第175話 休息日のエステル その1

「これで準備は良し……と」


 特大の背嚢リュックに荷物を詰め込んだエステルが、いい仕事をしたといわんばかりに額の汗を拭う。


 それを遠目で眺めていたエディットが囁くような小声でルリーテへ語り掛けた。


「る……ルリさんっ! エステルさん遠征以上の荷物です!」


「ええ。あれは完全に一週間をギルド書庫で過ごすつもりの荷物ですね……泊まるスペースがあるのか疑問ですが……」


 受け答えるルリーテも、顎に手を添えながらエステルに聞こえぬよう配慮された声量ボリュームである。


 そこへエディットの頭から颯爽と羽ばたいたチピがエステルの元へ降り立った。


『チプッ! チ~ピ~?』


 何かを伝えようとしているのか、体ごと傾けて疑問を全身で示す。


「ん~……ダイフクどうしたの?」


 まだチピとの疎通がぎこちない面もあり、一緒に首を傾げるエステル。

 ルリーテとエディットも同様に顎に指先を当て思案すると。


「もしかして書物……不死鳥フェリクスに関する書物の有無を聞きたいとかでしょうか……?」


 ルリーテの閃きにチピが羽を掲げ、丸印を作り出す。

 そして主であるエディットはルリーテの横で、なるほど、と頷くだけの反応リアクションに留まっているあたり、相棒としての先行きが不安になる一幕である。


「おぉ~! そういうことか~。じゃあそれも探してみるよ! 何かあったらメモってきて伝えるからね」


『チプッ!』


 朗らかに八重歯を見せるエステルへ、チピが満足気に羽を挙げる。

 チピ自身もクエストを経て、己の力の扱いを考えだしたということであろう。


「施設じたいがとても大きく、レルヴの街の外れにあるようなので、十分注意してくださいね」


「残るあたしたちもひと気は気にしながら行動しますので!」


 背嚢リュックを背負ったエステルへ、注意喚起を促すルリーテ。

 エディットも続くと、エステルは肩越しに振り向き、


「うん! お互い気を付けて行動しよう! わたしのほうはギルドの施設だから辿り着けばなんとか……! ――ってことで、六日後の夜には戻ってくると思うから!」


「ええ。気を付けて……そして十分楽しんできてください」


「了解ですっ! 薬はちゃんと飲むようにしてくださいね!」

『チピィ~!』


 二種ふたりに見送られ、エステルは宿を後に目的地であるギルド書庫へ向かい歩み始めたのだった。



◇◆

「思ったより準備に時間かかっちゃったな~……これだと書庫に着くのは夜光石の時間帯かも……でもそこからは……読み放題! 過去の書籍とかもたくさん置いてあるって聞くし――」


 重量のある背嚢リュックを背負いながらも、その足取りは軽快ささえ感じられる。

 ひと混みをすり抜けながら、街外れを目指す。


(方角はこっちであってたよね? まだ建物も見えないけど……)


 辺りの景色に目を向けながら颯爽と進むエステル。

 その時、周囲の種々ひとびとが一斉に騒めき始める。


(なに? みんな何を見上げてるの?)


 エステルが周囲の視線に合わせ、顔を上げた先に写し出された光景。

 それは発現した千幻樹の姿だった。


(――ッ!? ほんとに……周期が来てたんだ……)


 思わず口をぽっかりと開け呆然と見惚れる。

 そんな自身の状況に気が付いた。


(おぉ……! でも、ここじゃ良くない……かも。さっき通り過ぎたカフェに……)


 エステルは踵を返しやや駆け足で道を戻る。

 カフェは先ほどまでまばらながらもひとが居たが現在は空である。

 むしろ店員も店先に出て、千幻樹を見上げている状態であった。


「あの――お店やってますか? 黒石茶を頂きたいんですけど……」


「あ――おぉ! もちろんやってますよ! ですがお客さん豪胆というかなんというか千幻樹が出ているのに落ち着いてますね~! 席はご自由に座ってください」


 店員の適受種ヒューマンの男は店内に戻る。

 慣れた様子で手際よく茶を用意すると、窓際に腰掛けたエステルの元へ運んでくる。


「これはサービスです。今日はたぶんもうお客さん期待できないので……」


「わっ! ありがとうございます!」


 エステルのお礼に微笑を返すと、黒石茶と共に焼き菓子を乗せたこじゃれた角盆トレーをエステルの前に置き、再度店先へ出て行った。


(探したい気持ちはあるけど……でも争奪戦って言ってたよね。ここで街が落ち着くのを待ってから、書庫に向かおう)


 駆け出したい衝動を必死に抑える。

 エステルは窓から見える千幻樹をぼんやりと眺め、焼き菓子を口に運んだ。

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