第64話 鍛冶街へ その5

「あの……武器これ、やっぱりお返しします」


 試し切りから戻ってきたブラウたちが発した言葉である。続く二種ふたりも同様の気持ちのようで、両手で大事に抱えていた魔杖ワンド鎚矛メイスを差し出していた。


「どうした? 気に入らないなら調整するぜ?」


 ブラウの深刻な表情とは対照的に目を瞬かせながら、煙木タバコを咥えているカリオス。

 同席するトキネやニコラも僅かに瞳を揺らしたものの、喉を震わせることなく木箱に腰を据えていた。


「えっと……こんなにすごい武器……今の俺たちには扱えないので……宝の持ち腐れになってしまいます……」


 より一層表情に影を落としながら剣を差し出すブラウ。

 だが、その言葉を聞いたカリオスは咥えていた煙木タバコが跳ねていくほど盛大に吹き出した。


「ブハッ……ブハハハッ!! なるほどそういうことか! まぁ気持ちはわかるがすげえ自信だな」


 涙が出るほどにひとしきり喉を鳴らしたカリオスが、目を擦りながら放った言葉に意表をつかれたブラウ。

 真意を読み取ろうと熟考している様子を察したカリオスが白い歯を見せながらその姿を楽しんでいたが、やがて口を開いた。


「だから、この武器に見合うほど強くなるまで生き残れる自信があるってことだろ?」


 予想もしていない言葉に思考の渦が弾ける。無論この場の誰もがそのような自信を胸に返却を試みようとしていたとは思っていない。


 だが、カリオスはあえてその言葉を口に出した。困惑の顔色を浮かべながら固まるブラウを見兼ねたトキネが助け舟を出す。


「ん~。たしかに自分に見合わないような強い武器を注文するやつはいるけど、そういうやつは武器を見ると一目でわかるの。ああ、こいつは今の武器もろくに手入れできないのに何を言ってるんだろうってね」


 木箱からその小さなお尻をあげ、ブラウとカリオスに歩み寄る。

 この場で一番若いトキネではあるが、その落ち着きようはその見た目にあまりにもそぐわない熟練の立ち振る舞いを匂わせていた。


「手入れができないっていうのはね。その武器の良し悪しも判断できないってことなの。斬れば刃は欠けなくても血や油で切れ味は落ちるし、柄の握りだって月日が立てば形は変わるしね。それが分からないのに武器を変えて何がわかるのかな? ――ってね」


 踵を返し背中を向ける姿は教えを授ける熟練者のように手慣れている。

 顔の横で指を立てて小さな石小屋をゆっくりと歩きながら語るその姿にブラウたちは耳目が惹きつけられていた。


「でもブラウさんたちは逆。あれだけ熱心に手入れできてるのにどうしてこの武器なんだろうって思った。愛着もあるから一概に間違いとは言わないけど……ちょっと手入れの仕方が我流で良くない所もあったけど日々相棒を気にかけてるのがすぐにわかったよ? もちろんセキにぃが勧めたくらいだからセキにぃは私なんかよりずっと――ず~っとわかってる」


 背中で語るトキネがそこでひらりと身を翻して改めてブラウ、クリル、ゴルドをその瞳で見据える。


「それとおじさんが言ったこともその通り。私たちはいつ死ぬかなんてわからないんですよ。ここに来るまででもそうでしたよね? まぁあれはちょっと――ゲフンゲフンッ……んっんんっ! だから今の心掛けもとても素敵ですけど……必要なのは新しい相棒と、相棒に相応しい強さを目指す心掛けを持つことじゃないかなって私は思います――」


 途中で自責の念が入ったのか素直さが仇となったのか、引っかかる点はあったもののトキネの年齢に見合わぬ説得はブラウたちに一切の反論の余地を与えることはなかった。




 揺れていた瞳が道を見据え自然と焦点を定める――。


 定めた先に映るものは神々しいオーラさえ漂わせる新しい相棒だ。


 鋭く尖った剣先、剣身に浮かび上がった羽根の紋はガードまで彩られガード自身も羽根の形で統一されている。その中心部の器にはめ込まれた魔力源は、鼓動しているかのごとくその赤黒い光でその身の内を仄かに煌めかせていた。


「……だとさ。どうする? 俺がそれを受け取っちまっていいのかい?」


 カリオスは答えの分かりきった問いを目の前に立つ三名に投げかけた。


「――せます……この剣にふさわしい探求士になって見せます!」


「あ……あたしもっ! この魔杖と一緒に成り上がってみせるわっ」


「僕もこの力でたくさんのひとを救って見せます! この鎚矛メイスに恥じないように……!」


 戸惑いを振り払い偽りのない気持ちを高々と宣言した。

 その姿を見て微笑んだトキネの顔が、初めて年相応の無邪気な少女の笑みそれを見せる。


 実力の有無ではない。どのような者であれ、今の自分の殻を破り新たな道を歩み始める者の姿は、目を細めてしまうほどに眩く見る者の口元に弧を作り出すだけの温かさがあった。


「さぁ、武器と魔力源の説明でもするかっ!」


 武器を受け取るポーズを続けていたカリオスも背中を向け、この熱意の後押しの準備に取り掛かっていった。



◇◆

「――とまぁ、だいたいこんなもんだ。おさらいするが、ブラウの魔力源は『灼翼の鳥神ガルーダ』、クリルの魔力源は『豪雨の仙蛇ミズチ』、ゴルドの魔力源は『砂塵の獅王スフィンクス』。扱う魔力源が何かってのは意識しておいたほうがいいから忘れないようにな」


 先ほどの決意を忘れたわけではない。覚えていてなお三種さんにんは武器を返却する気持ちが固まり始めていた。


「あの……魔力源が全部……極獣なんですけど……これカリオスさんたちが……?」


 意を決してゴルドが震えの止まらない腕を、全身全霊を以って高々と振り上げながら質問を口にした。


「ナハハッ!! おじさんたちはそこらの魔獣にもやられちゃいますよ。討伐したのは全部カグねぇとセキにぃですよっ」


 質問に答えるトキネに首をぎこちなく動かしながら顔ごと向けるゴルド。

 どうやら少なくともトキネはセキが理解していなかった魔獣のランク付けじたいも理解しているようである。ゴルドの勇気に敬意を表したのか、クリルが続いた。


「そのカグねぇってひともセキくらい強いのかしら……?」


「あ~。セキにぃから聞いてなかったんですね。ん~もう亡くなっちゃったんですけど……セキにぃはカグねぇのほうが強いってずっと言ってます……でも他から見たらどっちもどっちだったと思いますよ」


「まぁおっかねえってならカグヤだな。あいつの戦い方は乱暴すぎた……見る者みな全てを傷つけたい思春期じゃあるまいし……」


「まぁ特にセキさんが致命傷負ったりした時のカグヤさんには近寄りたくなかったよね……。魔獣のほうがまだ通じ合えると思うくらい暴れてたから……」


 時折、思い出した際に表情に影を落としながらも努めて明るく話を続けるトキネ。カリオスも思い出しながら汗が止まらないようではあるが、それよりもひどいのはニコラの汗だった。


 ここでカグヤの話を深掘りするほどデリカシーがないわけではない。ブラウは改めて自身の武器の魔力源となった魔獣について聞く決心を固めた。

 これはブラウに限らずクリルとゴルドも誰かが聞かない場合は問うつもりであった質問でもある。


灼翼の鳥神ガルーダって言いましたよね? それって――」


「そうですよ。十五? 十六? 十七年前? 正確な年は忘れましたけど、ブロージェ国を滅ぼした魔獣そのものです。討伐じたいは五、六年前ですけど」


「――え、でも灼翼の鳥神ガルーダって討伐したのは、ジャルーガル国とその騎士団って通達が……」


 ブラウの問いかけを想定していたトキネが即座に反応する。その答えにさらに木箱から身を乗り出したゴルドが疑問を綴ることとなるが、それも想定の範囲内だった。


「はい。通達はそうなってますよね。でも討伐した側から言わせれば笑えますよ。灼翼の鳥神ガルーダはうちと近くの村と助力してくれた探求士さんたち。そしてカグねぇとセキにぃが命掛けで討伐したんですから。あの戦いで命を落としたのは数百人じゃききませんからね……」


「その命を落とした者の中にはトキネの両親もいる。ジャルーガルは名誉が欲しいのかどうか知らんが……それに逆に聞くぜ? 討伐もしていないしがない村の鍛冶師が灼翼の鳥神ガルーダの魔力源なんて手に入れられると思うか?」


「俺たちもその通達を知ったのはかなり後なんですよね。まぁ名誉があっても腹は膨れないんで……素材は余すことなく討伐者たちで分配できてますし」


 怒気を含ませてはいるものの、それをブラウたちに向けて解き放つような仕草は見受けられなかった。

 そして見分けが付かないことに変わりはないはずなのだが、流暢に受け答えをする姿を見ているだけで、なぜか戸惑いもせず納得してしまう自分を自覚したブラウ。

 それは当たり前のように魔獣を討伐していたセキの姿を見ていたことが、一番の材料となっていることも分かっていた。


「疑うつもりはありません。でもなぜ俺にこんな貴重なものを……」


「セキにぃのお友達さんなので。セキにぃがなんでも~って言ってるってことは一番いいものをって意味ですから。ほんと~に一番いい魔力源はあいにく予約済なので出せないですけど、元々セキにぃが討伐の功績で分配されたものですから」


「それによく手入れしてた武器も見せてもらったしな。手入れはさっき教えた通りにしたほうがいいが、今までと同じ接し方をしてやれば喜ぶだろうってのもある。店に出す武器に付けとくわけにもいかねーんだ。貴重だからといって眠らせたままのほうがなおさらもったいねえ――あとはまぁ……分配も何も灼翼の鳥神ガルーダに傷を負わせてたのはほとんどカグヤとセキだからな。ポチとプチも頑張ってたが……だから今となってはセキに決める権利がある」


「セキさんは火でも属性を扱うような戦い方じゃないですけど、灼翼の鳥神ガルーダは灼炎、カグヤさん雷炎でしたからね。あの周辺の山が何十個も融けて丘どころか大穴になってる所もあったし……そんな大物の素材を出すには慎重にもなりますが、慎重になりすぎて出番がないんじゃそれこそ報われないでしょう?」


 トキネたちに畳みかけられるように言葉の大波を受けるブラウは身体の震えを止めるべく片手半剣バスタードソードを力強く握りしめる。

 だがそれはブラウだけではなく、クリルとゴルドも同様の面持ちで自身の新たな相棒をその胸に抱いていた。『豪雨の仙蛇ミズチ』も『砂塵の獅王スフィンクス』も文献で見たことがある程度であり、近年に至っては討伐どころか出現報告さえ皆無の極獣である。


 出現場所が違えば灼翼の鳥神ガルーダ同様の被害をもたらすことは、文献に記された情報からでも容易く読み取ることができる厄災。

 相棒に頼る戦闘になることは否めないとしつつも、少しでも見合う力を目指すという心構えはその胸の内に秘めていた。


「ん~でもちょっと予想外だったかも。クリルさんちょっと一緒に来てもらってもいいですか?」


「ええ。もちろんだけど、トキネちゃんどうしたの……?」


「巨乳が憎……じゃなくて、んと~来てください」


 要領を得ない言葉だが、トキネに手を引かれて石小屋を後にするクリル。


「魔獣よりもトキネの巨乳に対する憎悪のほうが心配だが大丈夫か?」


 残されたブラウとゴルドが思わず喉を震わすこともできずに大口を開けながら、走っていく二種ふたりの後ろ姿を見送っていた。




◇◆

「嘘だ!! 嘘だ~~!! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーー! あぁああぁぁあぁ……」


 ブラウの慟哭が夜の帳が降りた空へとこだましていた。泣きつかれたのか膝を地に付くと勢いのままに両手も地へ落ちる。


 嗚咽さえも聞こえてくる状況ではあるが、声を掛ける者はいなかった。


 ブラウが脆くも崩れ落ちた横では、クリルがヨハネスの顔をその胸に埋めるように抱き着いている姿があり、ヨハネスはブラウと別の意味でその膝を折りかける衝撃に見舞われてはいた。

 だが、その強靭な精神力によりその弾力を堪能するために全神経を自身の顔に集中させていた。


「驚いたよクリル……でもそれ以上に……おめでとう!!」


 なぜかその姿に惜しみない祝福を投げかけているゴルド。よくよく見ればその瞳は滲んでいるがこれは祝福の涙であった。


「クリルさんたちが、浜辺沿いで試し打ちしてる時から兆候は見えてたんだけど、気が付かずに戻ってきちゃったみたいだったから……でもほんとによかったぁ……」


 トキネが安堵の吐息を大きく吐きだしその小ぶりな胸を撫で下ろしている。もちろん目の前で崩れ落ちているブラウについては、視野に入れないという配慮を欠かしてはいない。

 そこにクリルの胸の圧迫からようやく解き放たれたヨハネスが口を開いた。


「こ……これでセキには秘密じゃぞ……? よいな? よいな?」


 いくら堪能していたとはいえ、忘れてはいけない約束を念押しとばかりに確認するヨハネス。


「も~~……そんなの忘れちゃいましたぁ~!」


 再度、ヨハネスの頭に手を回し力の限りに抱きしめるクリル。

 ヨハネスにとっては垂涎ものの至福の弾力と温もりが皺だらけの顔から脈打つように流れ込んでいた。


「おほっ!? おほぉぉぉ~~……!!」


 すでにその口から涎を垂れ流し、クリルのされるがままのヨハネス。

 口止めどころか追加サービスまで受けるこの事態に、先ほどまで恐怖の対象でしかなかったセキを心の中で崇めるにまで至っていた。


 そこに足元をふらつかせ、焦点の定まらない目で辺りを見回しながら立ち上がるブラウの姿があった。

 一度歯を食いしばり、唾を飲み込んだのか喉を鳴らす。瞳を閉じながら徐々にその口を開く。


「ク……クリル……精霊との契約更新……おめでとう……」


 決死の思いでブラウは喉の奥からその祝福を絞り出した。


「たしかにハネ爺が豪雨の仙蛇ミズチの魔力源を完全に調和させたのも大きそうですね。『妖艶の美蛇メリュジーヌ』かぁ……聞いたことはありましたけど、契約したひとは初めてみました」


 この『妖艶の美蛇メリュジーヌ』とは精霊の一種である。


 上半身は絶世の美女。下半身は蛇の姿であり、その背には翼をも生やし水中だけでなく、陸や空をも自由に行き交う水の精霊、と文献上では綴られている。

 蛇の性質も持ち合わせていたため、海辺で豪雨の仙蛇ミズチの魔力を行使していたクリルに興味を持ち近くを漂っていたのか、その精霊の光の球に気が付いていたトキネが再度海辺へ連れて行き無事契約に至ったという経緯であった。


「も~! ほんと信じられない……! 魔装に精霊にいいこと尽くめで……セキに再会したらう~んとお礼しなきゃっ!!」


 セキの女性への甘さと弱さを知っているトキネが危機感からかクリルに近づくと、


「もちろんトキネちゃんも気が付いてくれてほんと~~にありがとね~~!!」


 憎むべき巨乳に自らの顔を包まれるという事態に陥るハメとなる。


「うぐっ……こっ……この巨乳めぇ~~っ――……」


 抵抗が空しく空回りするその場を誰もが穏やかな表情で見守る中、ブラウだけが抜け殻と化したように自身の口から魂を吐き出すような長い溜め息を見せていた。


 その後、同じく水の精霊と契約しているトキネに、クリルが精霊のノウハウを教わるために滞在期間を伸ばした一行。

 その判断は功を奏し、ゴルドについても精霊の扱いや属性違いとはいえ戦闘における魔術の利用方法をよく知る機会として活用することとなる。


 ブラウも魂を無事取り戻したようで、唯一の加護精霊契約者でありながら、あの日のセキの剣術を見様見真似で模倣していたところ、セキの剣術を深く知るトキネに鍛錬を受け、日々の特訓の助言をもらい、明確な指針を得ることとなった。


 あの出会いがここまで途方もなく大きな財産となるとは、ブラウたちは想像もしていなかった。

 だが、燻っていても腐らずに進んでいたからこそ、セキとの出会いに恵まれたという自負はある。


 再会を果たせるかどうかは定かではない。だが、再会した時に胸を張って伝えることができるような自分でいたい、という気持ちを共有している三種さんにんが、トキネの指導で見違えるほどに成長するとは、セキでさえも予想することができなかった――


         パレット探求記 3.1章 閑話 ブラウ奮闘記

                  完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る