第201話 血に抗い続けた意思 その1

「言い訳もできないのが苦しい所だ」


 胸の風穴がないかのように自然と受け答えするテノン。

 それが何を意味しているのか――


 すでに理解していたエディットはその姿を見守ることすらできず、力の限りに瞼を下げ、溢れる涙を抑えていた。


「何を言われても納得できそーにねえからな……。オレのためにとってくれた行動だとしても……オレはお前に礼を言える気持ちじゃ……ねえな……」


「相変わらず獣種じゅうじんの俺よりも感情で物事を判断しているようだが……お前らしいよ……」


 グレッグは視線を交わしながら告げることが憚られたのか、テノンを見下ろしていた顔をさらに俯け、自身の足元へ視線を落とした。

 そんなグレッグに呆れ気味に語り掛けるも、テノンは口元が自然と心情を映し出しているのか。

 弧を描き続けている。


「なんで……、オレの前からも姿を消した?」


「ははっ……さらにお前が怒るって分かってて俺が言うと思うか?」


 テノンの思わぬ言葉に、一同は瞼に微弱な電流が走ったように、虚ろ気だった瞳を開いた。


「――とは言ってもな……も無関係じゃない以上、言わないといけないことに変わりはないか……」


 テノンの視線が、すでに事切れ魔力凝縮の始まる動種混獣ライカンスロープへ向けられた。


「やつらは六種ろくにんだけじゃなかった。はぐれ星団のやつらをさらに待機させてたんだ……」


 どこまでも狡猾な……。そんな言葉をエステルたちは思い浮かべるも憤りをここで曝け出すような真似はしない。

 歯を食いしばり必死に溢れ出る怒気を抑えていた。


「だから俺の意思が途切れる前に……やつらを倒しに……な。そしてはその中の一種ひとりだった。ひとの身であるうちに倒しはしたが、他を相手しているうちに血の中の獣が目覚めちまった」


 お前はどこまで……。グレッグの握った拳から静かに滴り落ちる赤い雫。

 流れ落ちる雫を見たテノンは心中を察するも、紡ぐことを止めることはなかった。


「事切れる直前の意思は、『死にたくない』とでも強烈に願ったのか。目覚めたは、はぐれ星団もろとも動く物全てを蹂躙していったよ。俺もまったく歯が立たなくなりそこで……俺の意思も途切れた」


 言うべきことを言い終えた。そんな口調にも関わらずテノンの顔に差した影は晴れることがない。

 それは相棒グレッグが納得するはずもない、ということを始めから理解しているが故なのだろう。


「最後にどう願ったのか。『やつを野放しにできない』とでも思ったのかもな。今の現状を見るとそこで俺もこの身を血に委ねたってことだろう」


 ぽつり、と。

 自分自身に呆れるように呟いた言葉。

 エステルはその言葉に誰よりも反応していた。

 それでも、決して二種ふたりの最後を邪魔をしない、という強固な意思の元、天を仰ぐ。

 歯を軋ませる力ばかりが募る中、ひたすらに耐えていた。


「ほんとにおめーは……絶対ぶん殴ってやる! ――って……思ってたんだけどな……」


「ははっ……お前のその……表情かおのほうが……殴られるより……痛いさ」


 徐々に。

 だが、聴き手がはっきりと理解できるほどに、テノンの口調が途切れていく。

 燃やし尽くし、残された灰が持つ最後の熱のように。


「それでも……尽きたはずの命で……失ったはずの意思で……こんな時間が与えられたことは感謝……だろうな。それに……」


 力の入らない手を必死で動かし、腰に辛うじてぶら下がっていた小物入れポーチに手を入れた。

 瞼を閉じると、小物入れポーチの中で何かが束の間の輝きを見せた。


「安心したよ……」


「安心ってなんだよ」


 聞き返したグレッグへ向け、テノンが口をぱくぱくと動かしている。

 もう喋ることさえも。そう見る者の脳裏に刻まれるが――

 グレッグが耳を口元へ寄せた時、


「グレイ……お前が……に恵まれた姿を見ることができた」


 途切れ途切れだったはずの意思は、この場で一番伝えたい想いを、

 一切の淀みなく――

 聞き返す必要がないほど明確に――

 伝えるべき相手へ届けた。


「俺と……グレッグお前のことで……迷惑をかけてすまないが……懲りずにお前の面倒を……見てやってくれって……俺が言ってたと……伝えてくれ」


「――な!? お前っわざと口パクして……って……何いって――あいつらは臨時で――」


 頬にうっすらと紅を差したグレッグが上半身を跳ね起こす。


 不意を突かれ要領を得ない様子で反論を試みようと視線を下ろした時。

 テノンは

 会話中に緩めた口元と頬をそのままに――

 その瞼を満足気に下ろし――


 覚めることのない眠りへと落ちて行った。


 あまりにも自然で――


 あまりにも穏やかで――


 それでも――


 目を覚ますことはない。


 頭でなく、心がそう理解した。


「――あっ……テノっ……うぐっ……あぁぁ……――」


 グレッグは必死にテノンの胸へ額を押し付ける。

 溢れ、そして弾ける寸前の気持ちを抑えつけるために。


 しかし、そんな思いも空しく、静寂を誇った峡谷へ慟哭が響き渡った。


 エステルたちは目を背けることを自身に許さず、涙で滲んだ瞳を向け、その姿を目に焼き付けていた。

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