第4話 章術士

 ふたりは朝食の片づけを終えると気を取り直してオカリナのクエスト紹介所に出向いていた。

 ちなみに皿の件は宿の主に正直に言ったところ、古くなって取り換えようと思っていたから気にしないで、とのありがたいお言葉を頂いており、財政難を加速させる事態は幸い回避することに成功している。

 エステル自身からも「ちょっとお皿洗いに気合を入れすぎちゃった……」と反省の言葉が飛び出していた。



「今日はこのクエストにしよう……!」


 そう言ってエステルがクエスト紹介所の壁に貼り付けられたクエスト発注の樹皮紙を指す。

巨植ジャイアントプラントの駆除』

 ルリーテが改めて樹皮紙を手に取り確認したところ、農園の周辺で生息数が増えてきているため、農家がクエストとした発注したものだった。多数とは言わないまでも農作物だけではなく村の住民にも被害がでておりクエスト発注に至ったことが読んでとれる内容となっていた。


「十匹で百コバル……最低十匹は確認できているってことですね……」


 ルリーテが樹皮紙を見つめながら、緊張からか喉を鳴らす。

 昨日苦戦していた巨蛙ジャイアントフロッグとさほど強さは変わらない魔獣だ。

 本体はほとんど動かず、動いたとしても非常に遅い、注意すべきは無数に存在する『触手』である。

 触手は射程が長くムチのようにしならせながら使用したり、縛り付けたりと柔軟な使い方をしてくる。


「うん……でも、昨日の湿地帯とは違って土の上だし、本体も動きは鈍いから……」


 エステルなりに考えた上での選択とわかり、ルリーテは気を引き締めつつ、こくりと頷いた。何よりもこれより弱い魔獣のクエストは中央大陸ミンドールではそうそう見つからないという思いもある。鉱石採取等の収集系のクエストも存在するが、この大陸での戦闘に慣れていくべきだという考えならば、このクエストをクリアする実力が必要だということを双方とも認識していた。


「相手に気が付かれずにわたしの射程まで行ければ……先手を取れますしね……」


 ルリーテの言葉を受け、エステルは樹皮紙を受け取りクエスト紹介所の受付に受注する旨を伝えに行く。


「村の南側の農園の依頼だ。初めてかい? 巨植ジャイアントプラントとはいえ実戦じゃ何が起きるか分からないからね~気を付けて行ってきな~!」


 少女たちの初々しさも相まって中央大陸ミンドールでのクエスト経験が浅いことも見抜かれてしまう。

 また、周りの探求士たちからは、そんな神妙な面持ちで臨むクエストではないだろう、と嘲笑の声も聞こえるが彼女たちの耳には届いていない。

 また、紹介所の受付も心配する素振りを見せることもなく送り出す様子から『達成できて当然』という難易度ということも伝わってきた。

 しかし、当のふたりは対照的に口数が少なくなっていた。

 そしてふたりはクエスト紹介所を後にし農園に歩を進めていった。


◇◆

「ここらへんだと思うんだけど……」


 エステルが農園と思われる場所に近づき辺りをきょろきょろと見回し始めると。

 ――急にルリーテがエステルの袖を引っ張り、近くの木の陰に身を潜める。


「いました……ここから見て農園の右手側……二匹います……」


 ルリーテの声を受けエステルが木陰から顔だけを出しながら音を立てぬよう注意を払い、そっと言われた方向に視線を走らせる。

 そこにはたしかに触手を揺らめかせながら、『巨植ジャイアントプラント』が咲いている。


「この距離なら先手が取れます。準備は……いいですか……?」


 ルリーテの言葉に無言で頷くエステル。

 それを見たルリーテは背負っていた弓を手に取りうたむ。


「――〈弓の下位風魔術アルクス・カルス〉……!」


 ルリーテの詠んだ詩に呼応するかのように、手に握りしめていた弓が淡い翠光を帯び始める。

 光を確認したルリーテは腰円套ウエストマントに備えている矢を右手で抜き、弓に軽く添えながら呼吸を整える。


「やりますっ……!」


 呟くように……だが、はっきりと言葉にするルリーテ。

 木に背を預けていた状態から半円を描き、木陰から身を乗り出すと、巨植ジャイアントプラントへ照準を合わせる。

 と、同時に逆側からエステルも姿を現し徽杖バトンを構える。

 一呼吸置いた後――音もなく弦を引き、絞っていた指をそっと放す。

 弦から矢へと翠光が移り、矢に移った翠光は美しい尾を引きながら巨植ジャイアントプラント目掛け一直線に飛んでいく。


『プギィィィィッ……!!!』


 命中すると矢の先端に発生する風の刃に胴体が抉りとられ、巨植ジャイアントプラントはその蕾のような口から断末魔の声を鳴り響かせる。

 同時にもう一匹の巨植ジャイアントプラントがこちらに向かって触手を伸ばす。


「――〈星之観測メルゲイズ〉……〈引月ルナベル〉!!」


 エステルの召喚した『サテラ』に伸ばしてきた触手が引き寄せられる。

 本体は必死で触手を戻そうとしているが、逆に本体は音を立てて引きずられ始めている。

 巨植ジャイアントプラントは植物型の魔獣のため、土に根を張っていることが多い。そうでなければ、エステルの魔力でももう少し勢いよく引き寄せることも可能であったはずだ。

 だが、動きじたいを止めることには成功している。

 そして次の呼吸で、本体にルリーテの第二射が命中し、一体目同様に断末魔の呻き声を響かせる結果となった。


「や……やりました!」


 ルリーテが破顔しつつエステルを見るとエステルも目を輝かせ大きく口を開けている。


「うんっ! 上手くいったぁ……なんだか連携してるって感じだったねっ!」


 エステルは興奮気味に今の戦闘を振り返る。

 東大陸ヒュートで『巨鼠ジャイアントラット』を相手にふたりが練習していた連携だ。

 先手でルリーテが一匹仕留め、それに気が付き迎撃してくる相手をエステルが足止めをする、その間にルリーテが次射の準備を行うというものだ。

 エステルが引き寄せられる数にも限界があるが、相手が二匹ならばかなり有効な連携となっている。

 共に近距離よりも相手と一定の距離を保った状態を好むため、いかに近づかれる前に倒すかを試行錯誤した結果である。

 昨日の巨蛙ジャイアントフロッグの場合、単体ではあったものの湿地帯に生息する植物の影から奇襲を受けたため、散々な結果となったが、落ち着いて戦えば中央大陸ミンドールの魔獣相手にも自分たちの戦い方が通用することを証明することができたのだ。

 

「はい! 昨日と違って先手を取れたという安心感もあって、落ち着いて狙いをつけられました……それにわたしの術でも通用することもわかりました」

「よし……油断せずに、この調子でまずは十匹倒そうっ!」


 出鼻を挫かれた昨日と違い、幸先の良いスタートを切ることができたふたり――

 幸いにも密集した状態ではなく、一匹や二匹といった具合にバラけていたため、各個撃破していき、目標の十匹まであと一匹というところまでやってきていた。


「くぅ……最後なのになんで四匹も……でも、元々は十匹倒してほしいわけじゃなくて農園回りの危険を排除してほしいんだもんね。どうにかして倒さないと」

「はい……一匹目はわたしの矢で撃ち抜けます……その後ですね」


 農園から南側に離れた森近く。そこで悠々と咲いている巨植ジャイアントプラントは四匹……根元から生えている葉も触れあいそうな距離で密集しており、引き離すことも容易ではない。


「わたしが引き寄せられるのは……きっと二匹までが限界だと思う」

「わかりました……ならば残った一匹はわたしがなんとか……」

「うん、ルリに負担をかけちゃってごめんね」

「何を水臭いことを……仲間なのですからお互い支え合っていきましょう……!」


 ふたりの目に決意の光が宿る。

 ゆっくりと木陰を移動しながら、四匹を挟むようにふたりはそれぞれ距離を詰めていく。

 ルリーテが射程に入り、手信号ハンドサインでエステルにその旨を伝えるとエステルもそれに応えるように手を振り返した。


「よし……やるぞ…… 〈弓の下位風魔術アルクス・カルス〉!!」


 光を帯びた弓を構える。

 気負いはない――

 今まで幾度も繰り返してきたようにルリーテは引き絞った弦から指を放した。


『プギギギィィィィィッ!!』


 一匹目を撃ち抜くと同時にエステルが魔術を発動させる。すでに『サテラ』はエステルの隣に控えている。

 後は詠むだけだ――


「――〈引月ルナベル〉!! 引き寄せてっ!!!」


 予想通り二匹しか引きずられておらず、残りの一匹に向かってルリーテが弓を構える。


「大丈夫……触手はまだ伸ばしてないっ! いける……!!」


 構えた矢を放とうとした矢先――

 伸びてきた触手がルリーテの弓と足に絡みつく。


「うそっ……下から触手も伸ばせるのっ!?」


 想定外の攻撃に戸惑うルリーテ、引き離そうと力を入れるが触手の絡みつく力のほうが勝っており身動きが取れない。

 むしろ逃げようとすればするほど、触手は弓と足を締め付けてくる。


「〈下位火魔術ヒルス〉!!」


 次の瞬間、巨植ジャイアントプラントを挟んで対面にいたエステルの詩が響く――

 彼女の左手から放出された火弾によってルリーテの足を締め付ける触手が燃え上がる。そのまま強引に背後に飛ぶと同時に燃えた触手が引き千切れていく。

 ――だが、〈下位火魔術ヒルス〉を発動させたことで、〈引月ルナベル〉は解除されており、先ほどまで引き寄せる力に抗っていた二匹の触手がエステルに襲い掛かる。

 上方から叩きつけてくる触手を横っ飛びで回避を試みるエステル。

 しかし、地面を叩きつけたその反動を利用して横に薙ぎ払ってくる触手を避けられず、エステルは脇腹にむちで叩かれたような激痛が走り、そのまま地面に転がっていく。


「ぐぅっ……!」

「――エステル様!」


 叫びながら走り寄ろうとするルリーテの前に、通さないと伝えるかのように触手が叩きつけられ近寄ることが許されない。

 その間にも脇腹を抑えながら立ち上がろうとするエステルに、触手が伸び足を絞めつけながら今度は逆にエステルが引きずられていく。


「ぐっ……このぉ……〈下位風魔術カルス〉!!」


 足に絡まる触手へ魔術を叩きこむ。

 触手に切れ目が入り引き千切ろうとするが、もう一匹の触手がエステルの左腕に絡みつき背後に逃げようとしても引きずられる力のほうが勝っている。


「……これ以上好き勝手させないっ! 〈弓の下位風魔術アルクス・カルス〉!!」


 詩を詠みながら、エステルの腕を拘束する巨植ジャイアントプラントに向けて矢を放つ――

 しかし、その矢は三匹目の触手が盾となり本体まで届くことはなかった。

 その直後、またもや地中から触手が突き出てくるとルリーテの足と弓に絡みつき、今度はそのまま空中へと持ち上げられ、逆さ吊りの状態になり、かつ弓も抑えられては狙いが定められない――


「くっ……! 離しなさいっ……! 〈下位風魔術カルス〉!!」


 ルリーテが必死で抵抗するが逆さ吊りの状態でもがいても、その手足は空を切るだけだ。

 魔術で触手を切ろうとするも次々と加わる触手の数に術の発動が追い付かない状態だ。


「このままじゃ! でも、どうすれば……」エステルは腕に巻きつけられた触手に引きずられながら思考を巡らせる。

 だが、自分たちの魔術では手数に負けてしまう。

 ならば――


「今日……ううん、今……成功させるんだ!」呟いた決意が瞳に宿り徽杖バトンを握る手に力を込める。

 幾度となく詠みあげ、全て届くことのなかった詩を今、エステルは思いを乗せて口にする。


「お願い……わたしの詩……星に届いてっ! 〈一星観測リーメルゲイズ〉!!」


 右手に握りしめた徽杖バトンを地面に突き立てる――

 だが……何かを呼び出せた手ごたえはいつも通り感じない。


(わたしは物語に出てくるような勇者や英雄じゃない……そんなことは理解してる……それでも)


 顔を伏せ、なすがままに引きずられるエステル。

 何が足りない、努力なのか、積み上げた経験なのか、それともただ――才能がないのか。

 頭の中を目まぐるしく巡る負の思考に歯止めがかからない。

 歯を食いしばって見上げる空はいつも無常なほどに光輝き、エステルの気持ち等お構いなし、といわんばかりだった。そんな空の広大さや眩い輝きに焦がれても、手が届くことはないと空から目を背けうつむいていた思い出ばかりが蘇る。


「うう……わたし……わたしだって――」

 

 悔しさに――自分の力の無さに歯ぎしりをするエステル……だが――


「エステル様……! 下を向いてる意味はありません! 上を! 徽杖バトンをしっかり見て!!」


 逆さ吊りのルリーテがエステルに叫ぶ。

 その声に引きずられながらも徽杖バトンの先。

 空を見上げるように恐る恐る視線を移したエステルの目に。

 過去に何度も何度も歯を食いしばって見上げていた空よりも近く、そう目の前に。

 手を伸ばせば届くすぐそこに――


 新たな章術士の誕生を祝う、光の旗が煌々とはためいていた。


 さらに旗の頭上には『サテラ』よりも一回り大きい『プラネ』がエステルの指示を今か今かと待つかのように、うねりを帯びた妖艶な輝きを放っている。


「――――――」


 一瞬声を失うエステル――

 だが、そんな場合ではない。

 思考の歯車ギアを嚙合わせるように歯を食いしばる――歯を食いしばることには慣れている。だが今までと違うのは歯を食いしばり、嚙み合わせた歯車ギアは憧れた星の力となる。

 勢いのままに彼女は詠みあげる。夢見たうたを――


「――〈星之結界メルバリエ〉!!」


 エステルの詩に応じるように、『プラネ』がルリーテの元へ飛んでいく。

 直後、『プラネ』がさらに輝きを増すとルリーテの周囲に、球体状の翠光に輝く膜が張られる。

 絡みついていた触手もその膜に触れた部分が切り裂かれ、ルリーテの足が拘束を解かれる。

 空中で足を放されたルリーテが翠光の球体に尻もちを付くもすぐさま起き上がり態勢を整え、光が薄れると同時に自然と球体をすり抜けるように落ち、着地するとエステルの声が響く――


「それは徽章術きしょうじゅつの結界! だから大丈夫! ルリ……次は『プラネ』に向かって〈下位風魔術カルス〉! 〈アルクス〉じゃなくて!」


 指示に少し疑問を抱くルリーテ。

 

(せっかく呼び出した星を撃つ……今まさにその星の結界に助けられたというのに?)


 しかし、迷っている暇などないことをルリーテは知っている。

 何よりずっと一緒に暮らし冒険をしてきた『仲間』の言葉――

 ルリーテは頭によぎった疑問を振り払う。


「はい……! いけっ! 〈下位風魔術カルス〉!!」


 『プラネ』に向かって突き出した左手から、風の刃が勢いよく射出される。刃は風に乗りその勢いを殺すことなくエステルの呼び出したプラネ目掛けて疾走していく。


「今……! 〈星之導きメルアレン〉!!」


 エステルが詩を詠むとプラネが眩く輝く……そこにルリーテの放った魔術が炸裂する。

 ――次の瞬間、ルリーテの放った魔術が増幅され直下にうごめく三匹の巨植ジャイアントプラントに降り注いだ。


『プッ……プギギギィ……!!』


「ルリ! お願い! 今のうちに〈アルクス〉を!」


 プラネから増幅しても、下位魔術では倒しきることができないとわかっていた。

 だから、エステルは増幅した下位魔術で巨植ジャイアントプラントに隙を作りたかったのだ。


「そういうことですね……! 任せてください! 〈弓の下位風魔術アルクス・カルス〉!!」


 風の刃にさらされ、注意がそれた巨植ジャイアントプラントは一匹、また一匹とルリーテの矢に貫かれていく。

 

「これで最後です! 〈弓の下位風魔術アルクス・カルス〉!!」

 

 そして……最後の一匹の断末魔が響き渡る……。


「やっ……た……倒した……?」


 エステルが地面にへたり込みながら、四匹の魔獣との闘いが終わったことを確認しようとルリーテに顔を向けた瞬間、目の前には既にルリーテの控えめな胸が飛び込んできた。


「エステル様……! プラネ! 一星……! 章術士ですよ……!!」


 興奮しすぎたルリーテがエステルの顔を抱きしめ、片言のように言葉を放つ。

 ルリーテにとっても危険だった戦闘が終わった安堵よりも、エステルの成長をまるで自分のことかのように喜び抱きしめる。

 その温もりにエステルはそっと目を閉じて背中に手を回す。

 どんなに辛い時も自分を信じてついてきてくれた彼女に感謝の言葉を告げようとしてもまるで言葉が出てこない。

 ただただ背中に回した腕に力を込め彼女の胸に額を添える。

 エステルは一緒に冒険をしているのがルリーテでよかったと改めて心から感じていても、今は声にできない思いを抱擁で伝えることしかできなかった――。

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