第172話 死神の独白 その2

「狙われたのはテノンだった。普通に街中でも見かけるようになっちゃいるが、胸くそ悪い貴族どもは幻域種ティティスをペットにしたがってるやろうも未だにいやがるからな」


 エステルたちから表情が見えずとも、歯を軋ませていることが伝わる。

 怒りと言う名の熱は 未だ冷めることなく、グレッグの胸中を焦がしているのだろう。


「そういう闇ルートをはぐれ星団は持ってやがる。で――臨時パーティのやろう共ははぐれ星団に流してお小遣い稼ぎってな」


 闇ルート。

 この言葉で額に皺を寄せたのはルリーテだ。

 自身の胸元を掴み。グレッグの話の妨げにならぬよう、内から溢れる感情を押し留めていることにエステルは気が付いていた。


「はぐれ星団が三種さんにんに、臨時のやつらも三種さんにんの計六種ろくにんだ。さすがに逃げ切るのはきつい」


 エディットは想像だけで背筋に氷柱が突き刺さったような絶望感を覚えた。

 衝動的に、突発的に行われるものではない。

 用意周到に搦めとるという、ひとの悪意という醜さに触れたと感じたからだ。


「だが、おとなしくやられるなんてもってのほかだった。だからオレとテノンは命懸けで迎え撃つと決めた。だが……背後を取られないように崖っぷちに構えたのがまずかった。テノンは……」


 たんたんと――だが、冷ややかな口調ではない。

 その場を鮮明に思い出していることが――

 その際の昂ぶりが――

 胸に直接叩き込まれるような熱を帯びていた。


「――あいつはオレを崖下に蹴り飛ばし、一種ひとりでやつらを迎え撃ったんだ。自分と違って商品価値のないオレは殺されるから……だろうな……」


 共に戦うことさえもできなかった物悲しさを乗せた言葉。


 大切な仲間であるからこそとった決断。

 それを理解してもなお、その行動に納得しかねると言いたげにグレッグは不満気に言葉を綴り続ける。


「激流に身を委ねることになったが、結果的にオレは無傷だった。それでオレは急いで崖上に戻った。そしてそこには……バラバラになったはぐれ星団や探求士どもの部位パーツが転がっていた」


 一転。

 三種さんにんの少女が一斉にグレッグの顔へ視線を向けた。


「そしてその中心に立っていたのはテノンだ。限界以上に力を引き出した結果、あいつの自我は消え去り、血に宿す獣の本能を解放していたんだ……」


 じょじょに見開かれる瞳孔。

 かける言葉がないと知りながらも、脳裏を駆け巡る思考。

 だが、やがて……その無意味さを再確認した少女たちはグレッグの続ける言葉へ耳を傾けることとなった。


「いや――消え去ったってのは……違うな……あいつはオレを見て、逃げるように姿を消したから……」


 ゆっくりと肩を落とし結末を述べたグレッグ。

 最後の言葉が事実なのか、それともという願いなのか、知る術はない。


「オレはその場の死体を全て崖下へ落とし激流に流した。紹介所への報告は場所を少しずらして教えた。まぁそこの場所も血の跡なんざ砂埃で消えてただろうがな……それと『オレは見てねーが禍獣級なんじゃねーか』ってなようにひとを遠ざける報告も添えて――な」


 事の顛末でありながら、事務的な口調で事実を並べた。

 報告の際にどれだけの疑惑をかけられたのか、誹謗中傷の恰好の的である以上、劣悪な環境だったことは想像に難くない。

 そんな悲しい現実を声に乗せ嘆くこともせずに告げた。


「まぁ……これがオレが『死神』と呼ばれる所以だ。まぁ積極的に否定して回る気はねえ。やつらが全員死んだことに変わりはねえからな」


 片手をひらひらと振りながら語るグレッグの声に、先ほどまでの怒気はすでに消えていた。


「それからオレはあいつをずっと探してる。きっと見つけ出してまた一緒に冒険をするために――そこで……あいつが罪に問われるならオレも同罪だ。共に償って一緒に笑い合いてえ」


 一切の濁りがない真っ直ぐな視線を前に向ける。

 その先に見据えている仲間との再会。

 それは……死神と呼ばれ蔑まれながらも、真っすぐに生きて来たからこそできる眼差しであることを、彼女たちは理解していた。


「――って言ってもこの話をどこまで信じるも、信じないもお前らの自由だ……。ここまで話したのは……なんつーか……古代詩エンシェントやとんでもねえ詩を……オレを……オレを信用して見せてくれた礼代わりのつもりなだけだ。まぁこんな事実を公開されても困っちまうかもだが――な」


 最後にほんの少しだけ頬に朱色を差し、頬を掻きながら告げた言葉。

 その心意気は真摯に胸を打つに相応しい音色であり、彼女たちの足取りは先ほどよりも確実に軽くなっていることがその足音の歩調リズムに現れていた。

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