第120話 本題

「やあセキ。華々しい旅立ちの日になるはずだったのにすまないね」


 ハープ東に位置する門。

 門の外側には見た目としては美しい緑の絨毯が続き、景色のアクセントとして、色とりどりの実をつける植物も見える。

 自然魔力ナトラが豊富なことを示すように、中央大陸ミンドール東大陸ヒュートでは、奥地に行かなければ拝めないような大樹も複数生えており、存在感を醸し出していた。


「いや~……他種事たにんごととは言えないからなぁ」


「手助けは構わんがの……お主とアドニスという組み合わせ。道中のメシのほうが我は心配でしょうがないの」


 アドニスの挨拶に手をあげるセキ。

 頭巾フードに潜んでいたカグツチも、首元から顔を覗かせていた。


「アドニスの~……メシは~……まずいから~やだ~……」


 ベヒーモスもアドニスの腰の布袋から顔を出すと、素直な意見を真っ先に述べていた。


「襲の出現の一番の問題はにあるって自覚してくれるとうれしいんだけどね……」


 アドニスは苦笑いをしながらセキと並び歩き、門の外へと足を踏み出す。


「どの怪物……――いや……どのの力かは分かってるのか?」


「竜はどれも今の魔獣とは比べ物にならないとはいえ……それに輪をかけたような理不尽な力だったみたいだ。だから……『大空の支配者ルドラ』か『大地の統治者ベヒーモス』……ようするにベヒーモスこいつの力が宿ったんだろうね。唸るような尾の一振りで薙ぎ払われたみたいだから、部位は『尾』の力――なんだろうけど」


 すぐに向かうというわけではなく、二種ふたりは、木陰となる大樹の根本へ着くと、地から生えだした大樹の根に腰を下ろした。


「どうせ命懸けなんだ。それなら倒した後、ベヒーモスの力が少しでも戻るように『大地の統治者ベヒーモス』の力が宿ってるやつのがいいよな。あまりにも強大な力すぎて万全な状態で生まれ変われないって、ちょっと話がでかすぎて意味が分からないけど……」


 セキはくわえていた煙木タバコに火をつけると、大きく吐きだす。

 最悪の中でもせめてもの慰めとして放った言葉だが、救いになるほどの心境の変化は得られなかった様子だ。


「きみの言う通りだ……元の竜の状態ならいざ知らず、契約して半精霊となった今、襲を食べるなんてできやしないからね。討伐する以外に力を取り戻すすべがない。あ、それと……比較的傷の浅い里の強者が僕たちの帰りを待ってくれているらしいよ。やる気は漲っているらしい」


「それはダメだ。中途半端な強さじゃいたずらに被害が広がるだけだ。アドニスおまえに近い実力がないなら、後方支援――ってか、周辺の魔獣排除とかに回ってもらうほうがいい」


 セキが語気を強める。

 その意味をアドニスは理解した。


「過去の件……かい?」


「ああ。騎士たちのように集団戦を訓練しているなら、もう少しマシなんだろうけど……アドニスお前の里の連中は、生活は共同でも、戦闘は個種主義こじんしゅぎばっかりだろ?」


「まったくもってその通りだね。基本的に共闘すると言っても一緒に同じ敵と戦うだけで、連携も何もあったものじゃない」


「おれの村もそうだった。二、三にんとか小規模で連携は経験があっても、集団戦はぜんぜん違う。灼翼の鳥神ガルーダの時はなまじっか体躯サイズがでかくて飛んでたから……自然と戦えるやつが限られて、その他が後方支援になったから少~しだけマシだったけど――」


 セキは言葉を探すように煙木タバコを深く吸う。

 そして……過去を言葉に乗せる決心をつけると弱々しく煙を吐いた。


かさねでは意味を成さなかった。もちろん憑かれた魔獣が何か、どの力が宿ったかにもよるけど……おれたちが相手をした『爪』の力を宿した魔獣は元の俊敏性も強化されたのか、集団戦に慣れていないおれたちを見事に各個撃破してくれていったよ。婆ちゃんたちも……命が助かったことが不思議なほどにね」


 語るうち、セキの心境を表すよう徐々に視線が下がっていく。

 その瞳に足元が映った時、さらに言葉を紡いだ。


「まともにやり合えたのはカグヤ姉さんとおれ。それと嚙砕破獣アンドルクスのポチと穿角貫獣リケラクスのプチだけだ。それでもポチの強靭な牙は片方折られたし、プチの首を守る強固なフリルだって切り裂かれた。そして……姉さんも……」


「きみとカグヤさん……そして『恐獣』の中でも最強格に挙げられる二匹がいてそれはちょっと笑えないね……僕ときみ、せめて同格があと一種ひとり欲しいところかな?」


 セキの独白にも似た凄惨たる真実。

 アドニスも毅然とした態度で受け止める気ではいたものの、紡ぐ言葉の節々に戦慄と緊張が滲み出ている。

 だがそんな中でも、ベヒーモスは相変わらずマイペースさを発揮し、セキによじ登ろうとしている。

 そしてカグツチはセキの頭巾フードの中へ、なぜかその身を隠していた。


 そこへ――


「ちょっとー……ランペットで親睦を深めたと思ってたのはわたしだけだったのかしらー?」


 唐突な声に振り向いた二種ふたりの瞳に写し出されたもの。

 それは海色の美しい髪を、日光石の明かりで煌めかせる一種ひとりの女性の姿だった。

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