第106話 写水晶
「わーっ! ほんとにララさんだ!」
女性が立ち上がると同時に遠慮なしにその胸に飛び込んでいくエステル。
「久しぶりだね~! 精選の通過者を見てエステルちゃんの名前あったから、うちも居ても立っても居られなくて教会が派遣する護衛に志願したんよ~!」
飛びついたエステルを受け止める姿を見届けると、給仕も頬を緩めながら一声をかけた。
「それではララグナ様。私はここで」
「はい~! ありがとうございました~! 帰りは自分で戻れるので~」
幸せそうな顔で自身の胸に埋もれているエステルの頭を撫でつつ、給仕へ言葉を送る。
優しく動かすその左手の甲には角が二本生えていることが伺えた。
「今回の精選は色々情報が錯綜してるやんね。一部では魔獣が多すぎるとか、一部では精霊たくさんで運がいいとか。それでも……無事に契約してほんとおめでたいね~っ」
「あはっ。頼りになる仲間がわたしにもできたから! ララさんも南での生活はどお? 教会所属だと住む場所も用意されてるみたいだけど」
瞳に星を宿しながらララグナに甘えるような声で尋ねる。
過去に世話になっていたとはいえ、ここまで足を運んで祝ってくれるとは想像もしておらず、昂ぶりを抑えられない様子だ。
ゆっくりと抱擁を解いたララグナがエステルの問いに悩むように背中を向ける。
その顔に束の間の陰りを現すも、背後で目を輝かせるエステルには見ることはできない。
「ん……――うん……やっぱり
ララグナは
「ん? んと~……形は四角く整ってるけど……水晶だよね?」
エステルはララグナの持つ平たい水晶をまじまじと覗き込みつつ、ララグナを上目遣いで見上げた。
「ふふっ。半分正解! これ『
ララグナは説明をしながら、ぼんやりと水晶を眺めるエステルの隣に立ち顔を並べた。
並べた顔の先に腕を伸ばしその手に持つは水晶。
エステルがその行動の意味を訪ねるように視線をララグナへ向けていると、
「エステルちゃんこっちの水晶見てな~? で……笑って~!」
水晶がギチリと軽く軋むような音を立てると共にララグナがエステルの正面に移動する。
「ふふふ~……! じゃーん! これ!」
ララグナが突き出した水晶を見ると、そこにはエステルとララグナが並んで微笑む様子が写っていた。
「――え! これすごい!! わたしとララさんが見える!」
「そうなんよ。これ水晶に写した場面を保存できるんよ~! 昔からお偉いさんとかは使ってたみたいなんだけど、最近やっとうちらでも買えるようになったんよ」
ララグナから受け取った水晶を興奮気味に見つめるエステル。角度を変えても同じように見え、まるでその場面を切り取ったような美しさに思わず息を吞んでいた。
「――で、これ」
ララグナが差し出したのは未使用の
「まだ数が少なくて二枚しか買えなかったんだけど、一枚をお祝いにと思ってね」
その言葉にエステルの口がゆっくりと……そして大きく開いた。
「ほんと! いいの!? じゃあララさん一緒に――」
「わわわっ……そういってくれるのはうれしいけど、ほらっ……一緒に旅をする仲間との出発記念を残すようにと思ってたんよ?」
ララグナの言葉に頭を湯立たせるほど熟考しているエステル。
どちらも残したいと思っていることがヒシヒシとララグナに伝わってくるが、
「ふふっ。今回はうちが顔出してしまっただけだかんね~。だからエステルちゃんが
昔からエステルを知っているだけあって、ララグナはエステルの矜持という名のツボを心得ているようだ。
「それ……すっごくいい……」
エステルは唾を飲み込みながら喉を鳴らし、ララグナの提案に目に星を宿した。その姿にララグナは昔から変わらぬエステルの姿を重ね、つい口角を吊り上げてしまう。
「こっちの
宝物を愛でるような優しい手付きで、エステルと共に写った水晶の表面をなぞる。
緩んだ頬とやや垂れた目尻がより一層の慈愛を引き立てていた。
気を利かせた給仕が
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