第6話 疑惑の休養日

 ルリーテは小走りで町の東へと向かい始める。

 エステルの早朝特訓同様に、ルリーテの場合は夜中に魔術の修練に励んでいる。

 なぜ夜なのか――それはとても簡単な話で、エステルの家にいた時はステアがいたからだ。

 ステアの朝食の支度をルリーテ自身が手伝うことを決めていたため、自身の修練の時間はおのずと夕食も終えた後の時間となっていた。

 修練じたいもふたりで一緒にやるということも考えたが、意見の交換や連携の話はもちろんのこと、連携コンビネーションの練習も疎かにしているわけではない。

 それとは別に個の力量を上げる時間は必要だ、そうルリーテは考えていた。


 村の東にでると、彼女よりも大きな岩が密集している岩石地域へ足を運ぶ。

 港町アルトからオカリナに向かう道中で見かけた場所である。

 道から外れて闇夜に進むように岩から岩へと飛び移り、岩や草木が程よく取り囲む集中するにはもってこいの位置に着地する。


「ふぅ……」


 息が上がっていたわけではないがルリーテは気持ちを切り替えるべく、瞳を閉じ、大きく息を吸うと……ゆっくり吐き出していく。

 次に手頃な大きさの岩に向け、弓ではなく、右の手の平を突き出す。


「――〈中位風魔術カルライザ〉!!」


 目を見開くと同時にルリーテが詩を詠む。

 だが、その詩は夜光石の光に吸い込まれていったかのように夜空に響き渡るだけであった。

 ルリーテは背負っていた弓を左手に持ち、再度深呼吸を行う。


「…………〈弓の中位風魔術アルクス・カルライザ〉――」


 その詩もまた夜の暗闇へ溶けて行く。

 弓を握る手に知らず知らずのうちに力が入る。


わたしだって……精選までに中位魔術を……」


 魔術の修練は知識も去ることながら反復特訓の繰り返しである。

 魔術を行使する際、術者は自身の身体を巡る魔力の道、いわゆる『魔道管』の存在を意識する。

 何度も何度も積み重ね魔道を通る魔力を身体に馴染ませていくことで、術者はより上位のうたを扱うことが可能となっていくのだ。

 そして何より詩を強化することは象徴詩しょうちょうしを強化することにも繋がる。

 ルリーテが生まれつき与えられた象徴詩『アルクス』。

 術者の魔術を武器に付与、または武器の形として扱うことが可能となる魔術であり、ただ放出するだけの『下位風魔術カルス』とは違い、明確な目的を持った形に成形されるためその威力も数段向上するという使い勝手のよい魔術である。


 ルリーテは岩に駆け上ると不安定な岩場を飛び回りながら詩を詠み続ける――


「〈下位風魔術カルス〉! ……〈下位風魔術カルス〉!!」


 反復特訓時ルリーテは不安定な足場でも狙った的を撃ち抜けるよう様々な状況を考えて修練している。

 今日の不安定な岩場で飛び移りながらの魔術の発動もその一環である。


「〈弓の下位風魔術アルクス・カルス〉!!!」


 弓に淡い光が宿ると同時にルリーテは空中で矢を構え。

 魔術で削っていた岩目掛けて指を放す。

 矢の命中した部分を中心に岩の表面を風の刃が円を描くように削り取る――


(いくら『アルクス』で強化してても、下位魔術じゃこれが精一杯……もっと上位の術を扱えるようにならなきゃ……)


 唇を噛みしめながらルリーテは自身の手の甲を静かに見下ろす。


「ううん……今できることに集中しなきゃ……エステル様だって……『プラネ』を発動させるためにずっと頑張ってきたんだから……わたしだって……!」


 ルリーテは顔を横に振りながら気持ちを引き締める。

 夜光石の淡い光に見守られながら、ルリーテの詩が無機質な岩石地帯に響き渡っていた――


◇◆

 中央大陸ミンドール初のクエスト成功を体験したふたりは、調子を上げるべく日々クエストに挑戦していた。

 今までと異なり一星となったエステルの援護によって飛躍的に戦術の幅が広がり、初日に苦戦した巨蛙ジャイアントフロッグもなんなく捌けるほどになり精選へ向けふたりはたしかな手応えを感じていた。

 エステルの日課である朝の特訓にも力が入り、いつも同じタイミングで採取に来るエディットともすっかり打ち解け、そこで情報交換も兼ねたお喋りをする日々が続いていた。

 そして――


昇級ランクアップクエストを受けてみようっ!」


 朝食を食べ終え、食器を洗っているルリーテの背後からエステルの唐突な提案が飛び出す。

 ちなみにエステルは今日も食器を洗おうとしていたが、ルリーテにきっぱりと断られ、食後のテーブルを拭くという役割に回されている。


「唐突ですね……でも……エステル様も一星になられましたし……一度挑戦しておくのは良いかもしれませんね」

「やるからには絶対成功させる気持ちでやらないと! 一度挑戦なんて弱気じゃダメだよっ」


 木円卓テーブルをごしごしと拭きながらエステルは意気込みを語る。

 すでに気持ちはクエストに向いてしまっているのか木円卓テーブルの一部分だけがぴかぴかと輝きを放っているものの、そのまま鏡面部分をさらに磨きあげている。

 言われてルリーテも、弱気ではできるものもできなくなってしまう、と自分を戒め背後を振り向く。


「それもそうでした……! やるからには絶対成功させましょう!」


 皿を胸の前で器用に拭きながら熱意を帯びた瞳でエステルを見つめた。


 昇級ランクアップクエストとは、探求士ギルドの定めたクエストをクリアすることで、受注者が一定の水準になっていることを確認し、次のステップへとあがることができるクエストを指す。

 現在、ふたりは最下層の『種子ペルマランクの探求士だが、この昇級ランクアップクエストを成功させることができれば晴れて『発芽ジェルミランクの探求士になることができるのだ。

 クエストの内容は常に一緒というわけではなく、受ける紹介所回りの魔獣の状態を加味して決められている。

 クエストを決める上でギルド側も内容に偏りが出ないよう吟味しているが、どうしてもクエストの相性というものが出てきてしまうのも、しょうがないことなのだ。

 目安とされるランクとして南大陸バルバトスに進出する探求士は、『発芽ジェルミ』のさらに一つ上のランクである『子葉カタリィランクが中心となっており『発芽ジェルミランクでも少し物足りない、と言ったところとなっている。


 目的を決めたふたりは片付けを終えると早速宿を後にする――向かう先はもちろん紹介所である。

 その道すがら、見慣れた少女が道具屋から出てくる姿をエステルが視界の端に捉える。


「あっ……エディットさんっ」


 その声に気が付き向けた顔は相変わらず日光石の輝きにも負けない眩しい笑顔だ。


「エステルさんっ! おはようございます! えーっと……」


 エステルの隣にいるルリーテに気がついたエディットは、少し困った様子を見せている。

 以前に紹介所で話していた際は、一方的に視認していただけのためルリーテはエディットを認識しているが、エディットはルリーテを認識していなかった。

 それに気が付いたルリーテは一歩前に出ると。


「エディット様ですね。東大陸ヒュートからエステル様と一緒に冒険を続けてきた『ルリーテ』と申します。エステル様からお話はいつも聞かせて頂いていたのですが、こうしてお会いするのは初めてですね。今後とも、よろしくお願いします」

「えっ……あっこっ……こちらこそっ! ルリーテさんですね! よ、よろしくお願いします! こっちは『チピ』といいます!」

『チピピッ!!』

 

 胸に手の平を当て、小腰をかがめながら挨拶するルリーテの姿があまりに様になっているため、エディットは慌てて返事をしながら、両手を揃えて深々とお辞儀をする。

 お辞儀をした後頭部ではルリーテを見つめていた小鳥チピがエステルにそうしていたように、片翼を上げて元気よく反応している。

 ルリーテの礼儀正しさ、それはお世話になっているエステルの家に恥をかかすことがないよう、スピカ村で名家に勤めていた過去を持つ老練な執事に教えを乞うた結果であった。


「はい、チピ様もよろしくおねがいしますね」

 

 ルリーテが小首を傾げながら口元に優しく弧を描き返事をすると、嬉しさを全身で表すかのようにエディットの頭上で軽く羽ばたいては下りる仕草を繰り返している。

 見ている側としては微笑ましいが、着地時に爪が刺さるんじゃ、とエステルはぼんやり考えていた。


「あは。ルリはしっかり者でいつもわたしのお世話をしてくれてる頼りになる魔術士なの……ん、あれ? 弓術士かな……?」


 自分の持てる精一杯の礼儀正しさを示そうとしているエディットへ補足するように声をかける。

 だが、説明が怪しい。


「ど……どちらかというと魔術士寄りですね……たぶん……」


 ルリーテ自身の説明も怪しい。先ほどの堂に入った挨拶が台無しである。


「魔術士さんですか~っ! あたしは癒術士志望なので同じ魔術主体ですね!」


 怪しい説明を意に介さず、花のような笑顔でふたりを見ている。

 たしかにこの子の治癒術は効きそうだ、エステルとルリーテは顔を見合わせながら同じことを考えていた。


「はい……お互い頑張っていきましょうっ! ところでエディット様はクエストの準備だったのですか……? 今道具屋から出てきたようですが……出発前でしたらお時間を取らせてしまったかと――」

 

 ルリーテは憂わしげな表情を覗かせながらエディットへ問いかける。

 

「あっ! えっと、今日はいきなり休養日になっちゃったので、消耗品とかを買い増ししてるだけなので大丈夫です!」

『チピ~!』

「いきなり? 何かあったんですか……?」


 エディットの返事に目を丸くしたエステルは、いささか神妙な顔つきで休養日になった理由を尋ねる。


「あ、そういうことではなくて、リーダーのワッツさんが武器を鍛冶屋で見てもらいたいって言ってたので、武器の調子がよくないのかもしれません」

「そういうことですか。武器に不安がある状態じゃクエストは危ないですからね」

「はいっ! でも、なんだか最近はクエストじたいもいつもより上の空だった感じなので……疲労も溜まってきているのかも、と思って武器を見てもらうとかのついでに休養日にしましょう! ということです!」

「なるほど……たしかにクエストの日々は知らない間に疲労を溜め込んでしまうものですからね。エディット様もゆっくり体を休めるようにしてくださいね」


 精選が近くなるこの時期は体を休めたいという思いがあっても、不安に駆られいつもよりクエストを受注してしまったり、その受注したクエストでも必要以上に力を割いてしまう傾向が多々見られる。

 心身共に万全の状態で精選を迎えるためには、今までの自分の積み重ねを信じ体を休めることも重要なのだ。

 頭では知っていても、実体験が伴わない少女たちはこの出来事をそのように解釈していた。


「はい! 今日は薬を作りながらゆっくりしようと思っていますっ! あ、でもおふたりはこれからクエストなんですよね? こちらこそお時間を取らせてしまったようですいませんっ!」

「いえ、こっちもそんなに急ぐものではないので気にしないでください!」

「はい、エステル様の言う通りですのでお気になさらず」


 エステルとルリーテはエディットに手を振りながら改めて紹介所へと足を向ける。

 紹介所に入るまでエディットはふたりのクエストを応援するかのように見守っていた。

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