第205話 篝火
「え~と……ほんとにいいんですか……?」
「はい。経緯そして成果共に快挙という以外何も問題ございません。今すぐご用意できないという状況が心苦しいのですが、こちらもまた実績は申し分ない探求士様ですので」
グレッグの件に、全ての
ここはレルヴの街の紹介所。
日光石が仄かに光を帯び始める早朝の時間帯。
まず、討伐隊との合流からしても、良い意味で騒ぎとなったのである。
状況を振り返った結果、目撃された禍獣は乱入者側の
禍獣を討伐した旨を告げることで騒ぎになることは、通常の思考から道筋を辿れば明々白々であるが、文字通りの全力を使い果たした彼女たちにそこまで頭を回せとは言い難い。
討伐者についてもテノンの名を出している。
行方知れずであったが、グレッグがそもそも組んでいたこと、そして『級証』を見せたことが納得の理由の一つにもなっていた。
帰路では散々であったが、紹介所へ報告した際は違和感を覚えるほどにすんなりと受け入れてもらえたのである。
さらに禍獣討伐の報酬として、ギルド側から提案された特典がギルド本体所属の探求士による治療である。
エディットが薬草と詩を駆使して治療することももちろん可能である。
事実として今までそうして来た以上実績も十分。
だが、想像以上にエディットが他者の治療に興味を示し興奮した結果、揃って治療を受けると言う結果を迎えたのであった。
現在不在ではあるが翌々日にギルド本部から派遣されるとのことで、エディットが鼻息を荒げ、待ち切れない、という雰囲気を全身で醸し出していた。
「はい。それじゃよろしくお願いします! また二日後に来ます!」
エステルの声に受付職員は腰を折り深々と頭を下げた。
彼女たちは混み合う前に紹介所を後にすることに成功すると、広場で顔を突き合わせた。
「あっ……グレッグさん本格的な治療を受けられるのが明後日ということで、それまでの処置をしておきたいと思ってます! なので後で行ってよいですか? さすがにまずは休息が必要なので行くとしても夜ですがっ」
「えっ? あ、それならオレがお前たちの宿に向かうさ。この状態じゃどうしょうもないからな。一度オレも宿で休んで夜にでもそっちに行かせてもらう――でいいか?」
グレッグの回答はエディットにとって満点だったようだ。
若干一名、滅多に傷を作らないが治療を遠慮する者がいるが故にこういうタイミングでの態度はとても重要である。
「それとダイフク様が街に着いた途端に飛び立たれましたが、エディ大丈夫ですか? 見たこともないほどの勢いでしたが……」
「急に騒いだのであたしも驚きましたよっ! ですが、特に何があったわけでもないはず? ……です! お腹が空いたのか、魔力使いすぎて疲れて宿で休憩するためなのか不明ですが……っ!」
チピは
さすがにクエストなどは治療後までお預け、という共通認識のため、エディット自身も今はそこまで気に留めていない様子であった。
「それとグレッグさん。後で決めてくれてもいいんだけど、臨時パーティの契約。期間契約のままでも……いいよね?」
「あ、ああ! そういやそうだったな。色々ごたついちまったが……そっちの都合が問題なけりゃー満了まで頼みたいところだな! 場所はもうあそこに行く必要はねーがな。それじゃーまた後で向かわせてもらうな!」
前夜から今、という状況で、先々の詳細まで確認することはあまりに不躾である。そんな認識を持つエステルは、触りの約束だけをとりつけるに留めた。
疲労の色を浮かべつつあるグレッグであったが、必要以上に心配をかけぬよう配慮した
グレッグの姿が
「ドライさんとキーマさんにもお礼を言いたいけど、宿も何も聞いてなかったな……明日ちょっと……紹介所回りとか覗いてみよう……」
グレッグと別れ、彼女たちだけとなった途端、張り詰めていた気持ちが解けていく。
それは同時にグレッグの前では蓋をしていた思いを見つめ直すきっかけでもあった。
「もっと……わたしが強ければ……結果もきっと違ってたのかな……」
「それは
「驕りなんて一切持っていなかったのに……正直に言ってしまうと……あそこまで無力だとは……ちょっとショックでしたね」
配慮をしていたのはグレッグだけではなかった。
自分たちの実力であれ以上を望むことはあまりにも高望みである。そんな思いに胸を鷲掴みにされていることは事実だ。
だが、テノンが死してなお、強靭な意思を見せた。
グレッグも負い目からの失言はあっても、素直に受け入れ誇りと絆を見せた。
何も見せていないのは自分たちだ――と。
テノンがグレッグと最後の言葉を交わしたことは最良に近い結果だと自覚はある。
だが、その結果に自分たちがどれだけ関与できたのか。
一度考えだせば脳裏に負の思考ばかりが渦巻いていた。
だからこそ、あれでよかったね、と胸を撫で下ろすことに抵抗を感じていることも確かであった。
――口に出せば縛られる。呪いのように。
そう自覚していながらも、自身の不甲斐なさもまた、認識するためにあえて言葉として綴った。
日差しの眩さが少々鬱陶しく感じるほどに彼女たちは俯き、そんな気持ちを表すように足取りも重みを増していく。
普段の倍以上の時間を要して宿に着くと、受付へ虚ろな瞳のままに会釈をしつつ部屋へ向かった。
「あはっ。なんだか……とっても……疲れちゃったね……」
投げやり……捨て鉢……とは言えない。
エステルらしからぬ自身に失望したような一言。
続くルリーテやエディットも喉を震わせる気概はなく、黙って部屋へ向かうだけだった。
『――ッピ~……!』
不在の部屋から漏れる鳴き声。
やっぱりそうだったのか。声に出すこともなく彼女たちは納得した様子を見せた。
扉に手をかけ、そのまま開けた。
そして……
リビングに目を向けた時、瞳が映し出したのは赤い小鳥、ではなかった。
「ただいま。そんで……お疲れ様……かな?」
赤い髪を携えた青年。セキがそこに居たのである。
沈み込んだ気持ち。
底なしの闇を手探りでもがいていた彼女たちに差し込む確かな光は、道を見失うことがないよう照らし出す、セキという篝火が放つものだ。
彼女たちは沈み込んだ末での再会に感極まったのか、無意識な衝動に身を委ねたのか。
挨拶も忘れセキに向かって、勢いそのままに飛び込んでいくのだった。
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