第119話 しばしの別れ

 セキが珍しくエステルたちの前で顔を歪ませ、あまつさえ舌打ちまで聞かせた。

 そこに割って入ることに戸惑いを覚えたエステルがおずおずと手を上げると、


「あ――その反応は……セキから聞いてないのかい? かさねっていうのは特定の魔獣のことを指す言葉なんだけど――」


 視界の隅に捉えた挙手に対して、エステルが言葉を発さずとも察したアドニス。

 セキは額を掴むように手で覆っており、微かに見える口元からは歯軋りが漏れていた。


「――ご……ごめんごめん。アドニスの言う通りなんだ。力が強大過ぎるあまり、そのまま受肉することができないような怪物の話なんだ」


「そう……だから本体とは別に体の一部。例えば『爪』とか『角』とかね。そういう部位の力がに宿るんだ。例えば……この前の精選で出会った魔獣『怪触蛸獣クラーケン』に『爪』の力が宿った場合を想定しよう。力の現れ方は様々だけどあの触手に凶悪な爪が薔薇のように生えることになるってことだね」


 セキとアドニスの話に耳を傾ける少女たちは揃って喉を鳴らしていた。

 聞いているだけでも、呼吸が乱れていくことを自覚している。


「最終的にそのかさねと呼ばれるものがどうなるか。それは結局『本体』に食われることになる。もともと『本体』が完全な力を取り戻すために、部位の力を切り離しているだけだからね」


「うむ。まぁセキの言う『本体』が狙ってやってるわけではないがの。強力過ぎるが故に自然魔力ナトラが薄い現代では、そういう形で生まれたってだけだがの」


 セキに続き、先ほどまでお菓子に夢中になっていたカグツチが補足を加えた。

 場の空気が変わったことをさすがに感じ取ったのだろう。アドニスへ手を上げて挨拶をしている。


「まぁ僕の里が半壊するような事態だ。禍獣以上の魔獣に力が宿ったと見ていいだろうね。個体として見た場合、深淵種アビスもやっかいだけど、かさねはさらにやっかいだ。もともとその魔獣が持っていない力を手にする場合もあるからね」


 黙ってアドニスたちの話を聞いていたエステルたち。

 少なくとも、先ほどまでの浮かれ気分での議論の話が消し飛ぶほどの衝撃に、自然と額の汗を拭っていた。


「それで……南大陸バルバトスにようやく来てこれからって時に悪いんだけど、セキをかさねの討伐で連れて行きたいってことなんだ」


かさねが相手じゃさすがにってのは分かる。分かるんだけど……」


 アドニスの告げた言葉にセキは顔をしかめている。

 それは困惑にも見える表情だったが、


「セキ……アドニスのお手伝い行ってあげてほしい。わたしたちもセキが戻ってくるまで頑張ってこの大陸に慣れておくから!」


わたしたちでは足手纏い……にすら、なれないのが歯痒いですが……セキ様不在の間により強くなって見せます……!」


「お二種ふたりの言う通りです! そもそも他の方々も同じ状況なわけですし! むしろ戻ってきた時に新しい盾術士さんを紹介できるようにしておきますよ!」


 セキの懸念は、ここまで冒険を共にしたエステルたちからすれば一目瞭然の悩みだ。

 だからこそ、セキに頼るばかりではない、という所を見せたい。そんな気持ちの現れだろう。


 そして何より、今助けを求められているのはセキだけだ。

 アドニスに悪意や悪気がないことは重々承知している。

 だが、容赦ない現実は式典セレモニーの際にも感じた無力さと重なり、刺さっていた棘がより深く食い込んだようにエステルは感じていた。


「うん……分かった。アドニスの里ならそこまで時間が掛かるわけでじゃないからね。討伐すぐにでも戻ってくるから!」


「わたしたちもランパーブでいっぱい経験を積み上げておくから、帰ってきた時にびっくりするかもよ!?」


 棘が疼く気持ちを悟られないよう、エステルなりに精一杯の笑みを以って答える。

 ルリーテやエディットもセキの決意を後押しするように、視線を交差させつつ顎を引くと、頼もしさを覚える締めた表情を覗かせてた。


「ありがとう……感謝するよ。それじゃセキ、出発は明日の朝。ハープ東の門あたりで落ち合おう」


「ああ。分かった。細かい話は道中で詰める必要があるけどな」


 アドニスが頭を下げ気持ちを示し、


「あと、ナディアたちはハープ中心に行動するみたいだから、ここでいったんお別れだけど……」


 そう告げるとアドニスは長椅子ソファーから立ち上がり、


「またお互いに成長して出会いたいものだね。それじゃ突然すまなかった。僕ももう戻ることにするよ」


 軽く手を振りながら出ていくアドニスの姿を、エステルたちは静かに見つめていた。

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