第134話 老蠍虫

「――ということがあってね……」


「最低限の仕事をして頂ければ――という所はありますが、やはり……そのように熱意を以って見送られるほうがモチベーションも上がりますね」


 エステル一行はレルヴの街から東に広がる草原を歩いている。

 もちろん目的はクエスト対象である『老蠍虫エルダースコルピオ』である。


「すごい心変わりだったようですね! やはりエステルさんの予想通り偉いひとに怒られてしまったのではないでしょうか!」


 チピを頭に乗せ、豊かな緑と色とりどりの果実に目を奪われているエディットがエステルに賛同を示す。


「やっぱりそれが一番しっくりくるよね……相手したのもわたしたちだけじゃないだろうし……ってそろそろ切り替えないと――ッ! もう街を出てるんだから!」


 疑問に思考リソースを割いていたエステルだが、仕切り直しとばかりに首を振る。


「そうですね……書籍の知識とセキ様からの助言である程度の情報があるとはいえ油断は禁物です」


「セキさん魔獣の名前ぜんぜん憶えてないのが致命的でしたね……『ハサミと尻尾があるやつ』って言われてピンと来るまでに時間を擁しました……」


 丈の短い草木の絨毯を並んで歩くルリーテとエディットも意識を受付の男から魔獣へ切り替えた様子だ。

 さらにエステルは思考を辿り写水晶グラフィタルの内容を掘り起こし、


「討伐証明として尻尾を持ち帰らないとだから、あまり大きくない個体が居るといいんだけど……」


「おそらく尻尾の毒腺から抽出して、治療薬に利用したりしたいのでしょう。普通、蠍の場合、掴まれたりすると体節を自切したりするのですが……老蠍虫エルダースコルピオの場合もそれに該当するのか不明ですっ!」


 エディットが種差ひとさし指をピンと立てて得意気に知識を披露すると、


「必要であればわたしが切り離しましょう。おそらくは討伐してからになるでしょうが……」


「あたしの『 ウィグス』でもよさそうですが、調節が難しいので変に燃やしたりしたら困りますので……ルリさんの『アルクス』で切断が合理的ですねっ!」

『チ~……チピッ!』


 エディットが発した詩に反応しているチピ。

 任せろ、と言わんばかりに羽を胸の前で丸め、まるで握り拳のように気概を見せつける。

 不死鳥フェリクスとしての威厳は皆無だが、羽の器用さはそこらの鳥には負けないほどの芸達者になりつつあった。


「うんっ! 東大陸ヒュートの魔獣相手とは言え、ルリのような武装系の象徴詩も強いけど、獣の部位を発現させる創製系も強力ってことが分かったしね!」


「象徴詩で目的に沿った形を作ることで、明らかに利便性が上がりましたね。欲を言えば……セキ様にしっかり相手をして頂きもっとモノにしたかったのですが……」


 珍しくルリーテがセキに対して不満を零す形となる。

 セキは基本的にエステルたちへ惜しみなく知識や技を披露するが、模擬戦や決闘を受けることがない。

 一方的にエステルたちが攻め、セキが一方的に受けるだけのような形でしか相手をしていなかったのだ。

 セキ曰く「おれの刀も拳も女の子を守るために使うんであって、女の子に向けるものじゃない」とのことである。


「ん~セキの性格からして分からなくはないし何より……決意が固かったよね……実力差がありすぎるから手加減が難しいのかもしれないけど……」


「まぁ正直三人掛かりで、攻撃を受け止める所か、掠りもしませんでしたからね……息一つ乱すことがありませんでしたし……あたしも近接で『 ウィグス』とかを使えるようになって芽生え始めた自信が音もなくしおれてしまいましたよっ」


 気さくな会話を始めているが、各々が武器を握りしめ周囲に意識を向け始めている。

 精選を経て道中の進行でも明らかに警戒網が広がっているということは彼女たち自身も実感していることだ。


 歩く速度を保ったまま小一時間が過ぎた頃、草木の絨毯がしだいに途切れ始めていく。

 所々何かが潜ったような跡があり、しだいに土から砂と言っても差し支えないように地質の変化も見られた。


「ちょっと雰囲気が変わってきたね……気を引き締めていこう――ッ!」


 先陣を切るエステルの掛け声に続き踏み出す一同。

 先ほどまでの晴天とも言える日光石の明かりが途切れだし、雲が空を覆い始めていた。

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