第174話 幻想降臨

「いや~……砂漠地帯長すぎでしょ」


 男と女。

 広大な砂地に足跡を残す二つの影があった。


「あーっついわ! も~日に焼けちゃうじゃない~!」


 女は自身の魔力で作り出した氷を抱きかかえながら、うな垂れ気味の様子である。


「えぇ……だって騎士団とかでも遠征とかするんでしょ? それにおれと出会った時なんてもうこんがり焼けてたし……」


「あの時と今を一緒にしないでちょーだい! それに騎士団遠征の時はわたしが出張るのは最後の場面よ!」


 ――そうこの二種ふたりはセキとフィルレイアである。

 カグツチとレヴィアは日差しから逃げるように主の衣類の中へ避難済であり、夜光石の時間まで基本おとなしいという利口な立ち回りを披露していた。

 もちろんカグツチは赤を司る火の竜であるが、それとこれとは話が違うとのことである。


「ま~かさねも無事に討伐できてよかったけど、業鬼種オグルの里があんなに大陸の奥だとは思ってもいなかったな~……お土産いっぱいだからありがいたいけど……――ってか、アロルドはともかくリディアさんとナディアはあそこらへんの魔獣相手で大丈夫かな……」


 アドニス含むナディアパーティの面々とは、業鬼種オグルの里で別れている。

 魔獣が強力ではあるが、里周辺で安全を確保しつつ実力を磨くことは探求士にとって垂涎モノの待遇ではあるのだ。

 セキはお土産の一品である煙根タバコに火を点け、ご満悦の様子を見せた。


「色々詩も見せてもらえて私的にも収穫ありだったわ。まぁアドニスとアロルドがそれぞれペアで面倒見れるわけだし、大丈夫じゃないかしら?」


「リディアさんとペアって……アロルドの足もぶった切っておけばよかったかな~」


 討伐後に業鬼種オグルの里へ向かった理由は、アドニスたちを送り届けるだけが目的ではない。

 セキの切断された足の治癒も、里の術者にお願いするためでもあったのだ。


「甘えさせてくれる女性! って感じの子だったわよね~……性格に反比例して魔力の素質は高かったけど……まぁそれはそれとして……――」


 だらけきった、美女にあるまじき表情のフィルレイアが、一転して鋭い瞳を周囲に向ける。


「……? ある程度くっついてるからそれなりの魔獣ならいけるけど……なんかいる?」


 セキも足を止め周囲に注意を払うが。


「いえ、魔獣じゃないわ。とっても素敵な事よ? それをわたしと一緒に迎えられるなんて……も~セキってば~ラッキーねっ!」


「ん~……フィアが美種びじんなのは認めるけど、な~んか違うんだよな~……」


 煙根タバコの煙を大きく吐きながらの返答に、青筋を浮き立たせるフィルレイア。

 セキは飄々と答えたはいいが、フィルレイアの目を直視する勇気など当然持ち合わせておらず、俯きながら煙根タバコを吸い続けている。


「まぁその話は後できっちり詰めましょ? ぜ~ったい有耶無耶にさせないから」


 想像以上に根に持つタイプである。

 なまじ周囲が褒め称えるばかりなことも含め、セキのような対応に耐性がないことを伺わせる発言である。


「まぁかさね討伐後でよかったってところかしら? そろそろわ」


 フィルレイアの言葉と同時に周囲……いや、大地そのものが産声を上げ始めたように騒めき始める。


「え……これって……」


 セキが首を振り、それだけでは飽き足らず体ごとくるくると回転しはじめる。

 万物が呼応するような息吹と共に

 大地が――

 木々が――

 海が――

 砂地が――

 自然魔力ナトラの光を帯びていった。


 現実と幻想が重なる瞬間。

 セキもフィルレイアもその光景に感嘆の声すら漏らすことを忘れ見入った。


 そして――

 自然が織り成した自然魔力ナトラの光が、ゆらゆらと浮遊を始める。


 浮遊した魔力は導かれるように収束を始め、一層の輝きを振り撒き。


 目の前か、はたまた遥か彼方か。

 現実の世界に一本の巨大な幻想が降臨した。

 街はおろか南大陸バルバトスの半分を覆うほどの桁違いの巨木は、薄っすらと透き通り日光石の光を遮ることなく、その身を照らし出していた。


「千幻樹……南大陸バルバトスもより騒がしくなるわね」


「フィア。あの樹になる果実が万能の霊薬なんだよね?」


 フィルレイアに尋ねるセキの瞳はやや獣に近い。


「いいえ、違うわ。セキのように誤解してる子多いけど……あの幻想の樹から一滴の凝縮された魔力が落ちたところ……」


 千幻樹から目を離すことなくフィルレイアが答える。


「そこに生える小さな苗木に実る果実が万能の霊薬よ。と言っても実際にわたしも見たことがあるわけじゃないけど」


「探せる気がしないけど、探さない理由はない……かな」


 セキが見開いた目で零れ落ちる雫を探す。

 ――が……そう都合よく確認できるものではない。


「あなたの目付きを見れば分かるわよ。あなたの仲間の白霧病の子のため――でしょ? 千幻樹あれは実体じゃなくて半霊体どころか完全な幻影よ。だから触れることもできない。唯一触れることができるのが――」


「――苗木と果実ってことね。理解した」


 かさね討伐からまさかの果実探し。

 こればかりはセキとフィルレイアでも手探りで進むしかない状態である。


 二種ふたりは立ち止まり砂に埋もれていた足を抜き、疾風の如く砂塵を舞わせその地を後にしたのだった。

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