第207話 悪意と悪意 その2

「クハハッ! もう魔力は把握してる以上、探知するだけだからなぁ~……――って言ってもこのバカでかい大陸じゃ現実味を出すにも種手ひとでがいるんだよぉ~」


「キヒヒッ! あのババアまた果実狙ってんのかよッ! そんで方々ほうぼうに散って探し回ってるってわけかぁ~? 無駄な努力がお好きなこったな~!」


 互いに笑声に喉を震わせているが、眼光は鋭さを増すばかり。

 両者へ静かに視線を這わすワーグは、首筋に流れ落ちる汗を拭い口を閉ざしていた。


「こんな自然魔力ナトラの薄い地域にいるなんざ思っちゃいね~がなぁ。万が一……いや、億が一にでもいりゃーもうけもんよ。果実でなくても、食ったやつを捕まえりゃ~問題ねえからなぁ~……ハープもレルヴも回ったがまぁ見つかるわけもねえ」


「そうかそうか。ま~俺がババアの手下どもに手を貸す義理はねーけどな? お前の大好きなお兄ちゃんに『手伝ってよぉ~』って泣きつきゃいいんじゃねえか? キヒヒヒッ!! そんで……お前らだけが奪える立場だなんて勘違いしてねーよなぁ……?」


 ワーグは肌がひりつくような緊張を感じとった。

 空気が焦げたような、そんな息苦しさを伴いながら。


「ククッ――クハハッ!! 言うようになったな~ファウストォ~……こんな辺境で増長した挙句、俺たちに楯突くってことかぁ~?」


「おいおい。それじゃ~まるで昔は俺のほうがお前ら兄弟に劣ってたように聞こえるじゃね~か。生れ落ちてから今まで、一瞬たりともお前の『下』になった覚えはね~けどなぁ……?」


 確実に言えることは、話を進めるに連れて二種ふたりの瞳孔が見開かれ、口元が吊り上がっている、ということだ。


 さらに言えば、二種ふたりを見据えるワーグは祈る以外に手立てを見出せない状況でもある。

 そこへ救いのきっかけとなる可能性を微かに秘めた足音が城内に響いた。

 ワーグは期待をありったけ込めた眼差しを、勢いよく開かれた扉に向けた。


「団長! ワーグさん! ダメっす! レルヴに石精種ジュピアを攫いに行ったやつら……また定時連絡すら取れなくなったっす……!」


(――バッ……バッカやろう!! 今その話を持ってくんなッ!!)


 ワーグが思わず顔を覆った。

 そんな気持ちもつゆ知らず、団員はまさにお手上げ、と言いたげに両手を気怠そうに挙げた。

 その手には写水晶グラフィタルが握られている。


 飛び込んできた団員に一瞥もくれず、渇いた視線を交わしていた両者であったが、団員の一言に口の端を吊り上げたのはゲルニだ。

 即座に長椅子ソファーから跳ねると軽やかに宙を舞い、団員の手から写水晶グラフィタルを抜き取る。


「おいおい……石精種ジュピアなんて見つけてたのかよぉ~……クハハッ! これなら見つかりもしねー果実よりも十分な土産になるじゃねーか~……」


「キヒッ! てめえ……俺の獲物を横から掻っ攫おうって言ってんのか……?」


 飄々と写水晶グラフィタルを掲げほくそ笑むゲルニ。

 一攫千金、どころの価値ではない石精種ジュピアの情報を掠め取られたにも関わらず、口元を正すことのないファウスト。

 ワーグに加え団員も引きつった笑みを浮かべ、場をやり過ごすすべを模索中の様子だ。


ひと聞きの悪いことを言うんじゃね~よ~……お前らの代わりに探してやろうってんだからよ~! 安心しろって……ちゃ~んと『ファウストが見つけた石精種ジュピアです!』って、報告してやっからよ~! クハッ……クハハハッ!! いや~来て正解だったぜ~! じゃ~……あばよ~!」


 ファウストの指が軋みをあげる――

 だが、すでに開け放たれた扉の前に佇んでいたゲルニは、自慢の足で跳ね扉の奥へとその姿を消していった。


「――チッ!! ――だが……良い刺激になるなぁ……」


「追いかけますかい?」


 一瞬即発の空気は流れたものの、ファウストが発する重厚な魔力が部屋へ垂れ流しとなっている。

 ワーグは立ち上がり、扉付近で腰を抜かす団員に視線を向けた。


「いや……うちの雑魚ザコどもじゃ、役に立たねーな……ワーグ。小隊……いや、んないらねーな。探知系を何種なんにんか見繕え」


 即座に向かうことをせず、ワーグへ指示を飛ばす。

 告げられたワーグも、すでに垂れ流していた息苦しい魔力が収まり始めていることに気が付いた。

 そしてファウスト自身が数名とはいえ、特定の団員以外に顔を見せる、という行為じたいにも少なからず衝撃を受けていた。


「了解……団長自身が顔を見せるってことですかい……ですが、戦闘系はいいんですかい? ゲルニさんですよね……? 受領した二つ名がたしか……『陰風隠者ハーミット』」


おもしれーんだよ……キヒヒッ! まぁ数を集めても目立ってやつに気付かれるだけだ。俺とお前、探知と石精種ジュピアを攫うやつってとこか……まぁ四、五にんで十分――っつーか、ゲルニあいつを殺すだけなら……俺だけで十分だろ……?」


 元の表情。どころか、歓喜に打ち震えるように口角を上げた。

 ワーグは自身とファウストの危機感の違い、どころか、ファウストは最初から危機感など持っていないことを悟った。

 ファウスト自身が動く退を得たことに喜びを感じているだけなのだ、と。


「捕まえるんじゃなくて……っちまうんですかい……? え~っと……大丈夫ですかね……もろもろが……兄の『欲忠愚者フール』どころか、他の方々も……」


「――なら、寂しくねーようにまとめて送ってやりゃーいい……そもそもが先か後かの違いでしかねえ……やつらが都合よく国から離れてバラけてる好機チャンスでもあるからなぁ~……予定を前倒しゃ~も喜ぶだろーよ……いや――まずは体裁を考えて怒りの振りポーズかもなぁ……? キヒヒッ!」


 ファウストはワーグを取り残し思考を加速させる。

 漏れ出した愉悦と歪みに思わず口元を抑えると、ようやくワーグへ目を向けた。


「ま~お前じゃ想像もつかねーだろうが……実力差ってのは垂れ流す魔力を見りゃ~一発で分かんだよ。全ては生まれ持った才で決まるってなぁ~……キヒヒッ!」


 ワーグはファウストが相手に敬意を払う、という姿を見たことがない。

 だが、実感しているのだ。


 いかなる相手も、蔑み、見下してかかる。

 そんなファウストの行為を慢心と呼ぶ者は、ファウストを理解していない者だけだ、と――


 強者とはどのような行い、どのような態度をとっても許される。

 いや――そもそも弱者に許す権利を持つことはできない。

 因果が逆なのだから。


 そんな権利を持てぬ力無き者だからこそ、弱者なのだ、と――


 その力無き者を鼻歌交じりに踏み潰す者が、強者ファウストなのだ、と――


 ワーグはファウストと出会い、その抗いようのない、そして容赦のない現実こそことわりだと己の胸に刻み込んでいた。


「了解です。ま~石精種ジュピアを先に確保しちまえば、後は団長にお任せって感じでよさそうですね……」


 ファウストは頬に浮かべた歪んだ笑いそのままに、視線を以ってワーグに答えた。

 ファウストはグラスを呷ると、これから始まるであろう惨劇に思いを馳せているのか、口元を抑えた。

 そして、軋む長椅子ソファーから腰を上げると、男たちは部屋を後にした。

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