第135話 チピの警報

「止まってくださいっ」


 エステルの背後から声が響く。

 振り返るとエディットが耳に意識を集中しつつ、瞳を左右に振っている。


「地中ですか……?」


 徐々に視線を下げていくエディットへルリーテが問いかけた。

 その間、エステルも徽杖バトンを地に突き立て振動の有無を確認している。


「すみません。気のせいだったかもしれません……何かが這いずるような音が聞こえたと思ったのですが……」

『ピィ……! チピッ――チピピィ!!』


 流そうとするエディットへ頭の上に鎮座していたチピが、羽でエディットの頭を執拗にはたいている。


「――ど、どうしたのチピ。やっぱり何か感じる?」


「ダイフク様は不死鳥フェリクスの力を得てから、感覚がとても鋭くなっています。わたしたちが何か見落としている可能性がありそうですね」


 三種さんにんが背中合わせで周囲に視線を張り巡らせていく。

 だが、ここは砂地の割合がとても多い分、木々の姿が少ないとても見通しの良い場所である。

 風に揺られる少数の木々、風で舞い上がる砂以外に動く物は確認できない。


「もしかしたら……わたしたちが止まったから相手もそれを警戒しているのかも? 少しペースを緩めて動いてみよう」


『チピーー! チピチピ!』


 すでに星を使役しているエステル。ルリーテも弓ではなく、小太刀を抜き放っている状態だ。

 エステルの提案に視線を合わせると、一歩、また一歩と砂を踏みしめる。

 その間もチピの声は止むことはない。


 そこへチピ自身がしびれを切らしたのか、小さな羽を羽ばたかせ舞い上がる。


「ダイフク! そっちは砂地しか――えっ! 違う!? 戦闘準備!!」


 チピの滑空した先は砂地……だけではない。

 巧妙に砂地に擬態していた魔獣の輪郭が浮かび上がる。


 さらにチピが何かを伝えようと鳴き声をあげるが、すでに戦闘のスイッチを入れた彼女たちに届くことはなく、


「漠然と見ているだけでは気が付きませんでした……ですが、姿が見えたならば――ッ!! 〈刃の下位風魔術ラミナス・カルス〉!!」


 先手必勝。

 ルリーテが砂塵を巻き上げ、輪郭の浮かび上がり始めた魔獣へと疾走する。

 相手も気取られたことを察知したのか、荒々しく尻尾を叩き付け応戦の構えを見せる。


「やっぱりあの形――老蠍虫エルダースコルピオだよ! ルリ! 右手側から回って! エディは一速度テンポ落として左から!」


「了解ですっ! チピ行くよ!! ……――〈再生の緋炎よ 祝福と成れ〉」


 エステルの指示に迅速に反応し、右手に大きく跳ねるルリーテ。

 さらに不死鳥チピを降霊したエディットが続く。


「尻尾ももちろんだけど、鋏にも注意を払って! そうとう硬いって――ぐぎっ!!」


 後方に控えていたエステルから想定外の声が漏れる。

 異変を感じた二種ふたりが振り向いた時、巨大な鉤状こうじょうの針がエステルの左足のふくらはぎへ突き刺さっていた。


「ぬぐぅっ――これくらいッ!!」


 徽杖バトンで針をはたきながら逃れるも、鉤のように曲がった針に引っかかり肉が抉れる感触を感じ取る。


 砂地から尻尾だけが姿を曝け出す中、さらに伸縮する尻尾がエステルへ襲い掛かろうとした時。


「先手を打たれたくらいでッ! ――〈引月ルナベル〉!!」


 エステルの詩に尻尾が背後へ引き寄せられるも、引力に抗う力もそうとうなものだ。

 力の均衡により尻尾が動きを止めた時を少女は逃さなかった。


「〈爪の下位炎魔術ウィグス・ファルス〉――ッ!!」


 エディットの突き出した右手に炎が収束を見せる。

 うねる緋炎が成した湾曲した爪。

 それは鳥類が持つ鉤爪の形を創り出し、


「拮抗した力が仇となりましたねっ! ……――もらいますッ!!」


 炎の揺らめきを鋭さに変え、エディットが腕を横一線に薙ぐ――


 見事に節を狙ったエディットの目論見通り。

 焼け焦げた匂いを発すると共に、毒針を持つ先端が弾け飛んでいった。


 瞬時に尻尾を地中に引いたことを確認したエディットは、傍らで足を引きずるエステルへ肩を貸し、一足飛びで距離を取る。


「ありがとうエディ。油断していたわけじゃないけど……」


「いえっ! 地中の存在に気が付いてませんでした! チピが降霊後も鳴いてばかりだったので、すぐにフォローできましたが……あたしこそ迂闊でした……!」


 エディットが腰にぶら下げた布袋に手を突っ込む。


「この薬草に解毒は期待しないでください。肉体魔力アトラの流れで――」


「うんっ! セキに言われたことは覚えてる! ルリ! 深追いは注意して!」


 エディットの差し出した薬草の苦みに眉を寄せるエステル。

 そこへ尻尾を失った老蠍虫エルダースコルピオが、キシキシと節を軋ませながら砂中よりその姿を現した。


 南大陸バルバトス初戦闘。

 予期せぬ形で火蓋が切られたにも関わらず、少女たちの表情に陰りは見えなかった。

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