第208話 赤き者襲来
時は少々遡り――
「見えたーッ!」
「も~遠すぎよ~……
セキとフィルレイアはついにレルヴを視界に収めるに至ったのだ。
両者共、体力に不安は一切ない。単純な道のりの長さに辟易としてはいるが……。
「ラストスパートよ! って言いたかったけど、どうやらお迎えが来てくれたみたいね」
軽やかな足取りを取り戻したセキへフィルレイアが待ったをかける。
すると街方面から草原を駆け、岩場を飛び越え向かってくる影が視界に収まった。
見る見るうちに距離を縮める影は、最後に大きく跳躍すると
「ご無事で何よりです。フィア様。そしてセキ様」
「んっ! ただいま~! イース!」
「あ~そっか。フィアと一緒だから帰って来たのに気が付いたのか。ただいま!」
イースレスは抱えていた二つの楕円形の実を差し出し、
「あ~ら。さっすがイース! 気が利くことこの上ないわ~!」
フィルレイアは受け取った実に穴を空け、中に満たされていた果汁で喉を潤し始める。
「『エステルたちのこと気にかけてほしい』、なんて頼んじゃって悪かったけど……大丈夫だった?」
セキはアドニスとフィルレイア、そしてイースレスで話した際にエステルたちを巡回や見回りの範囲で気に掛けてくれるようお願いをしていた。
セキが不在とはいえ、あからさまにイースレスを同行させることは、心配している、というよりも彼女たちを信用していない、とも取れる。
よって、エステルたちに姿を見られないよう影から見守る、というお願いをしていた。
イースレスの本音で言えば
結果から言えば、セキの判断は正しかったということになるが、この時点で
セキが実を受け取りながら告げるとイースレスは静かに膝を付いた。
「申し訳ございません……」
イースレスの想定外の一言に、セキの表情が一瞬で驚愕の色へ染まった。
「――え?」
「言い訳はいたしません。彼女たちは命に別状はありませんが、深い傷を負うことに……」
セキが安堵の吐息を大きく吐きだした。
そして、膝を付いたままに顔を下げるイースレスの肩を抱き、
「冒険と危険は紙一重。怪我してほしくはないって言っても、それを承知の冒険だからね。糧にできる範囲なら……命があれば何度でもやり直しはできる。心さえ折れなければ――ね。その様子だと色々気にかけてくれたみたいで……ありがとう」
そう告げながらイースレスを立たせると、深々とその頭を下げた。
「セキ様から受けた恩に比べれば、私の苦労など些細なものです。あの頃は三種揃って多大なご迷惑をかけていましたので……」
イースレスはセキの瞳に向かい微笑を纏った。
「
「ちゃ~んと『討伐』したわよ~! あの相手をセキとアドニスがいる状態で迎えられたのは、私的にめちゃくちゃラッキーだったわ……結局、
「それほど……までに……?」
「笑えない強さだったわ……アロルドなんて役に立たなさ過ぎて落ち込んでたし」
イースレスの瞼が微かに。
対面してなお、気が付かずともおかしくないほど微かに、ぴくり、と反応した。
「すみません。少々話を遮っても?」
「んっ!」
至って冷静に喉を震わせたイースレスへ、フィルレイアは子供さながらに返事をすると、
「なぜ……アロルドが……?」
「あっ! え~……な……なぜかしら……ねえセキ……?」
ここでフィルレイアは気が付いたのだ。
しまった――、と脳裏に浮かべるに留まらず顔にそのまま書き表したまま、首を捻り視線を逸らした。
精選管理国プリフィックとしての警護の責務。
セキからの頼み。
この二点を踏まえ居残りはしたものの、本心ではセキと共に戦いたい、という願望を持っていたことは、フィルレイアも薄々――どころか、ひしひしと感じ取ってはいたのだ。
長い付き合いである以上、認識はしている。
だが、ここに来て気持ちが緩んだことが仇となった。
「え……えと……アドニスの馬鹿がちゃんと説明をしないから付いてきちゃったというか……」
「
(おぉ……めっちゃ怒ってるよぉ……)
短く簡潔、かつ矢継ぎ早に言葉を被せるイースレス。
セキはすでに顔を下げ、視線を地面に這わせていた。
単純な構図で見れば叱られている子供そのものである。
「えっと……アドニスの里から始めるみたいで……あっちに残ったわ」
「なるほど……次に会った時に少々深く話をしないといけないようですね」
静かなる闘志――の中に嫉妬の炎が轟々と燃え盛る
そこへ幸か不幸か空気を切り替えるに相応しい乱入者がいた。
空から捻りを加えつつあらん限りの力を振り絞っているその姿は、見ている者にダイレクトに伝わってくる勢いを持っていた。
「ん~? あれ? よく気が付いたな~……」
セキが空を見上げると、
『チ~~~ピ~~~ッッ!!』
歓喜の鳴き声を響かせ襲来した赤き鳥は、つぶらな瞳から噴水の如く涙を撒き散らしている。
セキが迎えるように両手を広げるが……
チピは、わき目も振らず、勢いを落とすことなく、そして……迷いなくセキの顔面にがっちりと抱き着いていた。
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