第204話 守護石の意味

『共に駆け上がっていくという約束。守れなくてすまん。でも……俺はお前と冒険をすることができて、本当に幸せだった』


『最後に迷惑をかけることになってしまったが……一度この身が魔獣に向かったことで、意思だけでなく、少しだけお前に継げる力ができたことは運が良いと言っていいものか……俺の手に入れた牙を……お前に託す』


『……――〈 デグス 〉』 


獣種じゅうじんというだけで煙たがる者ばかり、そんな単色で彩りを欠いた世界でお前と出会えたことが俺の冒険最大の宝物だ。だから……俺の生き様に……色を与えてくれて……――ありがとう』


 ――……

 ――…………

 ――………………


「そんなことが……あたしが入った当初に軽くお話はして頂いていましたが、完全に意識の外でしたよ……」


「わたしなんてその場にいたのに……うっかりじゃ済まされないって……覚えられるかは別だけど……」


「グレッグ様を想って守護石に詩を刻んでいたのでわたしたちでは反応しないとは思います。ですが……念には念をいれるべきですので」


 グレッグの意識が内に向かった後、エステルたちはグレッグを見守るように囲んでいた。

 守護石とは決められた詩が刻まれた石ではない。


 冒険に赴く探求士が自身の魔力を染み込ませるために持ち歩く石である。

 通常、詩を刻み込みためには相性の良い石を確保する必要がでてくるが、術者の魔力を長年染み込ませておくことで、魔術を刻み込むことを可能としているのだ。

 その行いを『継承』と呼んでいた。


 セキがブラウたちに説明された通り、類似の『複製』も近年では行われるようになっているが、あくまでも『複製』。

 『継承』ほどの詩の質を得ることは不可能であった。



「――テノッ!! あっ……」


 そこでグレッグが我に返った。

 繋ぎ戻した外への意識を確かめるように辺りを見回している。


「お帰りなさい。グレッグさん」


 目の合ったエステルが、混濁する意識へ道標を示すように声を掛けた。


「あっ……ああ。そうか……」


 握り続けていた小物入れポーチを逆さにすると、役目を終えた守護石の灰が落ち、その中に鈍い輝きを放つ小さな指輪、そして子葉の模様が刻まれた『級証』が姿を現した。

 輪を作る金属部に宝石を埋め込むように石留めされた指輪であり、守護石とは別に持ち歩いていたものと推測された。

 灰の中からおもむろに取り出すと、思い出ごと握りしめるようにゆっくりと指を閉じた。


 そして。

 グレッグは少女たちへ向き直り、両拳を付いた。

 さらに一種一種ひとりひとりと視線を交わした後、


「何から何まですまねえ……だが、あいつの残したもの。受け取ることができた……感謝している」


 焚き火の音だけが跳ねる空間に安堵の吐息が混ざり合う。

 グレッグは何度も頭を下げ、心情を吐露していた。


 真っ直ぐに気持ちを向けられた彼女たちもまた微笑みを向けて答える。

 心にしこりを残していることを、決して悟られぬように。


 大切な仲間を失ったという事実。

 心の整理にどれほどの時を必要とするかは、本種ほんにんでも分からないだろう。


 失ったという実感が湧いていない、グレッグ自身もそれは理解していた。

 それでも歩き出すためには、この場を区切りとする必要があることもまた、理解していた故の感謝であった。



◇◆

「セキ様がいればもっと大々的に火葬してあげられたのですが……」


「魔術苦手って言ってたからどうだろうねぇ……」


 一同はテノンの亡骸の火葬を終えた後、遺骨のほんの一部をグレッグが形見として残りを粉砕した。

 そして今、遺骨の粉末を抱え、崖上に立ち峡谷の底に流れる川に視線を落としていた。


「具体的な場所は知らねーが、先祖の住まいでも川に粉砕した遺骨を流し自然に還していたって言ってたからな」


 グレッグは最後に遺骨へ視線を落とした後、勢いよく粉末を振り撒いた。

 微かな煌めきと共に風に揺られ、峡谷の底へ向かう光景を一同で見守っていた。




「これで後はを持って無事にレルヴに帰れりゃ、ひとまず――ってとこだな……夜間の警戒はオレが受け持つ。だからお前らは少しでも体を休めてくれ」


 谷底から向き直り、焚火の元へ歩き出す。

 顎先で示した位置に積まれた物は凝縮後の魔獣素材だ。

 完全な状態ではなかったため、強固な殻を残すも、ほとんどは灰に還っていた。


「それなら最初はお願いするけど、交代制にしよう。でも、エディは少しでも体を休めてほしいから除外で!」


 エステルの提案にルリーテが深く頷くも、エディット自身が難色を示している様子だ。

 焚火を囲みながら説得に回るも、あたしも大丈夫です、の一点張りのため、話が進む気配を見せない。


 このまま日光石が輝きだすのでは。

 そんな思いを抱いた時だった。


「やっぱりそうだ! お~い! ここは危険な区域だ~! 事情は知らないが~! 俺たちはレルヴに戻る最中だが一緒にどうだ~!!」


 揃って頭上からやや反響する声に顔を向けた。


「俺たちは禍獣報告で出発した討伐隊だ~!」


 正確な種数にんずうまでは把握できないものの、たしかにルリーテとエディットが酒場ですれ違った討伐隊の探求士の顔を確認できる。


 エステルは好意に甘えることを選択すると立ち上がり手を振り返す。


 わずか一日とは思えないほどに様々な思いを抱き、大切な想いに立ち会うこととなった経験。

 あの死線続きであった精選に劣らぬと言っても過言ではないだろう。


 崖上に向かい始めた一同の足取りが軽いとは決して言えない。

 だが、浮ついているわけもない。


 地に足を付けて進んでいくという実感とグレッグの前では見せられぬ、僅かながらのしこりを胸に宿し、彼女たちはレルヴへの帰路につくこととなった。

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