第173話 一週間後の約束

「それじゃーここまでだな。悪いな付き合わせちまって」


「ううん。紹介所のひとに説明するんだから、一緒に行って当然だよ」


 クエスト報告と共に亡骸を紹介所へ渡したのだ。

 当初、下手な疑いを向けられるのは自分だけでいい、とグレッグだけで届けようとするも、エステルたちが納得するわけもなく同行した結果である。


 そして、少ない種数にんずうではあるが、グレッグが亡骸を運んできたことで、場内が騒めいたことも事実であり、それは共にいたエステルたちにも向けられていた。


「事実を知らない有象無象の視線など気にしませんので」


「そうですねっ! せめて仲間の方たちの元へ返してもらえると良いのですが……」


 ルリーテとエディットもエステルと寸分違わぬ思いを見せる。

 それは全面的に信頼されるなど、露程つゆほども思っていなかったグレッグにとって十二分な衝撃だった。


「そ、そうか……そう言ってもらえるのはありがてーな。それじゃーお前らも元気でな!」


 軽く手を挙げつつも、名残惜しむ気配を感じさせず、グレッグは踵を返し歩き出す。

 そこに。


「うん! それじゃー傷の完治する一週間後に――また!」


「次はどのクエストにするか考えておいて頂けるとうれしいですね」


「ちゃんと薬飲んでくださいねっ。一週間後にちゃんと傷跡確認するのでっ!」


 グレッグにとって思ってもいない言葉が次々と投げられた。

 真実を話してなお――

 共に行動することで負う、誤解ながらも付き纏う不名誉を受けてなお――

 彼女たちは次への約束を自分に告げたのだ。


 思わずグレッグは振り返る。


「あ――ああっ! 一週間後! 次はもっと安定したクエストにしよーや! しょ……紹介所の中じゃ見つけずれえから――広場の一本樹の前で頼むっ!」


 クエスト紹介所前の広場。

 そこは様々なパーティが待ち合わせに利用する広場だ。

 そこで待ち合わせの約束をすることになるとは、昨日までの自分が聞けば訝しむこと請け合いである。

 だが……確かに約束を交わしたのだ。


 少年のように歯を見せながら返事をする姿。

 その光景に、思わず少女たちも頬を緩め知らず知らずのうちに口元が吊り上がる。

 そんな優しい光景が孤独を耐え忍び続けた男の胸を静かに包み込んでいった。



◇◆

「いや~……正直ボロボロだね……」


わたしが小太刀の真実にもっと早く気が付いていれば……」


「あの状況からみなさん五体満足で戻れたことを誇りましょうっ」

『チッピー!!』


 宿に戻り、脱力と共に長椅子ソファーと椅子に崩れ落ちる一同。


「でも深淵種アビス素材……象徴石しょうちょうせきはなかったけど、鎌の部位はすごい高値で買い取ってもらえてよかったよね……!」


「苦労したかいがあったというものです。元々受けていたクエスト報酬の二十倍以上なので……」


「ありがたいですねっ! グレッグさんが交渉してくれたのも大きかったと思いますっ」


 同行中心だった彼女たちにとって思いがけない臨時収入である。

 コバル目当てに冒険をしているわけではないにせよ、入念な準備をする上で欠かすことのできない重要な要素であることは紛れもない事実である。


「うんうん! それで……ちょっと考えたんだけど、わたしたちも一週間お休みにしようって思ってるんだけどどうかな?」


 早く次のクエストへ――という、逸る気持ちを抑え帰路に考えていた提案を告げる。

 単発の休養日は少なからず設定していたが、連続した休養は南大陸バルバトスに来て初めてである。


「あ……わたし騎士エクウェスの後遺症のことであれば……――いえ……やはり――賛成ですね」


 提案の裏側を察したルリーテ。

 思わず意地を見せるも言葉を飲み込む。

 想定外の事態が当たり前のように起こる今、無理を押し通す場面ではないことを自覚したゆえの承諾であった。


「あたしもそっちのがいいと思いますね! グレッグさんほどではないにせよ、あの竜巻の傷は落ち着いて完治まで見たいのでっ」


 基本的に休息に対してエディットは異論を挟むことは少ない。

 癒術士という立場上、どちらかと言えば休息日を提案する側という側面もあるからだ。


「想定外の蓄えもできたので、体を休めることを重点におくのは次への備えにもなりますので……それに……これでエステル様も心置きなくギルド書庫へ足をのばせるのではないでしょうか?」


 蓄えができたことで心のゆとりに繋がることも十分理解しているルリーテ。

 自身の魔力回復もさることながら、今まで我慢してきたエステルの願望への後押しを行う。


「あはっ。正直ちょっとそれもあって提案してみた!」


「あたしもかなり薬を使ってしまったので、また作るのにちょうど良いです! ちょうどお小遣いも報酬から出そうなので食べ歩きながら薬剤を作るつもりですよっ」


 複数体の深淵種アビスという驚異を潜り抜けたにも関わらず、必要以上の興奮を覚えている者はいない。

 それは彼女たちが知らず知らずのうちに戦いに対する考えが成長していることにも起因するだろう。

 余力を残した戦いであったわけではない。

 しかし彼女たちは死線の中で幾度も藻搔いてきた経験がある。

 慢心や油断とは一線を画した、経験から来る判断。


 その判断を積み重ねた結果――

 勝つべくして勝ったということを、まだ彼女たち自身は気が付いていなかった。

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