に言い聞かせる。
胸に手を当て、内から叩き続けていた鼓動の音が鳴りを潜めたことを確認すると、なるべく測る前と同じような振舞いを心がけ、ルリーテとエディットの待つ岩の裏へとその足を向けたのだった。
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