第5話 章術士様

「この頭の蕾を持っていけばいいのかな……」

「葉の部分ですと魔力凝縮の際に無くなってしまいますからね……それでいいかと……?」


 ふたりは巨植ジャイアントプラントの討伐証明として顔に該当する箇所であるつぼみを集めていた。

 倒した直後に集めていく場合もあるが、今回は範囲が広いわけではなかったため、討伐を優先させていたためである。

 魔獣は死ぬと魔力凝縮が始まり特定の部位だけがその場に残る。

 その特定の部位というのが、その魔獣の象徴ともいえる箇所ということになる。中央大陸ミンドールの魔獣ではその残った部位というのもいずれは消滅してしまうが、南大陸バルバトスに生息する強力な魔獣であればその部位を加工して利用することも可能となっている。

 ふたりの蕾を集め歩く足取りは軽く、さらに言えば一星いっせいとして力を付けたエステルより、ルリーテのほうがうれしさが滲みでていることが足取りでよく伝わってくる。


わたしもエステル様の術の効果を覚えておかないといけませんねっ! これから星の力で色んな戦い方ができるのですからっ……!」


 エステルが地道に励んできた修練の成果が無駄ではなかったと証明されたことにルリーテは興奮を抑えきれない。

 頑張れば結果はついてくる――とても響きの良い言葉である。だが、それはただ結果が出るまで努力できればこその響きであり、その結果が『いつ』ついてくるのかなど誰にもわかりはしないし、誰も責任を持ってはくれない。

 魔術学校の同期たちが次々に前へ進む中、自身の実力に葛藤する日々、心ない言葉で決意に傷付けられる日常、それをエステルは跳ねのけて今、証明してくれたことが何よりうれしくて仕方がないのだ。


「うん! たしかにわたしもさっきは突発的な指示になっちゃったから……帰ったら説明するね」

「はい! よろしくお願いしますっ!」


 実感が湧いていない、というのがエステルの本音だ。

 今まで何度詠んでも発動することがなかった一星の徽章術。それを自身が『今』発動させることができた――

 十年に近い歳月を費やした結果を受け止め、整理するにはまだ時間が必要なのである。

 ふわふわと気持ちは浮ついているものの、隣でうきうきと心を弾ませるルリーテが居てくれることで実感は薄くとも心は満たされていることはたしかだが。


「十三匹目……これで全部だね」

「はい! 早速報告しに行きましょう……!」


 エステルは蕾を集め終えると自然と空を見上げていた。危ない場面もたしかにあったが、今となってはそれも心地よい疲労感に変わっている。

 空を仰ぎながらエステルの心に芽生えた思い。

 少しだけ、ほんの少しだけあの日の少年に近づけた気がする――と。

 祝福してくれるかのように日光石の日差しが普段よりも眩しく輝き、草原をのびのびと泳ぐ風の音色が昨日より心地よく響いている――

 そう感じてしまうのは、実感が薄くとも自身の心にたしかな自信が芽生えたからだ、そう心に刻む。

 ふたりは行きの足取りの重さとは打って変わった軽い足取りで走り出していた――


◇◆

「すいません~! 巨植ジャイアントプラントのクエスト報告です!」

 

 受注印付きの樹皮紙を手に取り報告所の受付カウンターに出向いたエステル。

 受付で対応する店員も報告を聞かずともその声色トーンだけで成功したことがわかっている様子だ。中央大陸ミンドールでのクエスト難易度としては最底辺だとしても、初々しい少女ふたりが喜び勇んで報告に来てくれるなら受付としても心が弾まないわけはない。

 

「はいよ~! ご苦労様! えーっと……十匹で百コバル……十三匹も狩ってきてるのはありがたいね~ほんとは十匹単位の換金だけどおまけしとくよ~」


 そういうと報告所の受付は樹皮紙に成功印を押すとその横に石筆で何かを走り書きし、その樹皮紙を差し出す。

 

「あ……ありがとうございます……!」

「はいよ! また頼むよ~」 


 クエスト紹介所は『受注所』、『報告所』、『換金所』、『酒場』で構成されていることが多い。

 『受注所』は壁一面にクエストが記載された発注書が張り付けてあり、その中から選んだクエストを隣接された受付に持っていきクエストを受注することになる。受注が承認されたクエストは受注印を押された状態で再度、受注所の壁に貼り付けられクエストが取り下げられたのか、それとも誰かが受注したのかが分かるようになっている。

 『報告所』は受注したクエストの成功または失敗の報告を行う場所となっており、成功した場合はそこで成功印を押してもらい、換金所に向かうことになる。逆に失敗した場合は、失敗印が押され、再度受注所の壁に貼り付けられる。

 通常の魔獣であれば討伐クエストの成功メンバーは公開されることはないが、強力な魔獣を討伐した際は名声の意味も含めて成功印と共に名前が刻まれることとなる。

 『換金所』は報告所で受け取った成功印付きのクエスト発注書と報酬を交換する場所であり、その際にクエスト中に獲得した素材があれば同時に換金することも可能となっている。

 『酒場』は、クエスト待ち、クエスト後の探求士たちの憩いの場となっており、四六時中賑やかな声が響いている場所だ。


 エステルがその足で受け取った発注書を換金所に持ち込むと、十分の一コバル銀貨一枚とコバル銅貨三枚を置いた受けトレイがエステルの前に置かれた。

 十分の一コバル銀貨とは百コバルの価値となり、コバル銅貨は十コバルの価値となる。その名の示す通り十分の一コバル銀貨は一枚のコバル銀貨を十等分した銀貨であり、十枚集めたコバル銀貨は千コバルの価値となり、コバル金貨に至っては十万コバルの価値となっている。


(わっ……元々コバル銀貨一枚だったけど、さっきの走り書きってほんとにおまけしてくれるためのメモだったんだ……!) 

 

 エステルはコバルを受け取ると店員の厚意に感謝するように、受け取った手を胸元に持っていき頭を下げる。

 換金を済ませルリーテの待つ紹介所の酒場へと向かおうとしたその時、不意に聞き覚えのある声に足を止める。


「エステルさん! さっきぶりですねっ! もうクエストを終わらせてきちゃったのですか?」

『チピピィ!』


 今朝知り合った少女、エディットがエステルの隣まで小走りで駆け寄ってくる。

 小さな背嚢リュックを背負い、手には魔杖ワンドを握りしめている。見たところエディットはこれから出発のようだ。

 そしてチピは相変わらずエディットの頭の上に鎮座し、敬礼するかのように片翼を上げ額に当てている――とても行儀が良いが、この小鳥は飛ぶことはないのだろうか、とエステルは疑問を覚えていた。


「あ、エディットさん! はい、ちょうど今終わった所なんです!」

「わーっ早いですね~……お疲れ様です! あたしたちはこれから出発なんです!」


 エステルの答えに向日葵ひまわりの笑みと共に労いの言葉をかけるエディット。

 よく見るとエディットが走ってきた奥では三名の探求士たちがクエスト登録を行っている姿が見えた。


「ま、まぁ……巨植ジャイアントプラントの駆除だったので……えっと、エディットさんたちはどんなクエストを?」

「いえいえ! あの触手は油断できませんから……。あたしたちは『巨蜘蛛ジャイアントスパイダー』の退治に向かう予定ですね! なんだか北東の廃墟に巣食ってしまっているようで」


 巨蜘蛛ジャイアントスパイダーは本体はそうそう動かない巨植ジャイアントプラントに比べ、身軽さと糸を利用した立体的な動きをしてくるため、難易度はあがる魔獣だ。

 おまけに糸は粘着質で、触手とは違い触れられると行動にかなりの制限がかかってしまうため、油断ならない魔獣である。

 そんな魔獣の討伐クエストに向かうことを聞くと、エステルがうすうす感じていた通り、この村での滞在期間も長いエディットたちは自身よりも先の道を一生懸命走っていることを痛感する。


「わぁ……まだ受けたことない魔獣です……わたしたちもいつか挑戦しようと思っていました! 気を付けてくださいね!」

「はいっ! ありがとうございます……! それではそろそろ出発なので!」


 エディットは手を振りながら受付を済ませた仲間の元へ駆け寄っていく。

 エディットの仲間たちは見た目三十歳前後に見え、エディットと並んで歩いていると親子連れかと勘違いしてしまいそうだ。

 実は親子だったり……、とエステルは少し疑問を浮かべていた。


「エステル様……今の方はお知り合いですか……?」


 酒場でエステルを待っていたルリーテだが、戻りが遅いことを心配し、換金所に足を運ぶとエステルを探していた。

 そこで発見するも、見知らぬ少女と話していたためじっと見守っていたのだ。


「あっ……遅くなってごめんね! うん、今日の朝知り合ったエディットさんっていうの。あっちも精選に向けて頑張ってるパーティみたいで話が合ってね」

「そういうことだったのですか……見ていた限りでは笑顔の素敵な元気溢れる方でしたね」


 顔をほころばせながらエディットの印象を語るルリーテを見ると、エステルは頬が緩んでしまうのはやっぱりしょうがなかったんだな、と自身も自然と口角が上がっていることに気がつき、おもむろに頬を手で擦っていた。


 換金を終えたふたりは早い時間ということもあり、クエスト受注所の発注書を確認しに足を運ぶ。

 今日やらずとも、今どのようなクエストが発注されているかを見ておき、それに備えることも探求士として重要な心構えとなるからだ。


 「巨蛙ジャイアントフロッグ……巨蜘蛛ジャイアントスパイダー……うん、ここらへんを頑張っていけば……慣れたらもう少し上位の……」


 エステルが熱心に壁に張られた発注書を見上げているとルリーテが隣で一つの樹皮紙に目を奪われていた。


「あの……これ……『百獣』って……『あいつ』がまた出たんですか……」

「この前の探求士たちの討伐隊でも見つけられなかったってことだね……」


 東大陸ヒュートで育ったふたりはこの百獣の情報だけはよく知っていた。

 過去に何度も目撃されているにも関わらず、いまだに討伐されない魔獣『ヘルハウンド』だ。


「前発見された場所はアコス村の跡地付近だったけど……今回はピック村付近に出てるみたい……」

「村が密集してる地域に近づいていますね……何もなければいいのですが……」


 東大陸ヒュートの西側を中心に活動していたふたりは、幸いにもヘルハウンドと遭遇したことはない。

 ふたりの実力で遭遇してしまった場合、それは『死』を意味する。

 よって、ふたりは東大陸ヒュートで百獣の情報が出た際はクエストを控え、スピカ村の回りを警戒するよう心掛けていた。


「……もっと強くなって……こういう魔獣も討伐できるようにならなきゃ……」


 エステルは百獣の発注書を見上げながら、ぎゅっと拳を握りしめる。

 無言のまま発注書を見上げていたルリーテも、その瞳には自身も強くなりたい、という決意の灯が宿っていた。


「クエストの確認もできたことですし、そろそろ宿のほうに戻っておきますか……?」

「うん……そうだね! 今日の戦闘のおさらいとか、術の説明もあるし」


 発注書が貼り付けられた壁にくるりと背をむけ、紹介所の入口へ歩き出す。

 初日の戦果からは信じられないほど満足の行く結果が出せたふたりだが、まだまだ目指す先は遠いことも同時に実感していた――


 空に浮かぶ日光石の明かりが落ち着き、夜光石がじょじょに淡い光を照らしだす頃、ふたりは宿に到着した。

 到着した際に宿の主からは「今日は上手くいったようだね、いい表情してるよ」と声をかけられ、無意識のうちにニヤケてしまっているのかな、とエステルは頬を両手で優しく叩きながら、宿泊している部屋へ向かった。


「はぁぁぁぁぁ…………! 宿に戻ってくるとなんだかホッとして気が抜けちゃうね……」


 部屋の入口に徽杖バトンを立てかける。流れで靴を脱ぐとエステルはそのまま床に飛び込むように倒れ込んだ。


「はい……まだ二日しかいませんが、やはり宿は決めておいて正解でしたね……戻って気を抜く場所があるというのはやはり気持ちにゆとりができますから」


 エステルの脱いだ靴と自身の靴を揃え、部屋に上がるルリーテ。

 窓辺の日の当たる場所に、慎ましく置いてあるガジュマルの苗木の元へ行き、土の湿り気を確認している。

 この苗木はルリーテが育てていたガジュマルから切った枝を持ってきたものだ。

 エステルと出合った時にルリーテが持っていた唯一の心の支えでもある。


「お留守番、寂しかったかな……? ただいま……」


 苗木の葉を指で撫でながら、帰宅の言葉をかける。

 ルリーテは東大陸ヒュートのクエストでも、帰ってきた際は同じように声をかけていた。普段は愛らしい顔に似合わず冷静な表情を浮かべていることが多いルリーテだが、この時ばかりは顔に似合った年相応の表情を覗かせる。


「その子もうちのみたいに大きくなるのかな……? 持ち運びを考えていかないとだね……」

「いきなりそんな急成長はしませんが……でも、これから冒険で各地を回るのですから、家のように大きな鉢に植えるわけにもいきませんね……」


 困ったぞ、というようにルリーテは苗木の葉をつんつんと指で突いている。


「この子が、鉢に入れないといけないくらいに大きくなるまでには……考えておくようにします」


 そういいながら、ルリーテは台所キッチンに向かい、流し台シンクにかけてあった布を手に取ると、朝方に悲壮感漂う話し合いをしていた木円卓テーブルに向かう。

 肩にかけていた弓を木円卓テーブル上に置き、手に取った布で弓を拭き始める。


「ぅー……ルリは帰宅直後なのに、息つく暇なくお手入れなんて……」

「ふふっ……先にやっておいたほうが気分も楽ですよ……?」


 わかってるけど……、と言わんばかりにごろごろと転がり始めるエステル。

 そのまま入口に立てかけた徽杖バトンの元まで転がり、右手を伸ばし杖を掴むと、今度は逆回転でテーブルの足元まで転がってくる。


「ん~でもお手入れしながら徽章術の説明しちゃうほうがいっか……」

「はい……ぜひともご指導おねがいしますっ……!」


 ルリーテの言葉を受け、エステルは目を輝かせながら立ち上がると、ルリーテの対面の椅子へと、やけにたおやかな仕草で深く腰掛ける。


「ふふふ~! ルリくんは勉強不足だからねぇ……一星の私がしっかり教えてあげよう!」


 花が咲いたような表情でルリーテを見つめてくるエステル。そのうれしそうな姿を見ると、ルリーテも自然と心が和らいでいく。


「はい……! 勉強不足で一星様にはご迷惑をおかけします~!」


 エステルの笑顔が作り出す、居心地の良い空気に便乗するルリーテは木円卓テーブルの上にちょこんと両手をつき、深々と頭を下げる。


「よ~し! しっかり覚えるように!」


 肘をついたままの手でルリーテをびしっと指差し一星様モードのエステル。

 念願叶った喜びの実感がじょじょに湧いてきているのか、まだまだ抑えきれない熱を帯びていることが目に見える。


「わたしの今までの徽章術は……『サテラ』で行使できる『引月ルナベル』だけでした……ですがっ……!」


 この説明は長くなりそうだ、出鼻でタメが入ったことでルリーテは覚悟を決める。


「今日からは! 正確には日中くらいからは『プラネ』も扱えるようになりました!」


 日中くらいという表現は正確ではないのでは、と疑問が浮かぶもルリーテは野暮な指摘を心で握りつぶし笑顔を保っている。

 素晴らしき仲間への配慮である。


「その結果……! 『星之加護ブレシア』を発動させることが可能となったのです!」


 胸をこれでもか、というくらいに張りながら声を響かせるエステル。

 エステルがこれだけうれしそうに、話をする姿を見るのはいつ以来だろう、そう思うとルリーテの口元は思わず弧を描いている。


「ちなみに今日発動させた術は『星之結界メルバリエ』と『星之導きメルアレン』の二つ! 『星之結界メルバリエ』は、名前の通り! わたしが指定した対象の回りに加護を発動させて守るための術になっています!」

「あの光の膜がそうですね? あの膜は風の属性を持つのですか……?」


 あの時――ルリーテを拘束していた触手は切り裂かれて掴んでいた足が解放されたように見えていた。

 ルリーテは自身も安易に触れては危険なのかどうかの確認をしたかった。


「ん~……それで合ってると言えば合ってるんだけど、ちょっと違うかも? 切り裂いたのはたしかだけど、それはわたし自身の魔力ではないはず?」


 一星様モードで木円卓テーブルに置いていた手がおもむろに口元へ運ばれる。

 先ほどのまでの胸を張った説明から一転、口調が尻つぼみになり、締めの語尾が上がっている。

 勤勉なエステルだが、自信を持って言えないということがルリーテにしっかり伝わっている。

 しばらく木円卓テーブルに視線を落としていたルリーテがエステルに向き直り、


「エステル様の魔力ではないということは、星自身の魔力を利用していることになるのでしょうか?」


 ルリーテの言葉に口元に運んでいた指をぴんと立て、

 

「えっと……そうでもあるんだけど、あくまでも『ルリの魔力』を元にしてるはず! 仲間の魔力を借りて対象を守る加護を発動させてるはずだね! あ、それとあの加護の膜はルリが触っても大丈夫だからね?」

「なるほど、わたしの魔力が元だから風属性の加護が発動したということですね。それと触手が切り裂かれたのを間近で確認したので、少し身構えたのですが尻もちを付いても大丈夫だったのはそれも知らなかったので意外でした」

 

 興味をそそられたように目を見張るルリーテ。

 

「うん! あの星はわたしが認識している対象を守る術だからね。守りたいはずが触って傷ついちゃったら危なくて使えないからね……まぁ対象は星一個につきひとりまでが限界なんだけど……ぎゅうぎゅう詰めにしたらふたりとか入れるのかな……」


 話し合いながら、わからないところは仮説を立てて話を進める。

 今までもふたりはこのように、疑問が出た時は対処をし、後に調べたり、識者に相談をしながら戦闘や魔術に対する理解を深めてきた。

 このような積み重ねが今日花開きはしたものの、まだまだ知らないことは山のようにあるのだ。


「学校にいる間に発動できてればもっと教えてもらえたんだろうけど、発動ができないから、基礎的な理屈ばっかりしかまだ頭に入ってないからなぁ……」

 

 両手を揃えて腿に置きながらしおしおとうな垂れており、先ほどまでの勢いがすっかり影を潜めている、

   

「ま、まぁ……それはこれから解明していきましょう。一つ目の術はある程度わかりました。もう一つの『星之導きメルアレン』、あの術は反射のような術になるのでしょうか……?」


 ルリーテはあの時、星へ向けて放った魔術が、巨植ジャイアントプラントに降り注いでいたことを思い出す。

 だが、ルリーテの魔術では、あそこまでの威力は出ない。

 そこがどうしても引っかかっていた。

 エステルはその問いかけに、惜しいなぁ……、とでもいうように口元を吊り上げる。


「ふふっ……あれは星が受けた魔術を『増幅』する術でね……ルリの撃った属性詩である『下位風魔術カルス』を増幅させた後に、星の下にいた巨植ジャイアントプラントたちに放ったってことなの。もちろん『導き』だから、星が受けた魔術はわたしが思う方向に撃ち出せるからねっ!」

 

 ルリーテの問いかけはエステルの顔に潜んでいた影をあっさりと追い出したようで、身振り手振りを駆使しながら流暢に説明を始めるエステル。

 

わたしに矢ではなく、魔術を撃たせたのはそういう理由からだったのですね……」

「う、うん……ルリの矢なら象徴詩の『アルクス』で強化の術が施されてるけど、矢本体は物理的なものだから、増幅とか方向調整できるかわからなかったっていうのもある……かな……なんかプラネ撃ち抜かれたら怖いし……それとルリだから良かったんだけど悪意というか星じたいを破壊する意識で撃たれた魔術は増幅できないんだよね……」


 ルリーテはエステルの説明を受けながら、戦術の幅が驚くほど広がることに戸惑いを隠せなかった。

 章術士は魔術の素質あるものが選択する職だが、その際に魔術士と迷う者がとても多い。

 章術士は星の使役数が上がっていけば強力な術を行使することができるが、そこに到達するまでがとても長い大器晩成とも言える職である。

 現状の非情な現実だけで言えば、属性詩を主体に強力な象徴詩を合わせた戦闘を行う魔術士のほうが、お手軽とは言わないまでも、成果と実感が伴いやすく職評判は高くなっている。

 そのため、強力な魔獣討伐を中心に活動する星団せいだんやパーティを除けば章術士がいないことは珍しいことではない。逆にどのような目的であっても魔術士がいないということは少なく、作りたてのパーティや星団せいだんの場合に限ると言っても過言ではない。

 結果として探求士として活動したてのふたりの周りには章術士はおらず、魔術学校でエステルが学んだ徽章術の情報以上は手探りで進めていく必要があった。


「そういうところは今度確認しておきたいところですね……」

「うんっ……どんなことができて、どんなことができないのか……ちゃんと理解して戦術に組み込んでいかないと……」

「今日使った術以外にも、エステル様が使える星の加護はまだあるのですか……?」


 エステルは嬉しそうに首を縦に降ると、またも一星様モードに突入する。

 少し興奮気味に語る、そんな彼女の姿は年相応の女の子そのものであり、そのころころと変わる表情を見ているだけでも飽きることはなかった。

 ――名残惜しそうに最後の徽章術の説明を終えた時には、すっかり夜光石の光が辺り一面を包み込むように照らしている時間になっていた。

 ルリーテ手作りの夕食を食べ終えると、話し合いをしていた木円卓テーブルを隅に片付け簡易的な就寝スペースを作る。

 この部屋に備え付けのベッドは一個であり、交互に寝台ベッドを使用する取り決めをしているからだ。

 当初はルリーテが、自分がベッドで眠りエステルが床で寝るなんてありえない! とゴネはしたものの、エステルの懸命な説得でしぶしぶ従っていた。

 そんな今日はルリーテがベッドで眠る順番となっていた。


「そ、それでは申し訳ありませんが……ひとしきり体を動かした後にベッドを使わせてもらいます」


 外に出る準備をしながらルリーテが少し気まずそうに返事をしている。


「うーっ……ふたりで決めたことなんだから、堂々としようよ……ね? わたしは今日の記録を書いて寝るから――あは。今日は大作になっちゃうぞ~!」


 笑顔で八重歯を覗かせる彼女は木円卓テーブルに樹皮紙を広げ日課であるクエストの記録を残す作業に取り掛かろうとしている。

 この記録は東大陸ヒュート時代から続いており、日課の特訓同様に欠かさず行っている作業だった。

 魔獣と戦闘して学んだことや失敗したことを客観的な視点でまとめた後に自身で考えた改善案を書き足していくという形で情報が書き加えられていた。


「いつもありがとうございます。それではわたしは少し出てきますね」

 

 ルリーテは一声かけるとにっこりと微笑み返すエステルの邪魔にならないよう静かに部屋の外へ出て行く。


わたしも……のんびりしている暇なんて……」


 夜光石の光が夜の闇を優しく照らす中、ルリーテは村の外れへとその足を進めていった――

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