第203話 感謝の念

『チプ~……』


 ルリーテの膝の上でぐったりとその身を投げ出すチピの姿があった。


「これでみなさんの処置は完了です」


 グレッグへ特製の包帯を巻き終えた所で告げた。

 一同は帰路につくかの判断の前に治療をしている最中である。

 すでに夜光石が輝く時間帯となっており、焚き火を囲っての治療だった。


 エディットは戦闘中であれば治癒魔術を行使することに一切の迷いはない。

 だが、戦闘後の治療は極力、薬草などを利用した自己治癒を含めた治療を中心に施すことが多い。


「うん。エディが一番重傷なのにありがとう……」


「いえいえ。降霊状態を維持してくっつけたことで、傷口も必要以上に広がることがなかったのでっ。それと一応みなさんの治療はいつも通り完全に治す、ではなく、自己治癒も含めた治療にしています。もちろん動きに支障がでないように――ですが」


 そう言いながら添え木を施した自身の腕をあげてみせた。


 精霊は固有の特性を備えていることも少なくはない。

 そして不死鳥フェリクスの特性は、期待通り治癒に関連しており、端的に言えば治癒力の強化である。

 常種じょうじんの回復力をはるかに超えており、一週間かかる見込みの傷もエディット自身であれば二、三日で完治するほどの強力な特性であった。

 そして降霊状態で自身の傷を治す元はもちろん不死鳥チピが供給する自然魔力ナトラである。

 完治させたわけではないとはいえ、現状のチピからすれば大部分の魔力を治癒に回した結果、ルリーテの膝の上で伸びている、という状態だったのだ。



「うん。戻るよりも、もう今日はこの場で夜を越したほうがいいと思ってる。もう明かりが夜光石頼りなくらい真っ暗だし……」


「オレもエステルに賛成だ。三方を囲まれて逃げ場がない場所だが、むしろ今は全方位に注意を払うより一点に注力できるほうが精神的にもだいぶ楽になる」


 ルリーテとエディットも異論を挟むことなく、顎を引いた。


「それじゃー治療も一通り済んだことだし……テノンを送ってやらなきゃいけねーな」


 乱入者の亡骸と異なり、テノンの亡骸は魔力凝縮を起こしていない。

 当初は魔核が砕かれた影響かとも考えたが、それは乱入者も条件としては同じだ。

 だからこそ。

 グレッグたちはテノンが血に流れる獣の本能に打ち勝ったのだと、そう結論付けていた。


「その通りですねっ。あとお二種ふたりが話していた時に、テノンさんが持っている小物入れポーチが光っていたように見えたのですが」


 エディットの不意の一言に一同は傍らで横たわるテノンに目を向けた。


「そういや、そうだったな。火葬する前に確認しないとな。あんな状態でも破れなかったのは奇跡に近いが……。悪いルリーテ。ちょっと取ってくれねーか?」


 ルリーテとエステルの背後にいたから、というだけの深い意味を持たないはずの頼みであったが、


「いえ、無理です」


 ルリーテはゆっくりと首を振りながら、むしろテノンの亡骸から離れていく。

 死体だから不気味、もしくは嫌がらせのたぐい、でもない気持ちは伝わってくるが、その行動の意図を把握することができない。


「ルリ? まぁいいけど……」


 臀部を地に擦りつつも離れていくルリーテを他所に、エステルが手を伸ばした。

 だが、伸ばした腕は急いで引き返してきたルリーテに抑えられることとなる。


「え~っとルリ……」


「はい。感謝して頂いて構いません」


 思わずエステルも、噛み合わないパズルを組み続けたかのように、やきもきとする気持ちが沸き上がってくるが。


はグレッグ様です。わたしやエステル様ではありません」


 と、ルリーテが告げた瞬間。

 エステルは反射的に大きく飛び退いた。

 その意図に未だエディットとグレッグが疑問符を浮かべている以上、ここでエステルを責めるのは酷というものでもある。

 逆に、ルリーテにとって、ここまで根深く張った問題であったことをエステルは再認識し、感謝の念さえも湧き上がっていた。


「ルリ……ありがと……」


 胸を抑える手が震えている。

 鼓動が跳ね上がるだけに収まらず、腕にまで伝わるほどのにエステルは愕然としたまま動けない様子であった。


「では。グレッグ様。どうぞ」


 勧められるがままに身を乗り出し、手を伸ばす。


 グレッグがその手で小物入れポーチを握りしめた時。


 小物入れポーチ内部から淡い光が生まれた。


 次いで眩い光を力強く放ち始め、周りを囲んでいたエステルたちの顔にまで光が届くほどの輝きを見せる。


 魔力のうねりに神々しさを感じることはあっても、恐ろしさは皆無だ。

 大気を舞う煙のように、ゆっくりと光の帯が舞いグレッグを包み込んでいく。


 やがてグレッグを包み込んだ魔力の帯が光を失い最後に優しく弾けるように消え行った。 

 誰もが息を吞んだ時間が終わりを告げると、虚ろな瞳を携えたグレッグへ全員の視線が注がれたのだった。

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