第62話 鍛冶街へ その3
「深く考えても答えはでない気がする……気持ちを入れ変えよう……」
「そうよね……結果的に命が助かってるわけだもんね。ちょっとちびっちゃったけど……」
「あの状況から生還の代償がそれで済むならいくらでも漏らしてよ……僕ももうかけるだけの汗は出し切った気がするし……」
我に返った
「可能性があるとすれば……ブラウというか、僕らの匂いを嗅いでいたよね?」
「ああ、今考えると鼻をヒクつかせていたような気はするけど……」
一列縦隊の三番手に位置するゴルドが顎をさすりながら視線を揺らす。ブラウは思い出すだけで背筋を大量の毛虫が這うような感覚を覚えながらも、記憶を掘り起こしていた。
「あれで助かるのは腑に落ちないけど、少し考えてさ……僕らにセキやカグツチ様の残り香があったんじゃないかな……?」
「魔獣はたしかに匂いでも魔力を判別できる個体もいるわ。それならセキやグー様の残り香に脅威を覚えて……うん、そっちのほうが
「無理やり感は否めないが……――かといってそれ以外はたしかに考え付かないよな……だが、一つだけ確実に言えることがある。俺たちはついてる!!」
心に重りをぶら下げているように沈んでいた気持ちは、落としどころを見つけたことによりその重り事体を切り離す切っ掛けとなる。
あのような状況でこれ以上の手掛かりが掴めない以上、セキやカグツチにあやかっておくのも処世術として概ね正しいと言うことができるであろう。
重りさえ取れてしまえば残すは待ちに待った魔装との対面を果たすのみである。
自然と
◇◆
到着したブラウたちを迎える鍛冶街の入口は他の町に比べると特殊と言える姿をしていた。
元々鍛冶街とは町ではない。何もない砂地だったがあまりに何もないため、探求士を相手に武具の整備を好きで行っていた鍛冶師が発端であった。
ハープから幾分離れているとはいえ、この一帯は魔獣相手に悪戦苦闘する
武具の損傷が当然のように日々発生する中で、鍛冶師への依頼待ちで周囲に探求士が集まるような状況が続き、その噂を聞きつけた別の鍛冶師が
損傷の激しい大型の槍や斧が突き刺さった場所が出入口であり、その周囲を申し訳程度の石や岩が積んである程度の区切りでしかない。
その先に簡易的なテント、木造や古ぼけた石造りの小屋と統一性の一切ない小屋が立ち並び、小屋の周りに所狭しと布を広げ武具を置いている
客引きの声や値切りの怒声、はたまた不良品を掴まされたのか探求士が
「さっきの恐獣のことも知らせたいけど考えてみたら管理者みたいなのここいないよな……」
「そうよね……でもセキの知り合いもここで露店を出してるんだから、その
ブラウが眉間の皺を摘まみながら絞り出した疑惑をクリルが持前の前向きな考えから解決案を導き出す。
なるほど、とブラウも目をぱちくりとさせながらクリルを指差していた。
「それはいい考えだね。そうと決まれば探してみよう! 『コト村』から来てる、もしくは『刀』を売ってるところだったよね」
ゴルドは既に居ても立っても居られないというように、意気揚々と槍と斧で作られたアーチをくぐっていく。
ブラウとクリルも続き、改めて露店一帯を見渡した時だった。
「
唐突な呟きと共にクリルが指差す方角へと視線を走らせるブラウとゴルド。
通路分のスペースはどこの露店の前でも確保されているが、基本的にどこの露店の前にも探求士たちが腰をかがめるなり、膝を折るなりと武具を吟味する姿が続いている。
だが、指先が示した石造りの小屋の前に広げられた露店では、年端もいかない少女がぽつんと武具の奥で店番をしており、客の姿が一切見られない。
しかも心なしか少女は不機嫌な表情を浮かべているようにも見えた。
「ここからじゃ武器は見えないが……セキの言った通りならたしかに怪しいな……」
どこの露店も盛況な中、あの空間だけに
近寄るに連れて広げている武具も視認することが可能となり、そこに置かれていたのはセキの使っていた武具『刀』やそれに類似した武具であった。
「あの……これって刀ですよね……?」
露店に歩みよりブラウが遠慮がちに店番の少女へ問いかける。その黒髪を両サイドで揺っている少女は見た所、十歳を超えたかどうかの年齢に見える。
これから成長が楽しみになるぱっちりと開いた瞳に潤いの残る小さな唇を持つ可愛げのある顔の作りではあるが、袖を捲ったシャツと短パンというラフな格好で思わずブラウが敬語になる程度に少女は負のオーラを纏っていた。
だが、その声にあぐらで頬杖をついていた少女が一転顔を上げる。
「はい~! いらっしゃいませ~。お客さんお目が高いですね~……お客さんの言う通りこちらは刀になります! いかがですが? こちら作ったばかりで刃文の美しさもこの通りですよ! でもこちらも負けていませんよ、なにせ――」
一瞬で
「え~っと……どれも素敵だと思うんだけどね……うん! でもちょっと用事というかなんというか……ほらっブラウ!」
クリルが屈み込みながら少女の話をなんとか遮ろうと苦悩しつつ、少女の瞳が疑問の色を出すと共にクリルに向いた時、ブラウを肘打ちでせっついていた。
「えっと、間違えてたら申し訳ないんだけど……これをセキという
胸元から預かっていた樹皮紙を取り出す。丸められたままに手渡すと少女は怪訝な面持ちを見せながらも、片手で樹皮紙を開く。もう片方の手はなぜか背腰に回されている状態だ。
字を追っているのかしばしの静寂が流れた。
「わっ! ほんとにセキ
この納得の仕方はセキに言うのはやめよう、
「セキ
何の意味での汗をかいていたのかブラウたちには不明だが、額を拭いながら立ち上がり、背後の金属を打ち付ける音が絶え間なく響いていた石小屋へ歩き出す。
先ほど手を添えていたであろう背腰部分には、セキの小太刀よりももう一回り小さい刀のようなものが備えられていたことを
(あれ? 今俺たち命の危機だったっぽくないか?)
小屋の入口は木製や石製の扉ではなく、布をかけて仕切りにしているだけの質素な造りである。その布を手で捲りながら中へ顔を覗かせ、
「おじさ~ん。お客さんきたよ~」
その少女の声に金属を打ち付けてたであろう音がぴたりと止まる。
「本当かトキネ! でかしたぞ~! 既製品じゃなくて
『トキネ』と呼ばれた少女がブラウたちを振り返り手招きをすると石小屋の中へと姿を消す。それに釣られるようにブラウたちも喉を鳴らしながら足を進めた。
「いらっしゃいお客さん! お目が高いですね~! ご自身の手に馴染む武器をお探しってことですか~?」
中へ入り迎えたのは
親子というのが見て取れるように両名ともに短く刈り上げた金髪に、金の光を宿した瞳を備えている。
「あ~えっと~……ニコラたぶん誤解してるけど、この
トキネに『ニコラ』と呼ばれた少年はその顔に失望の色を浮かばせる。背後で笑顔の鎧をまとっていた男も火傷や傷跡の目立つその手で顔を覆い天を仰いでいた。
「セキの客じゃ金は取れねえなぁ~……」
顔を覆っていた手を除けるとその手にトキネが樹皮紙を置く。文に目を通すと浅く頷きながらやれやれ、といったようにその表情を綻ばせてブラウたちの前へ歩み出た。
「俺たちはセキと同郷のコト村出身の鍛冶だ! 俺は『カリオス』、こっちは息子の『ニコラ』だ。もう
差し伸べられた手をブラウを胸の高鳴りと共に迎える瞬間にその出来事は起きた。
「こ~んなところに~パイパイが実っておるのじゃ~」
クリルの豊満な乳房が背後の脇から伸びた手で持ち上げられる。
その柔らかさを強調しているかのように持ち上げた指先は埋もれるように食い込んでいた。
状況が把握できなかったクリルは自身の胸元をまじまじと見下ろすと、
「――んぁ……っんん……――えっ? キャアアアッ!!」
悲鳴に負けぬ勢いでその身を翻すとそこに立っていたのは長い白髪を頭の後ろで束ね、鼻下から顎にかけて髪と同色の髭を蓄えた
クリルが
「おぉ~……やっぱり若い
余韻を楽しむかのように指をわきわきと動かすその姿を見たクリルは、身の毛がよだつほどの嫌悪感を剥き出しにしている。
「え~っと……この
ニコラが視線を逸らしながら説明すると、
「ハネ
トキネが怒声と共に勢いよくその距離を詰めていく。
「お前は祖母の遺伝なのかのぉ……残念パイパイじゃからのぉ……」
その胸に憐れむように心底失望した視線を送っている。その言葉を挑戦状と受け取ったトキネの目が血走ると共に見開かれた。
「親父ぃ~まぁ好き勝手するのは構わねえけど、その
トキネとヨハネスの間に割って入ったカリオス。受け取っていた樹皮紙を渡すとおもむろに内容に目を通していく。
――が、他と異なるのは読み進めていくうちに飄々としたその表情から余裕が消え失せていき、樹皮紙を持つ手も震えていたことである。
樹皮紙に書かれた内容は魔装の依頼の後にこう続いていた。
『あともちろんだけど、依頼者のパーティの女性に触れたら、その腕はなくなると思っててね。胸が好きなのは男としてわかるけど、万が一にでも胸を触ろうものなら、その自慢の両腕は千切りにして魚の餌にするからね』
書かれた内容をヨハネスが眺めている最中に、併せて内容をカリオスがブラウたちにも説明していた。
またさらにその続きとして、ブラウ、クリル、ゴルドの『属性』についても補足が入っているようだが、そんな自分に関係のないことを見ている状況ではないヨハネスであった。
「まぁハネ
「あ……あいつは
トキネが目を細めつつか細い腰に手を当てながら、一切名残惜しむことのない手向けの言葉を口にする。
ヨハネスはその目がどこを見ることもなく苦渋に満ちた言葉を発しているが、ブラウたちを除く他の面々は、来るべき時が普通に来ただけだな、としたり顔を覗かせていた。
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