第273話 グレッグの場合 後編

「自信を無くすとかそういう次元じゃねえぜ……むしろこれ以上ないってほどのどん底――だからこそ、後はよじ登るだけだな……!」


 セキの一撃で意識を飛ばしていたグレッグだが、起きると同時の力説を披露していた。


「今のは『斬る』ってよりも、魔力を平たく叩きつけるって感じで撃ち抜いたんだけど、思った通り装備がぶっ飛んだね~」


 グレッグの盾と重鎧は等しく粉々に砕け散っていた。

 そこでグレッグは先ほどのセキの質問の意図をようやく理解した。


「だからさっきの質問か……?」


「そうそう。思い出の装備とかだったら砕くのはまずいかなって」


 セキはひとに戦闘を教える場合……ではなく、男に教える場合、最初に明確な力量差を叩きつけることが多い。

 それは単純に教える立場の自分の立つ位置を相手に示すためだ。

 力量差を誇りたいわけではなく、そうすれば相手が目指す位置がボヤけることなく、はっきりと見据えた上で突き進むことができるだろう、と言う考えの元での行動である。


「削られることはあってもまさか砕かれるとはな……」


「んとね……グレッグに限った話じゃないけど、詩で武器とか防具に魔力を纏う前に自然な状態で魔力を通せるようになるといいかも?」


 グレッグの記憶が刺激される。

 セキ自身が過去に言った言葉ではないという確信の元、絡まった記憶いとを解いた先にあったのは、ルリーテの言葉だ。

 それと同時にルリーテが小太刀で蟷螂の首を跳ね飛ばした出来事が思い出される。


「そう……か……言われてみりゃその通りだ……セキは詩じゃなくて自然体で魔力を通して今までやってきたんだよな……!」


「そうそう。おれの場合、触れてるモノにしか魔力は通せないけど。使い込んだ武器とか防具が強いのは通せば通すほどってことだね」


 と、告げながらセキは抱えていた大量の『盾』をグレッグに放り投げる。


「こ……これは! もしかして好きな盾を選べってことか!? いや~なんかわりいなぁ……」


「んや、違う違う。それ使ってさっきみたいに練習。簡単にできるようにならないと思うからぼこぼこ壊れるだろうし……」


 セキが放り投げた盾はグレッグが気を失っている間に、鍛冶屋ヨハネスの店から持ってきた盾だ。

 もちろんヨハネスは代金をせびろうと試みたが、今まで渡していたをセキが知った旨を伝え、獣の如き視線を向けるとその場に崩れ落ちた、という経緯も込みである。


 現在、ヨハネスの息子カリオス、そして孫のニコラが別の村へ出張しているため後回しとしているが、セキはしっかりと後に仲間の武器、防具を造りに来る旨も通達済となっていた。


「お……おぉ……」


 グレッグの返事はすでにか細いものとなっているが、セキが気にすることはない。


「造ってもらった防具で~も考えたんだけど、先に慣れてからのほうがいいかな~って感じかな……専用で造ってもらっていきなり破壊するのも忍びないし……」


 グレッグの耳には、手加減はするけど遠慮はしない、という声無き声が届いている。

 だが、セキもグレッグならばやり遂げてくれる、という信頼があるからこそ、このような形で特訓に付き合っているのだ。


「自然体で通す場合、『肉体魔力アトラ』が中心になるから、その扱いならおれも得意だからね」


「よぉぉぉしっ! へこんでる暇はねえな! この際とことん付き合ってもらうぜ!」


 気を入れ直したグレッグの叫びが砂漠の空へ響き渡る。

 そして、在庫の盾を全て破壊されたヨハネスの叫びが響き渡るのは、この数日後の出来事である。

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