第176話 休息日のエステル その2

(すっごい騒動……みんな競うように街の外へ向かってる)


 クエストの受注すら不要の純粋な争奪戦である。

 ある者は鎧も満足に着ないままに走り。

 ある者は共に探索する者を募っている。

 また、ある者は露店を出し突発価格で商品を売り出している。


 エステルが座る窓際の景色だけでも、この有り様である以上、街の外の状況を考えると混沌の一言で事足りるだろう。


(一応ルリたちとも相談しててよかった。受付のひとが助言してくれたおかげもあるけど……うん。やっぱり惜しい気持ちはあるけど、ちょっとわたしたちじゃ厳しそうだしね……)


「――客様……お客様」


 すると、思考に耽っていたエステルの耳に、店員の声が飛び込んでくる。


「――わっ! すいません! 考え事してて……」


「いえいえ、よろしければ黒石茶おかわりいかがですか? 思った通り街の種々ひとびともほぼ出てしまったようなので……」


 片手にポットを持った店員は、エステルの反応に思わず頬を緩ませた。


「そ、それじゃ頂きます! ありがとうございます!」


「いえいえ……お客様も探求士に見えますが、千幻樹に興味を持たれないのですか?」


 エステルのカップにポットから黒石茶を注ぎながら、世間話を口にする。


「いや~わたしじゃこの状況で行っても危険のほうが大きそうなので……」


「ははっ。なるほど……この荷物だったので準備万端なのかと思っていました」


 店員はエステルが傍らに置いている特大の背嚢リュックへ目を向けている。


「あ~っとこれは……ギルド書庫に通おうかな~って……」


 やりすぎ感を自身でも実感しているのか、エステルは頬を赤らめながら答える。


「そういうことでしたか! 書庫は閉めることがないですし、研究系の方が籠ることもあると聞くので宿ほどではないでしょうが寝泊まりはたしかにできると思いますよ。できなければ近場にいくつか素泊まり宿もありますし」


 エステルは心の中で大きくガッツポーズを決める。


「ですが、たしか……書庫は探求士の等級ランクで閲覧できる書物が制限されてもいるのでそこは注意が必要ですね」


 心の中のガッツポーズで握りしめた拳が力無く落ちる。


(事前知識として知ってはいたけど……やっぱり制限あるのか~……)


 現状のエステルのランク『発芽ジェルミ級』の場合、どこまでの書物が閲覧できるか。

 不安が頭の中を目まぐるしくかき乱し始めていた。


「書庫ってこの路地を進んでいけばいいんですか? 調べたら通称『書庫道』みたいな説明を見たんですけど」


「え~っとそれでもたどり着けます。ですが……その道のりは様々なお店も通って頂くようなルート設定なんですよ」


 そう言いながらカフェの奥へ小走りで向かった店員が、樹皮紙を片手に戻ってくる。

 店員が隣の木角卓テーブルへ樹皮紙を広げると、それは周辺の地図であることが分かった。


「ここがうちの店です。――で、今のルートがこちら」


 男は指で道のりをなぞっていく。


「ですが、書庫のみが目的の場合なら、店の裏路地から進んだ先、通称『花彩道フラワーロード』というのですが、こちらのほうが時間でいうと……半分……いえ、さらにその半分くらいの時間で到着できると思います」


「おぉ……! ありがとうございます! そっちのほうが景色も綺麗そうでいいかも!」


 破顔するエステルに朗らかな笑みを向ける店員。


「そうですね。魔具灯で雰囲気も出るので、夜光石の時間になると男女で歩く方々も少なくありません。魔具の明かりと色とりどりの花の競演はなかなか見ごたえがありますよ」


 一種ひとりで歩いて哀れみの目を向けられたらどうしよう、そんな考えが脳裏を掠めるが頭を振り、消し飛ばすエステル。


 エステルは街中の慌ただしさと喧騒が収まる時間まで、カフェで過ごすこととなる。

 その間も客は一向に来ないままということもあり、お勧めスポットや黒石茶や紅石茶の美味い店など、街に住む者ならではの情報を入手することに成功したのだった。

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