第170話 立派な打撃武器

「――ルリ!? 後ろォー!!」


 片膝を付き腕を抑えるルリーテへエステルが叫ぶ。

 火球を飛び退いて交わした個体は想定以上に距離を取っており、半身が細切れにされるも、残る半身でルリーテに飛び掛かったのだ。


「――なっ!?」


 振り向きざまに小太刀を抜くも、詩が間に合うタイミングではない。

 魔力強化をしない抜き身の小太刀で漆黒の鎌を受けるべく振り上げる。


 そこへ――

 最後の悪あがきとばかりに、半身の個体が鎌を一直線に振り下ろしたのだ。


「ルリーーーッ!!」


 鎌が淀みなく振り下ろされたことは確実だ。

 事実として腕は地に突き刺さっている。


 静寂に覆われた空間に、何かが風を巻きながら回転する物体が飛翔している。


「――おわっ!!」


 座り込んだままのグレッグの股の間に突き刺さったのは、半身の個体が振り下ろした鎌だった。


「――え?」


 エステル、エディット、グレッグが揃って喉を震わせる。

 さらに――

 振り上げた小太刀を唖然と見つめていた自身に気が付いたルリーテが、腕を横薙ぎに振る。


 振るった小太刀は半身の個体の首を、

 摩擦すら起こさず――

 ただ乗せていた継ぎ目に刃を走らせたかのように跳ね飛ばした。


 己が握る小太刀に改めて目を落とすルリーテ。

 その後ろ姿を静寂と共にエステルたちは見つめていた。



◇◆

「いったんこの場での治療は終わりですっ。街に戻ったら飲み薬を渡すので、寝る前に苦くても飲み干してくださいっ! 完治は一週間ほどのはずなのでっ!」


「ああ。了解した。だが……お前らの話を聞いて、自分の目で見たにも関わらず未だに信じられねーな……」 


 鎧を外したグレッグの治療に勤しんでいたエディット。

 グレッグは治療を終えた後に、大きな溜息のように言葉を吐き出した。


「予備知識なしじゃ目で追えなくて当然だと思う……」


「ああ。そのセキってやつでも傷を負うほどだから。ってことだろ? 南大陸バルバトスに来て化物のような探求士はわんさかいるってのは理解してるが……」


 己の中で消化するにはあまりにも圧倒的すぎた光景。

 それゆえに胸に刻まれた衝撃に戸惑いを覚えている様子である。


「あはっ。すっごい優しいし強いんだよ! だから……わたしたちもいつまでもおんぶに抱っこしてもらってばかりじゃいられないぞ! ――ってね」


 グレッグは、エステルたちが深淵種アビス相手にも怯むことなく、真っすぐに立ち向かうことができる理由の一旦を垣間見たような錯覚を覚えた。

 いや――錯覚ではなく、見据えた先の強さを直に味わっているからこそ、第三者である自身にもはっきりと伝わってくるのだろう、と。


「ルリさんも……そこまで落ち込まなくても……」


 そしてルリーテの宝石へ治療薬を仕舞うべく近づいたエディットの一言である。


「これが落ち込まずにいられるほど、わたしは無神経ではありません……」


 エディットから受け取った治療薬を、腰の小袋内の宝石へ仕舞うも、視線は地に落ちたままである。


「ん~……そりゃルリの詩は古代詩エンシェントだけど……魔装はほら……使い込んだひとの魔力が染み込むから……」


 エステルが場を取り繕うも、ルリーテと視線を交わす勇気はないようだ。

 顔を向けつつも、目は明後日の方角へ舵をきっている。


「セキってやつのすごさはそれだけでも分かるよな……使い込んだ魔力が生み出す剣の切れ味のほうが『ラミナス』より上なんてなぁ……」


 ルリーテはグレッグの言葉に歯を食いしばりながら、涙を浮かべた瞳を向ける。


「セキ様の魔力である以上、わたし如き足元はおろか見上げるほどの差であることは当然です。ですが……」


 喉を震わせる振動に溜めた涙がふるふると揺れている。

 今にも頬を伝いそうではあるが。


「むしろ、今までせっかくの切れ味をわたしの詩で台無しにしてたという事実が……鞘から抜いて、またわたしの詩で鞘に納めてしまっていたようなものですよ……」


「ルリさん大丈夫ですよっ! 刃を包み込んだ棍棒で殴ってたと思えば立派な打撃武器ですっ!」


 そこへエディットが両拳を胸元で握りしめながら慰めの言葉を放つ。

 もちろん一切の慰めになっていないことをエディット以外は理解しており、誰もがエディットから視線を背けることになる。


 そんな中、降霊を解除したチピだけが、エディットの頭の上に鎮座をしつつ、大樹の上を見上げながら首を傾げていた。

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