第206話 悪意と悪意 その1

 港町ハープから南の地。

 どの国も管理しない地域であり、ひとよりも魔獣が我が物顔で闊歩する地域である。

 領土としては『ジャルーガル国』に近いが国境は超えておらず、お世辞にも安全とは言えない。


 そんな危険区域に建てられた立地に不釣り合いな古城と呼ぶに相応しい建物。

 岩場が乱立する中とはいえ、レンガの独特な組み合わせが織り成す造形が目を引く外観。

 精巧に手掛けられた装飾の数々は至るところに緻密な細工が施されており、一見貴族が住んでいるのかと思わせる優雅さを醸し出してる。


 そんな洗練された空間に相応しいとは言えない話題が飛び交っている。

 歪んだ笑みを携え談笑に耽る二種ふたりの男がいた。


「キヒヒッ! ワ~~グ……また失敗じゃねえか~?」


団長だんちょ~そんな嬉しそうに言わないでくださいよ……まぁ最初は千幻樹探しに行方をくらましたのかと思ってたんですけどねぇ……しかも千幻樹も見つからないどころかあっという間に誰かが採っちまったみたいですからねぇ……」


 グラスに注がれた酒が零れる勢いで笑い続けるファウスト。

 対するワーグは顔を覆うように手で抑えている。

 果実の効能よりも金銭的な意味で手に入れようと試みていたワーグに対して、ファウストは果実に執着する素振りを見せる気配はなかった。


「プリフィックもそうだが、ギルド本体のやつらも今回は警備に熱入れてっからな~お前が攫いすぎたんじゃねえか~? キヒヒッ! ま~どいつが食ったのか知らねーが、マシな雑魚ザコになったところで――だかな~! キヒッ!」


「ここらへんのはぐれ星団はあらかた取り込んじまいましたからね……――って状況にも関わらず今回は攫いに行かせたやつらほぼ収穫なしですよ? 石精種ジュピアのガキに向かわせたやつに至っては一種ひとりも帰ってきてませんからね……」


 頭を抱えるワーグに対して、名目上、団長という立場のファウストは、苦悩の表情を眺めるだけでご満悦と言いたげに生き生きと表情を輝かせている。

 長年の付き合いであるが故にこの状態では何を言っても酒の肴にされるだけ、ということをワーグは理解していた。


「キヒヒッ!! お~い……これじゃ~前と一緒じゃねえか~? は即座に放置して逃げ出したあたりさすがだけどなぁ~!」


「も~思い出させないでくださいよ。え~っと一年? 二年前? どっちだっけか……まぁ幻域種ティティスの件ですよね? 獣種じゅうじん攫おうとした時の話ですよね……?」


 ファウストの問いに即座に反応するあたり、ワーグにとって苦い思い出の様子である。


「まさか団員にも獣種じゅうじんいるなんて……ですよ。しかもけものちしやがって……あのカスがぁ~……。おかげで連れてった団員三十種さんじゅうにん以上が全滅ですよ。乱戦になったんで速攻お暇しましたけどね? はぁぁぁぁ……」


「堕ちたてにやられるような雑魚ザコどもなんざ、いても役に立ちゃしねーんだから処理してくれてありがと~! だろ~? キヒッ――キヒヒヒヒヒッ!」


 ますます俯くワーグを余所に、腹を抱えたファウストはご機嫌そのものだ。

 しかし、そんな下卑た笑いがぴたり、と止まった。


 澄んだ瞳が左右に動き、魔力を探り始めている。


「なんか来たんですかい?」


「――チッッ!! あのの使いかぁ……?」


 一転、不機嫌そのもの、という表情を惜しみなく扉に向ける。

 申し合わせたように扉が開き、一種ひとりの男が姿を見せた。


「よ~……ファウスト~……懐かしいなぁ……」


「何の用だ~『ゲルニ』。またババアの小間使いでもしてんのか~?」


「ゲルニさんどうしたんです……? こっちまで顔出すのはかなり珍しいですね」


 『ゲルニ』と呼ばれた男は、艶やかな鉄錆色の髪をかきあげながら我が家のように二種ふたりの元へ闊歩した。

 傷一つ見えない黒き軽鎧ライトアーマーは、髪の艶とは正反対に発色を抑えた職種技しょくにんわざの仕上がりだ。

 全体的に黒を基調とされており、首元を包み込むように巻かれた赤い襟巻きスカーフがより一層強調され目を引いた。

 両腿に備えた双剣の印象も合わせ、『暗殺者』という言葉が相応しい見た目ではあるが、矜持を宿す『寡黙な』暗殺者とは言えない歪んだ笑みを携えた男であった。


「ククッ……クハハッ! 相変わらずの口の悪さだなぁ~ファウスト! まぁ用っちゃ~用だな~『千幻樹の果実を食ったやつを探しにきた』。これだけ言や~わかんだろ?」


 ファウストに劣らぬ歪んだ笑みを浮かべ、長椅子ソファーへ優雅に腰を下ろした。

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