第63話 鍛冶街へ その4
ヨハネスが絶望の淵へと誘われる中、魔装の作成について説明を受けていたブラウ一行。
そこで流されるままに状況を傍観していたブラウが、それよりも重要なことを思い出し表情が見る見るうちに青ざめていく。
身体の芯に震えを残し乾いた唇をぎこちなく動かす。
「あの……誰に伝えればいいかわからないんですけど……」
遠慮がちにカリオスを見ると、ブラウの手に落としていた目を上げる。
「ハープからここに来る途中で、
ブラウの呟きに口を開けながら聞いていたカリオスが横目でトキネを見る。トキネはその小さな鼻から大きく息を吐き出していた。
その行動をブラウは信用しかねるという意味で捉えられたと解釈しており、それはクリルとゴルドにとっても同様だった。
「ほ……ほんとなんです。たしかに大断崖周辺でもないのは分かってるんです。でもほんとに
「僕たちみたいな未熟な探求士が生き残れている時点で説得力はないかもしれません。でも、鍛冶街の方たちにも危害が及ぶかもしれない以上何か伝える手段があればと……!」
ブラウに続きクリルとゴルドも説得と連絡への理解を求めるが、カリオスは制止するように自身の手の平を向けた。
「あぁ~すまんすまん。その話はまったく疑ってない。だから……トキネちょっと頼めるか?」
「うん。その話を聞いた時点で行こうと思ってたから大丈夫だよ。じゃあおじさん後はまかせるね? ニコラも……セキ
共通の認識でもあるようにスムーズに話が流れていく。少なくともブラウたちはこの周辺で恐獣が出た話など聞いたことなどないにも関わらずだ。
トキネはニコラに念押しとばかりの脅迫を残し石小屋を後にする。ニコラは笑みを取り繕ってその姿を見送っているが、吊り上げた口角がぎこちなく震えていた。
「そっちの話はこれで大丈夫だ。それよりもブラウ」
「――はい……!」
あっさりとした対応に拍子抜けしていたが、自身の名前を呼ばれると共に緊張の糸が背筋に一本通される。
「
「――え。いや~その……そこまでしてもらうお金がですね……」
「――にも関わらず手入れは行き届いてるし、我流だろうが握り部分も馴染んできてる。まぁセキも気が付いてたんだろうな……」
その瞳を盛大に泳がせながら受け答えしているブラウだが、カリオスの言葉にいまいち意味を見出せず戸惑いつつも沈黙を貫く。
「大事にしていたことが伝わってくるってことだよ。うちは親父の意向で剣は基本的に刀なんだが、ここまで使い込んでるんだ。片刃の刀より、馴染んだ両刃の剣を作ってやるよ」
表情を曇らせていた暗雲を灯が照らし出すかのように瞳と口が開かれる。木箱に腰を据えていたカリオスもその顔を見るや否や膝に手を付きながら立ち上がる。
「それと重量……まぁ大きさも少し大きめにするか。今までの剣は片手運用を中心に考えられてたっぽいからな。たしかに便利だが、片手でも両手でも扱えるくらいがいいだろ? 両手でも不自由なく持てるように柄を少し長めにとろう」
「――はい! ぜひそれでお願いします!」
自身の扱う武器を自身の戦いに合わせた形で製作する
「――で、さっきの話だとお前まだ加護精霊だよな? 火が中心とは言ってたけど魔力源も『火』とか『炎』を据えていいか? こればっかりは俺たちには判断できねえからな~まぁセキの見立てが間違えることはないけどな」
「えっと、俺自身も火を望んでいるのはたしかです。でもセキの見立てって……?」
「あいつは相手を直接見れば、その相手が主としている属性を見れるんだよ。言葉通りあいつ自身の目でな。感じるわけじゃなくて色が見えるらしい」
説明された感覚を理解できないブラウだが、説明しているカリオスもその感覚を知っているわけではない。
カリオスにとってはセキはそういうものという認識が根付いているために淡々と説明をしているが、ブラウにとってはハープ周辺で恐獣に出会ったという事実同様に受け入れがたいものであった。
「OKです! お
若さゆえなのか、それとも性格なのかは定かではない。だが隣ではクリルとゴルドがニコラ相手に
「え、え~っと……そんなに装飾はいらないと思ってるのよね……威力が上がるとかなら必要なんだけど、見た目はそこまで……ね?」
「ぼ、僕もそこまでは……それにこれ持つところにトゲトゲの装飾ついてるけど、どこを持てば……」
悪気や悪戯の類ではなく純粋な心意気ということは両名に伝わっていることはたしかだった。
形からでも威嚇の役割を持たせたいのか、主張の激しすぎる
「ニコラ~。お前もうトキネの言ってたこと忘れたのか~?」
カリオスの言葉に苦渋の表情と共に食いしばった歯を剥き出すニコラ。誰を想像したのかは定かではないが、思考を巡らせた結果惜しみながらもデザインを変更する姿にクリルとゴルドは哀愁を感じていた。
「よ~し! それじゃーいっちょ取り掛かるか! 今日明日にできるもんじゃねえからな~。お前らは一度ハープに戻るなりしてくれて構わないぜ?」
「いえ! 何かお手伝いできればと! 自分の剣が作られていくところを見たいんです!」
カリオスの言葉にブラウが最初から決めていたように決意を乗せた返答を行う。クリルとゴルドも同じ考えのようで異論を挟むような目付きではなかった。
自身の命を預ける存在なのだ。少しでも知りたいと思う心情は十分に察することができる。
カリオスは、好きにしな、とぶっきらぼうに背中で返事をするがその口角は十二分に吊り上がっていたことをブラウたちが気が付くことはなかった。
◇◆
「こ……これでセキには内緒でどうじゃ……? ここまで完璧に魔装と魔力源を調和させるのは至難の業じゃぞ?」
数週間の時が流れたがブラウたちにとってはほんの数日のような感覚だ。完成に近付くに連れ自分の相棒が形を成していく工程はそれだけで己の血を滾らせ胸を弾ませるに十分な魅力を詰め込んでいたからだ。
そして本日、剣、魔杖、鎚矛が形として完成した後の出来事だった。
剣に対しては
魔力をよりスムーズに循環させるために、収納時の魔力源の加工は武器本体を作るよりも時間がかかってもおかしくない慎重かつ繊細さが要求される作業であった。
だが、その作業をヨハネスはほんの数秒で終えてしまったのだ。
「今のって何が起こったんですか? なんか魔力源が柔らかくなってたような……?」
「ああ。親父の業ってとこだなぁ……宝石でも魔獣の爪でも牙でも関係ねえ。自身の魔力を魔力源そのものと調和させて自由自在に形を整形できるってこったな」
目の前で見てたはずだが、強靭な輝きを放っていた魔力源がヨハネスの手の中で淡く光ると同時に飴細工のように自在に形を変え、武器の定められた器へとその姿を収めたのだ。
「し……信じられない……加工って一週間やそこらでも終わらないくらい繊細な作業でしょ……?」
「ブラウの時でも二週間待ったよね……ガタガタだったけど……」
その場で驚愕の表情に汗で化粧をしながら立ち竦む
さらに今回は事情が事情だけに渾身の出来といって差し支えない結果を出していた。
――だが、そんなことよりも先日のパイパイ事件の口止めを確約することのほうが最優先事項なのだ。
セキは言葉を違えない。約束ができないならばその旨を伝える男であり、逆に約束をしたならばどのような策をも両断し実行する行動力がある。
長年の付き合いからそのことを痛いほどに自覚しているヨハネスは気が気でない日々を過ごしていた。
「あの……――」
「試し切りなら鍛冶街を西から出てちょい北だ。海沿いに岩場地帯がある」
カリオスは遠慮がちに尋ねようとするブラウの気持ちも察しており、みなまで言わせることもなく試し切りの場所を示す。
白い歯を剥き出しに歓喜の笑みを浮かべた
返答を聞くこともなくただただその震える腕を伸ばしていたヨハネスも諦めたかのように力無くその腕が地に落ちていた。
「じゃあおじさん。私はあの
トキネも一足遅れてその場を後にする。取り残されたヨハネスは息子と孫に愛玩動物ばりの庇護欲を掻き立てさせるための瞳を向けたはずだが、当の息子と孫は会心の作の余韻に浸るべく石小屋を後にしていた。
既にヨハネスは長年の相棒であるその両腕を、大粒の涙と共に見つめ続けることしかできなかった。
◇◆
「〈
正面に鎮座していた巨大な岩に向かって水の粒が唸りをあげて襲い掛かる。複数の粒の一つ一つに強烈な回転がかかっており、巨大な岩を蝕むかのようにその爪跡を深々と残していた。
「やだ……なにこれ……これならあの時の
「〈
下位魔術にも関わらず自身を覆い隠すほどの巨岩が海に向かって放出される。それは大きさだけでなく、硬度さえも段違いに変わっていることが見て取れるほどに岩の艶さえも変化していた。
「すごい……まだ降霊してないのに降霊時と……ううん。降霊時よりも強力になってる……」
「どりゃぁああーー!!」
さらに奥の岩に向かってブラウが吠える。上段に構えたその
剣を振り終えた後に思い出したかのようにずり落ちていく岩を唖然とした表情で見つめていた。
「よかったよかった。喜んでくれてるみたい」
「セキ
誰に対してなのか、トキネは自身が座っている焦げ茶色の地面を叩く。
『グルルォ……』
『ヴォオウ……』
トキネに𠮟られてうな垂れた様子で岩場の上にその身を任せていたのは、ブラウたちが出会った魔獣、
「ハープからの道の魔獣掃除してくれてたのは偉いんだから……頑張ったねポチ。セキ
『グルグルォ……』
『ヴォウォウ……』
言葉を理解しているのか、二匹の獣はトキネの言葉に甘えるような鳴き声を出している。
「うん。あの
二匹の魔獣はこくこくと頷きながら、三名の匂いを覚えようと鼻をヒクつかせている。
トキネに撫でられながら寛ぐ姿はその巨躯と、強靭な魔力から放たれる威圧感と、敵を粉砕及び切り裂くために研ぎ澄まされた角や爪や牙さえ除けば、ペットの動物と大差はないようにも見える光景である。
かつて自身が同じように新しい武器に心躍らせていた時、見守っていたカグヤやセキもこのような気持ちだったのかと思うと不思議と胸に温もりを覚える。
自然と作られた朗らかな笑みを崩すこともなく自身の姿を
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