第272話 グレッグの場合 前編

「グレイなら構わないけど……今日くらいのんびりすれば……」


「いや……むしろこの村の環境に身を置ける今を無駄にしたくねえってのが、オレの気持ちだ……!」


 コト村の案内を終えた後、セキとグレッグは対峙していた。

 エディットはフガクと特訓に勤しんでおり、ルリーテとトキネは火花を散らしている状況だ。

 そしてエステルをマハの家で静養させている今、まさにグレッグにとって願ってもないタイミングとなっていたのだ。

 双盾を持ち、重鎧を着こむグレッグはまさにこれからクエストに行くと言っても過言ではないほどに準備を整えている。


「先頭に立つべきオレが今のままじゃな……あのはぐれ星団の団長と向かい合った時なんざ体が動かなかった……ルリに引っ張られなけりゃ、ここに穴が空いてただろうしな……」


 グレッグは自身の眉間を指差しながら歯を軋ませる。


「あ~……団長あいつは強かったからそこまで気にしなくてもいいと思うけど……名前ぐらい聞いといてもよかったかもしれないくらいには、強者のたぐいだったからねぇ……」


(――ってよりも、グレイ以外が威圧に負けなかったのはアドニスの威圧を受けたことがあるからだろうし……というかそのおかげで助かったのか……)


 思い出すだけでも反吐が出る、と言いたげに表情を歪ませるセキだが、性格と実力を切り放した上で評価をしていた。


 そして思いがけず、精選時にエステルたちがセキの力になろうとアドニスに挑もうとしたことが、結果的にエステルたち自身の命を救う結果を導いていたことに、思わず頬を緩ませた。



「うむ。いい心掛けだの」


 カグツチはのろのろとセキの体を伝って地に下りていく。

 当初は戦う二種ふたりへの配慮かと思い、離れる姿を見守っていたが止まる気配がなく、やがて姿を消していった。


 カグツチは見るまでもない――というよりも、この特訓はどう考えても暇を持て余す、という言葉にしない想いを宿していることが、二種ふたりにしっかりと伝わる行動である。


「あんのやろぉ……まぁいいや……んと、一個聞きたいんだけど……」


「ああ。遠慮せずに聞いてくれ」


 セキがきょろきょろと辺りを見回している。


「グレッグの盾とか防具は買ったやつ?」


「ん? ああ――そうだな。つっても南大陸バルバトスに来た頃に買ったもんだ。だからこれからを見据えて買い替えるコバルもちったぁ貯めてる……が――だからこそ今回の話に飛びつかせてもらったってところ……だな!」


 こくこくと頷いているが、グレッグは自身の回答がセキの望む答えとなっているか判断に困っていた。

 そんな中、セキは砂地に手を伸ばし一本の細い枯れ木を拾っている。


「ん……? 特訓に使う……のか? 絶妙な魔力加減を覚えてるとか……か?」


 枯れ木で風を切っているセキへ質問を投げるが、そんな丁寧な順序を男相手にセキが踏むわけはないのだ。


「んや。おれはで戦うってこと。グレイの目標は『枯れ木これ』を折ることにしよう」


「ははっ! 言ってくれるねぇ……と叫びてえとこだが、これが今のオレとお前の差か……! 望むところだ――ッ!」


 グレッグが取り出した半仮面をつける。

 それはまるで意識を戦闘へ切り替える儀式のようにも見えた。


「お前の攻撃の一つでも受けられねーなら前に立つ意味がねーからな……ッ!! 〈振砕の下位風魔術ヴァイオラ・カルス〉ッ!!」


 両の盾を合わせ翠色の魔力と共に地に突き立てるグレッグの最強の防御だ。

 意識と力、そして魔力の全てを己が握る盾に集中させる。


「これがオレのさいき――ごあ――ッ!!」


 ――と同時に突き立てたはずの盾は、中心から破裂するに留まらずその衝撃はグレッグの重鎧を粉々に打ち砕いていた。


「真向から受け止めるにはちょっとまだ早かったかもね~」


 グレッグが背後に飛ばされ意識を失う直前に見た景色。

 それはセキがあの枯れ木を振り抜いていた姿だった。


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