第171話 死神の独白 その1

「やっとレルヴが見えてきたな」


 やや呼吸が上がり気味のグレッグが街の明かりを見据えた。

 肩にひとを担いでいるが、すでに息を引き取っている。


「うん。ちょっと色々ありすぎたから、さすがに疲れたけど……そのひとの亡骸だけでも持ち帰れたのはよかった……のかな。もう少しわたしたちが早ければ……」


 エステルは消沈した気持ちを取り繕うことなく視線を下げたままだ。

 

 治療後、周りの警戒を行いながら帰路についた際の出来事である。

 首を落とされた者とは死体を発見したのだ。


「かもしれねえな……だがそれを言い出してもしょうがねえ。だからせめてギルドへ届けて願わくば仲間の元へ返してやれればってな」


 担いだ死体に横目を向ける。

 袈裟懸けに斬られ絶命しているが、顔等が綺麗な状態なのがせめてもの救いだ。


「グレッグ様の言う通り、あの首を斬られた男はひと攫いだったということですね。攫った後に深淵種アビスに遭遇し、その方を囮に逃げた……と。死んで当然のような男ですね」


「まぁ……結果としては……そうだな。この時期は特に注意が必要だ。はぐれ星団のやつらは新種しんじんたちが慣れる前に言葉巧みに誘い込むからな……」


 怒気を含んだグレッグの回答は戦闘とは異なる緊張感をこの場に流した。


「そんで、それは……『同行』や『臨時パーティ』でも……だ」


 さらに意を決したように言い切ったグレッグの言葉。

 エステルの脳裏を掠め何を意味しているのか――点と点が繋がった瞬間でもあった。


「あ……の……さっき言ってた獣種じゅうじんさんって……」


 躊躇いがちに声を震わせたエステルを見ると、怒りに任せ……つい口に出た自分を諫めるようにグレッグは頭を掻いた。


「あ~すまん。この手の話になるとつい――な。まぁ大方当たってるだろうな」


 グレッグが頷きながらエステルと視線を交わす。

 しかし、エディットはまだ点のままの様子で首を傾げるに留まっている様子だ。


「オレと獣種じゅうじん……『テノン』って言うんだが、『ハープ』で二年、そこから拠点をレルヴこっちに移してしばらくしてからだな……二年……下手すりゃ三年か。二種ふたりで何度もクエストをこなしていった」


 足を止めることなく、前を向いたままグレッグは語る。

 ここにきて、エディットもこの話が深淵種アビスに襲われる前の話の続きになっている、ということに気が付いた。


「今にして思えば二種ふたりだけでクエストってのもなかなか危なっかしいよなぁ……。紹介所の受付でもちょくちょく注意はされてた」


 ふいに少しだけ顔をあげるグレッグ。

 それは瞳に煌めく雫を零さぬためなのか。

 誰もそのことに触れようとはしなかった。


「それでまぁいい加減仲間を増やさにゃいかんってな。どっか星団に入ることも考えたが、ずっと二種ふたりでやってきたからな。まずは慣れる意味も含めて……臨時パーティを募ったわけよ」


 沈黙を頷きとし、エステルたちは黙ってグレッグを見つめている。

 警戒すべき区域であるにも関わらず、語られた一言一句零さぬよう耳を傾けている自分たちに戸惑いを覚えながら――


「こっちは二種ふたり、相手は三種さんにんだった。役割が被ることもなかったから構成としては悪くねえ。だから背伸びしたくなっちまったんだよな――」


 明らかに声色トーンが沈んだことを聞き逃す彼女たちではない。

 それをグレッグも自覚したのか。

 向ける相手の見えぬ怒りを抑え、必死に何事もなかったかのように紡ぎ直す。


「レルヴから北西に向かった森に遠征しようって話になったんだ。野営ももちろん経験済だったし、魔力源もできれば確保したいってな」


 グレッグの手が力強く握りしめられる。

 それは今にも血が滲み出てきてもおかしくないほどの力で。


「それがまずかった。組んだ三種さんにんはたしかに正規の探求士だ。だが……あいつらははぐれ星団と繋がってやがったんだ」

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