第133話 初陣

「よ~し……それじゃクエスト受けてくるから待っててね……!」


 相変わらずの賑やかさに包まれたクエスト受注所。

 比較的自然体で、気持ちを緩める者が数多く見受けられる中、神妙な面持ちで受注所の受付に向かうエステル。

 そしてその姿を息を凝らし成り行きを見守るルリーテとエディットの姿があった。


(う~……初クエストは緊張するな~……でも踏み出さなきゃ始まらないっ! よ~し……あっ)


 受付に付き視線を上げた先。

 そこに居たのは、昨日の脱力系受精種エルフの男であった。


 視線が交差する中、ごくり、と唾を飲んだエステル。

 意を決して口を開いた時だった。


「本日はクエストの受注でしょうか? それともご質問でしょうか?」


 特別な言葉を発せられたわけではない。

 極々普通の、言うなれば受付らしいありふれた言葉である。

 だが、エステルは昨日との対応の格差ギャップを吸収しきれず、思わず目を丸くしていた。

 驚きからなのか、エステルの目には受付の男の表情も、凛々しく引き締まっているように見えている。


「――えっあっ……はい。そうですっ! クエストを受けに来ました!」


(あれ? あれ? ひと違い? あっ双子!? う~ん……)


「承知しました。新種しんじん様の場合ですと……老知猿エルダーエイプは少々狡賢い所がございますので、老蠕虫エルダーワーム老蠍虫エルダースコルピオがお勧めですが……すでに希望はお決まりでしょうか?」


 男は棚から冊子程度の大きさの写水晶グラフィタルを、取り出すと上下を反転させエステルに差し出すように受付卓上に次々と置く。

 計三枚の写水晶グラフィタルは、それぞれ老蠕虫エルダーワーム老蠍虫エルダースコルピオ老知猿エルダーエイプの姿が映し出されており、脇に情報が記載されていた。


(んお~? あれ? 一緒のひとじゃないの……? うれしい対応だけどなんか怖い……いや、それは失礼だぞ、わたし。ありがたい状況なんだから活用しなきゃ!)


「――え……えっと、一応あっちに貼られていた老蠍虫エルダースコルピオの討伐を受けようと思ってるんですけど……」


 エステルが背後を振り向きながら、壁に掛かっている写水晶グラフィタルを指差しながら希望を告げる。


「はい。南大陸バルバトスで初めてのクエストでしたら、ちょうど良い相手だと思います。ですが、相手も魔獣ですので、油断無きようご注意ください。それでは少々お待ちを」


 男の合図で、背後に控えていた適受種ヒューマンの男が、エステルの差した写水晶グラフィタルを外し受付卓へと持ち運んでくると、


「ふむ……。そうですね。討伐対象としては三体。大きさはそうですね……精選を経験されているのであれば……珊蜥蜴コーラルリザードを思い出して頂ければと……似たような大きさですので。ですが……」


 さらに男はクエストの内容を吟味しながら、補足アドバイスを始めている。

 ありがたい情報であるにも関わらず、エステルの頭の中では疑問符が増えていくばかりである。


「場所が少々……注意ですね。ここから東側となりますが……森近くになっています。生息地域として老知猿エルダーエイプがいてもおかしくないと言うこと、さらに付け加えるならば老白兎エルダーラビットもいるかもしれません。言い出したらキリがありませんが……索敵としては初陣ということも踏まえ、森付近になった場合は十分に見通しが利く場所まで――とすることをお勧めいたします」


「は……はい」


 昨日からは想像できない状態である。

 逆にエステルが面食らったまま話半分という形で聞くこととなっているが、男は気にする様子は見せず、エステルの返事を以って受注印を押していた。


「それでは十分に気を付けて……あ、それと……」


「――え、はいっ」


 心拍数の上昇が止まらないエステルだったが、男がふいに唇に指を添えながら続く言葉に望みを託す。


「さ……昨日は大変失礼いたしました……希望を胸に抱いてこの地に降り立った探求士様たちの出鼻を挫くような態度、誠に申し訳ございませんでした」


「い、いえいえ! そんな! 気にしてないですし――それに今日のアドバイスもとても助かりました!」


 理由は不明。

 しかし、ここで深く問うことも憚れる。

 同一種物どういつじんぶつかさえ疑っていたエステルだが、そういうわけでもなさそうである。


(ん~……仕事の態度とかで怒られちゃったのかな? でもやる気は出て来たぞ~!)


「そういって頂けて大変光栄です。それでは改めて初陣を笑顔で飾れるよう微力ながら祈っております」


「はい! ありがとうございます! それじゃ……行ってきます!」

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