第242話 再出発と灰

「いや~なんだかんだ。手続きやら何やらに時間取られちまったが……改めてよろしくなっ!」


 グレッグを迎えて一週間が過ぎようとしていた。

 傷の治療を優先したため、クエストはお預けの状態ではある。だが、想像以上に煩雑なパーティ申請の手続き等に忙殺される日々でもあった。

 あの日のセキとのやりとりもグレッグが加わったことで改めて説明済であり、エステルは終始顔を紅潮させていた。


 そして手続きも終わりの兆しを見えた本日は、互いの現状の共有の場を設けていた。

 できれば悩みを抱え込まずに包み隠さず――ということだが、それは難しい。

 だが、定期的に場を設けるだけでも違うだろう、というグレッグの提案である。


 そんな提案者は自らを生贄に広間で木円卓テーブルを囲み、恥ずかし気に喉を震わせていた。


「今さらだが……出身は西大陸ニュルベグ。年は二十三。職は盾術士。精霊は~加護精霊だ……。何か聞きたいことがありゃ~遠慮せずに聞いてくれ」


 グレッグは、この際なんでも受け付ける。という意思の元、両手を広げ全員を見回した。

 そこで素早い反応を見せたのは意外にもセキだ。前々から気になっていた様子でもあった。


「あ~……聞いてどうこうってわけじゃないんだけど……いい?」


「ああ――恋種こいびとなら募集中だから安心していいぜ?」


 軽く手を挙げ横目を向けると、グレッグは胸に手を当てながらほくそ笑んでいた。

 軽口を叩き会話のリズムを整えると、視線を以てセキへ発言権を受け渡す。


「ほんと~? ――って違う違う。んと、言いたくなかったらいいんだけど、どっちか『羅刹種ラグル』?」


「おぉ……初めて聞かれたぜ……母親だ。親父のほうは適受種ヒューマンだからな」


 見抜かれたことに目を見開くグレッグ。

 だが、セキの配慮とは裏腹に、喉に引っかかりを見せることなく答えを告げていた。


「え~? なんでセキ分かったの? それに半分とはいえ羅刹種ラグルひと初めてみた……」


 羅刹種ラグルは、業鬼種オグル夜叉種ヤグルに近い肉体的な素質に恵まれた種族だ。

 起源ルーツを探っていけば同じ祖先に辿り着くのではないか、とも言われている。


 生まれつきの角を持たないが、代わりに角付きの石仮面を使うことで、体内の魔力を高める。という特殊な種族でもあった。



「グレイが戦闘で付けるやつ――顔の上半分を隠すマスク? 仮面? あれって羅刹種ラグルが親から譲り受けるものなんでしょ? 見たことないけど知識として村で聞いたことがあったから」


 羅刹種ラグルは石仮面を使わなければ、体格のいい適受種ヒューマンと見分けがつかない。

 そして普段から石仮面を付ける者は多くないこともあり、他種族をよく見かけるセキでも、羅刹種ラグルとして認識した者はグレッグが初めてであった。



「その通りだ。あの石の仮面は母親からもらったもんでな。角が一本なのは親が子に譲る力を宿しているからで、もう一本は自分の力を宿すと生えるって感じだ」


「生えるってのおでこから生えてくるんですか?」


 エディットも同様だ。

 北大陸キヌークは種族間で争いをしていられるような平和な環境ではない。

 結果的に他種族と共存することとなるが、羅刹種ラグルを見たことはなかった様子だ。



「いや、この仮面の石が特殊でな。魔力を吸って固めるらしいんだ。だからオレが成長していけばこの仮面に二本の角が生えることになる。――んで、オレが誰かに譲る時はオレの生やした角を残して譲るって寸法だ」


「あ~だからグレイの魔力って額部分も目立つわけだ」


 グレッグの額に各々が視線を向けることとなるが、セキの言葉通りの理解を得られるものはおらず、薄目で見てみる等努力はするものの全員等しく、かつ比較的あっさりと諦めていた。



「まぁ……ちょっと珍しい種族の血が混じってるっちゃ混じってるが、魔道管はきっちり三本だ! お前らの足を引っ張らないように精進するぜ!」


 この男は大部分の探求士が慎重になる魔道管の話をしれっと口にした。

 明らかに肩を跳ね上げたのはエステル、そしてルリーテだ。


「ふ……ふぅ~ん……ここでそういう話をしちゃうんだ……?」


 エステルが視線を木円卓テーブルに落としながら渇き始めた喉を鳴らすが、


「あれ~……? グレイはそれってどうやって調べたの?」


 やや疑問の眼と共に発したセキの声に流されていった。


「そういう魔具があんだよなぁ……だから信頼できると思うんだがなぁ……」


「これ……だよね?」


 エステルは半ば諦めたように魔具を取り出した。

 白黒のまだら模様。

 蝸牛の殻に似た魔具であり、精選開始前に受け取ったものである。


「お~これだこれ! で――こいつをな……」


 グレッグが魔具を握り殻の中心部を押す。

 すると、殻が淡く光始めると共にグレッグの腕に光の線が浮かび上がった。

 その数はグレッグ自身が言った通り『三本』だ。


「――ってな具合だ」


「ん~? 羅刹種ラグルの仮面って今持ってる……?」


 腑に落ちないと言った表情のセキ。

 頬杖を突きながら解消への道を探っているようにも見えた。


「あ、ああ。部屋にあるぜ?」


 席を立つと部屋から石仮面を手に戻ってくる。

 セキは一度受け取るも、すぐにグレッグの顔へ装着した。

 そんな二種ふたりのやりとりを落ち着かない様子で眺める少女たち。


 そして軽く頷けば、何を示しているかはグレッグも察した様子だが、特に変化を期待している表情ではなかった。


「魔道管ってのは生まれつきのもんだからなぁ……まぁやるのは構わねーが……」


 そして、グレッグの腕に浮かび上がった魔道管は。

 三本……ではなく『四本』になっていた。

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