第202話 血に抗い続けた意思 その2

「迷惑をかけた上にみっともねえ姿まで晒しちまったな……重ね重ねすま――」


「――いいえ。わたしは少なくともあの姿がみっともないとも、見苦しいとも思いません」


 気持ちの整理ができたわけではない。

 だからと言って友を憂い一晩中泣き明かすことは報いることにならない。そう心に決めたグレッグはエステルたちの元へ足を運んでいた。


「だが、無駄に……お前らに傷を負わせることになったことは事実だ。腫瘍だって服に隠れちゃいたが……分かってたんだ。もう意思が途切れてるってな……オレが納得できずオレだけが傷つくなら、そんな選択もありっちゃありだったろう。それでも――」


「――うよ……」


 何もできなかった。という憤りに振るえる拳に視線を落とす。

 だが、懺悔のように謝罪を告げることをエステルは良しとしなかった。


「違うよっ!!」


 傷だらけの体に見合わぬ、力強い言葉だった。


「テノンさんはずっと抗ってくれてたよッ!! わたしたちと戦ってる時だってずっと……意識してたかなんて分からない……――でもッッ! ずっと抗って……グレッグさんを……わたしたちを傷つけてしまうことに悲しんでた!!」


 エステルたちが感じていた違和感。

 そしてエステルが見えていた感情の色。

 その全てがエステルの言葉を肯定していた。

 だからこそ、エステルの能力を知らずとも、グレッグの心にも響いたのだ。


「だから無駄なんて言わないでよ!! テノンさんの頑張りをそんな風に言わないででよ――ッ!!」


 負い目から出てしまった言葉だとしても、許すことができなかった。

 そんなエステルの気持ちが真向からぶつけられていると実感した。


「わたしだって聞いた話が嘘だって思ってない!! 死んだからこそ獣種じゅうじんは、動種混獣ライカンスロープになる。それは紛れもない真実だって思ってる……でもッッ!!」


 地に怒りを向けるように落としていた視線が、グレッグへ向けられた。


「テノンさんがグレッグさんを……大事に想っていたから!! だから起こった奇跡なんだよ――ッ!! だから……最後に……最後に会えて……」


 自身の不甲斐なさ。

 そしてここまで言わせてしまった自身への失望。

 だからこそ、ここでグレッグは告げる必要があったのだ。


「――エステル。オレが間違ってた……。エステルが……ルリーテが……エディットが……体を張ってくれたからこそ……そしてあいつが……テノンが血と戦い続けたからこそ……文句の一つも……あいつに言えたんだよな……」


 救われなければ全てが無駄なのか。

 そうじゃない――

 エステルは叫んだのだ。


 意思が途切れた。

 そうじゃない――

 グレッグへ紡いだのだ。


 それを理解したグレッグは軋む体を必死に折り曲げ、少女たちへ頭を下げた。


「だから言葉を違えたことを許してほしい。そして訂正させてほしい。お前らの傷は決して浅いものじゃない。でも……それでも……そのおかげであいつはあんな……あんな満足な顔をして最後を迎えることができた」


 顔を上げ、一種一種ひとりひとりと視線を交わし、


「だから……ありがとう。そして……少しだけ自慢させてくれ。オレの仲間は定説を覆すほどの男だったんだぞ……ってな」


 少しだけ照れくさそうに、そしてはにかんだ笑顔を向けてそう告げたのだ。


 微笑みあうだけでも体に亀裂が走るような痛みを抱えながら。

 それでも……――それでも笑いあったのだ。




「まぁ良しとしますよ。エステルさんが言ってくれたからよかったですが……そもそも――」


 エステルに体を支えられているエディットが不満気な声色トーンを漏らした。


「冷静に……はたしかに無理なのは分かります。ですが……テノンさんと乱入者の動種混獣ライカンスロープ。あたしたちから見れば動種混獣ライカンスロープの魔力は手も足も出せないレベルでしたが……」


 じろり、と。

 普段は見た目相応の愛嬌を持つエディットの瞳がグレッグを射貫いた。

 片腕を欠いた激痛よりも、優先して物申す姿にグレッグはおろか、エステルとルリーテも思わず唾を飲んだ。


「感知にどれだけ疎くても、動種混獣ライカンスロープと化したテノンさんの魔力が、はぐれ星団の動種混獣ライカンスロープの数倍以上大きかったことくらい感じますよね。だった動種混獣ライカンスロープに一瞬でズタボロにされたあたしたち……。――にも関わらずグレッグさんが一種ひとりで先走った時、あのテノンさんとできていた以上、テノンさんがどれだけ抗ってくれていたのか……――って」


 遠慮のない失望の眼差しを向ける。

 互いの心の距離が近づいたからこそできる芸当だが、剥き出しのグレッグの心はすでに満身創痍であった。


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