第7話 昇級クエストその1

 紹介所に着いたふたりは、受注に頭を悩ませる探求士たちで賑わう部屋を通り抜け、対面式に配置されている受付カウンターへと足を運んだ。

 この受付は発注書が貼られるようなクエストとは異なる特別クエストの受付となっている。


「すいません~……あの、昇級ランクアップクエストを受けたいのですけど……」


 受付に両手を付き、身を軽く乗り出しながら奥にいる適受種ヒューマンの女性に声をかける。

 奥で発注書の樹皮紙と格闘していた女性はその声に気が付くと小走りに、エステルたちの待つ受付に駆け寄ってくる。

 対面に来た女性は、ほがらかな笑顔をふたりに見せながら用件を尋ねる。


「お待たせいたしました……本日は昇級ランクアップクエストの受注ですね……?」


 受付カウンター下の棚から分厚い書類の束を取り出すと、手慣れた手つきでぱらぱらとめくり昇級ランクアップクエストのページを開けるとふたりに見えるように見開き、束の天を持ちカウンターに配置する。


「おふたりの現在のランクをお聞きしてもよろしいでしょうか……?」

「ふたりとも種子ペルマ級です」


 ページを開いたまま、穏やかな口調で問いかける女性。

 自身とルリーテのランクを告げると、女性の指先が見開いたページをなぞっていく――


「そうしますと……ここオカリナ村では、こちらの『巨蟻ジャイアントアントの卵の収集』になっていますね、いかがでしょうか?」


 巨蟻ジャイアントアントは住みやすい環境に巣穴を作りそこで増殖する。

 体長は一MRマテルほどで村の住民はおろか、時には探求士も捕食対象として襲いかかるほど獰猛な魔獣であるが、単体で見た危険度としては巨植ジャイアントプラントのほうが上である。

 巣の中に一匹だけ『女王』と呼ばれる個体が存在し、卵を産むのはその女王だけとされている。

 したがって卵を手に入れるには巣の中に入る必要があり、種子ペルマ級探求士にはかなり危険なクエストである。


「やっぱり巣穴に行かないと達成できないような難易度の高いものですね……」


 指し示されたクエスト内容を目で追いながら、緊張から乾き始めた喉を誤魔化すように唾を飲み込む。

 今までエステルとルリーテが受注してきたクエストは、開けた地上で達成できるクエストが中心となっている。

 魔獣と対峙する以上、安全と言えるクエストはないことはたしかだが、逃げ場が多方に存在する地上と逃げ場が限られる巣穴では言うまでもなく後者のほうが難易度が高い。


「こちらの巣穴ですが、本格的に生息数が増え、巣穴も拡大してきているため、近々報酬を上げ討伐クエストも発注されるかもしれない状態ですね……幸い村からかなり遠い南の丘付近のため被害は出ていませんが……」


 そして昇級ランクアップクエストと言っても、ギルド側がいつまでもそのままにしておくわけもない。

 そもそも討伐を初めとするクエストは、住民の安全を守るために存在しており、その見返りとして報酬が発生する仕組みとなっている。

 昇級ランクアップクエスト用だからと放置し住民を危険に晒しては本末転倒である。


 エステルは真剣にクエストの説明に目を落としていたが女性の言葉も聞いた上で、唇に力を入れながら顔を上げる。

 その表情は、すでに決意を固めたことが一目で分かる凛とした表情であった。


「受けます……! ルリ頑張ってみよう……女王退治は今のわたしたちじゃ高望みすぎるけど……卵を持ってくるくらいできなきゃ……!」


 エステルは受付カウンターの上に置いた手を握りしめながら女性の瞳を見つめ、はっきりとした口調で受注の旨を伝える。

 そして隣にいるルリーテの顔を覗くと、分かっていました、と言わんばかりにルイーテは瞳を閉じながら軽く頷いた。


「ありがとうございます。退治できずとも卵を持ちだすことで、巨蟻ジャイアントアントたちのコロニーに混乱を与え、巣穴の拡大を食い止めることができますので……それではこちら承りました。どうぞお気をつけください」

「――はい、ありがとうございます!」

「ご説明ありがとうございました……少しでも食い止められるように頑張ります!」


 受注の言葉を受け、ふたりはお礼の言葉と共に受付に背を向ける。

 ――魔獣の巣窟である巣穴をどう攻略するか、考え始めているルリーテ。

 ――自身の成長と共にどれだけのことができるのか、期待と不安が入り混じるエステル。

 紹介所を出るとおもむろに広場へと足を運び木長椅子ベンチに腰を掛け、ルリーテが衣嚢ポケットに折りたたんで入れていたオカリナ村付近の地図を取り出す。


「まずは場所の確認ですね……ここから南の丘ですと……半日ちょっと……というところでしょうか。巣穴への侵入は明るいタイミングで入りたいので今日は移動。侵入は明日にしたほうが良いかと思います……」


 膝に広げた地図に目を落としながら相づちを打つエステル。

 巣穴がどれくらいの物かはわからないが夜光石の明かりに変わる時間帯からの侵入は避けておくべきだ、と感じているエステル。

 光星は日光石と夜光石という鉱石が集合した空に浮かぶ星である。

 日光石の明かりは眩く地上を照らすが、夜光石の明かりは優しくほのかに照らす明かりである。それゆえに幻想的な夜を演出してくれるわけではあるが、索敵するには適していない。

 もう一つの可能性としては、日中のほうが巨蟻ジャイアントアントたちも巣穴から外へ出てエサを探しにいくため、巣穴に残っている巨蟻ジャイアントアントの数も減っているだろう、ということもルリーテは考えていた。


「うん! 勢いでなんとかなるとは思えないからね……巣穴への侵入は日光石の光が差して巣穴の入口の様子を見ながら考えよう」

「はい、それでは今日は巣穴を確認しつつ、少し離れた場所で野宿をするようにしましょう。ちょっと食料は買っていったほうがよさそうですね」


 比較的近場のクエストが多かったふたりはクエスト絡みでの野宿の経験はない。

 安心できる部屋ではなく回りが闇に覆われた中でどれだけ体を休めることができるかも不安要素の一つとなっていた。

 せめて食料は狩りではなく事前に購入しておき、負担を減らそうとしているルリーテの提案はエステルも同意できるものであった。


「うん、それと野宿する時に、体にかける布とかも持っていったほうがいいかな?」

「あ、それなら旅立ちの時に持ってきたものが、わたしに入れっぱなしなのでそれで大丈夫かと……?」

 

 ルリーテが言葉を発しながら自身の腰に付けている袋を手で叩いてみせる。

 

「あっ……そっかそっかたしかに入れたね。……やっぱり助かるなぁ……そしたらあとは食料を買って出発だね! 外でも食べやすいパンとかがいいかな? 片手で食べられるし。固形携帯食レーションはもう少し級が上がらないと配布してもらえなさそうだし、買うとちょっと値が張るしね……」

「はい、そうしましょう。ゆっくり食べられるに越したことはありませんが……どういう状況になるかわからないですので……」


 経験から判断することができないふたりなりに考慮した食事を決めると、木長椅子ベンチから腰をあげ、広場の食料品店へと歩きだした――

 売場までの通りは紹介所へ向かう探求士、すでにクエストを受注した探求士の往来に加え、武器屋や魔具屋もこの混雑する時間帯を狙って店を開けるため賑やかな声が飛び交っている。

 道端での伝説の武器やら希少な魔獣素材があると客を呼び込む露店もこの賑やかさの色合いに一役買っている。

 エステルとルリーテも油断すると流れに飲まれ望んでもいないお店に入店してしまうことになるため、目的地である食料品店までこの流れを必死でかき分けて突き進みやっとの思いで目的のお店へたどり着くこととなった。

 万全を期すため今日の昼食分から明日の昼食分までを想定して食料を買い込み、改めて南の丘を目指し食料品店を後にする――


「――ふぅ……よかった、なんとか入りました……」

「ルリのおかげでかなり荷物のやりくりが楽になってるよ……ルリがいなかったらわたしどれくらいの荷物を背負って旅することになっていたのか……」


 先ほどの食料をルリーテが荷物入れに収納する姿を見て、エステルは少し遠い目をしていた――


 さすがにあの混雑の中を村の南まで歩くのは困難と判断し、ふたりは混雑する広場の通りから一本逸れた横道を南に向かっている。

 その途中で通り過ぎようとした細道の奥に見覚えのある顔が視界をかすめる。

 今朝、挨拶を交わしたエディットのパーティメンバーである。

 視界の端で捉える程度だったので一瞬だったが受精種エルフの女性を連れているように見えた。

 しかし、換金所で見かけた際ひとりは適受種ヒューマンの男、もうひとりはたしかに受精種エルフの女性だったが、その女性ではない。


(もしかして……付き合っている方でしょうか……一瞬だったから雰囲気も何もわからなかったけど)


 と年相応の少女らしい思考がルリーテの頭を巡っていた。


「ルリ……? どうかしたの?」


 少し顔に出てしまっていたようで、エステルに声を掛けられる。


「あ、いえ……エディット様のパーティの方が見えたので……」


 女性の方と一緒でした、とわざわざ言うのもいやらしい、という考えがよぎったためルリーテは特に連れの受精種エルフについては特に口にすることはなかった――

 ふたりが横道を抜けるとちょうど村の南門が見える。

 うまく混雑を回避できたふたりは期待と不安が入り混じる気持ちを抱えながら、村の南門を後にした――


◇◆

走行獣レッグホーン借りればよかったかな……」

「も、もう少しクエストをこなせばそれくらいの資金は作れたかもしれませんね……」


 オカリナ村から巣穴を目指し、ふたりはひたすらに徒歩で南下していた。

 村や町等に続く道のように舗装されているわけではないが丈の短い草が生える草原のため、足を取られるということもなく見通しは良い。

 時折、草木が密集するような場所をかき分けて進むこともあったが今までのクエストの索敵で経験済だ。

 元々家にこもるよりも走り回るほうが性に合っているふたりのため、体力は年相応の女の子以上のふたりだが、見慣れていない道を常に警戒しながら歩くという行為は想像以上に体力的なものではなく、精神的な疲労を蓄積させていた。


「焦る気持ちもありますが……期限が切られているわけでもありません。少し小休止しませんか?」


 クエスト対象の巣穴を自身の目で確認しておきたい、という焦燥感に駆られながらもルリーテはエステルに休息を提案する。

 エステル自身も口にするか迷っていたことが分かるようにルリーテの提案に素直に同意しふたりは大樹の木陰の岩で小休止を取ることにした。

 エステルは岩の上で膝を抱え、


「なんかごめん……わたしから休息を提案するべきだった……」


 その言葉にエステルもルリーテ同様に、クエストの現物確認を優先するべきか否かの葛藤を抱えていたことを理解する。

 ふたりだけのパーティとはいえ、このような場面での判断はパーティリーダーであるエステルが常に心を向けておかなければいけない問題である。

 その判断の積み重ねがクエストの明暗を分けるものだということはエステルも自覚していた。


「いえ、そんな……常にひとりで最善の判断を下すのは難しいものです。それにエステル様はこのような時、変に意地を張らずに素直に受け入れご自身の糧としてきていることを知っていますので」


 ルリーテは眩さを失ってきた光星の光を見るかのように空を仰いだ。

 東大陸ヒュートのクエストでも判断を誤ってしまった、もしくは誤りそうになったタイミングは数多くあった。

 誤ってしまった場合は謝罪と反省を。誤りそうになった時に助言をもらえたなら、素直にお礼と計画修正をし、そんな積み重ねをしてきたことはルリーテが一番間近で見ており理解している。

 探求士を続ける以上、たしかに判断を誤れば命に関わるような出来事もいつか出合うこととなる。

 だが、エステルはそのいつかを見据えて自分の道を着実に太く明確な道として切り開いていた。


「うぅ……ありがとう……なんだかね……気持ちが焦っちゃって……」


 膝を抱える手に力が入り少し俯くように頭が下がる。


「いつもは受注して、やるぞ! って思ってるうちにすぐに始まってたけど、こういう遠くのクエストは気持ちの持ち方も考えないといけないね……ずっとやるぞ、やるぞって気持ちが続くわけもなかったよぉ……」

「ふふっ……はい、たしかにその通りでした。受注してそのまま高い気持ちを維持するのではなく、一度その気持ちに蓋をして、置いておかなければいけませんでしたね……」


 ルリーテは俯きながら落ち込み気味のエステルを微笑みながら視線を送る。

 ルリーテの言葉にエステルも顔を上げ。


「その通りだね……! やる気を落とすんじゃなくて蓋をして取っておく……次からは気を付けよう……!」

「はい、わたしも気を付けるようにしますね……それと時間的にもちょうど良いのでこちらを――」


 ルリーテは腰の荷物入れから、出発前に購入していたパンを取り出す。

 まだ、ほんのりと温かさを残しており焼き立ての香ばしい匂いさえ漂ってくる。

 差し出されたパンを受け取りながらルリーテの言葉がよほどしっくりきたのか、蓋をするぞ、と鼻息を荒くするエステルを見るルリーテは自然と口元が弧を描いている。

――光星の明かりが落ち着く頃、ふたりは軽めの小休止を終えると気持ちを新たに巣穴を目指し南下を再開した。

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