第118話 襲

「どうですか!? これで盾術士がどれだけ頼りになるか分かって頂けたかと! 昨今は複数の役割を兼任するひと種気にんきある流れですが、特化した役割を極めていく方の素晴らしさは色褪せることなどないんですよっ!」


 と言うように、癒術士と闘術士の役割をこなすエディットの熱演が閉幕を迎えていた。

 ちなみにカグツチとチピは、部屋に備えられていたお着き菓子を仲良く分け合って食べているため、周りの話は耳に届いていないようである。


「たしかに万能な方が頼りないということはありませんが、専任の方には安心感みたいなものを感じますね。この場面はこの方なら――と。例え魔術が使えずともこの方であればそんな魔術モノに頼らずとも道を切り開いてくれると……さらにいうなら――」


 と、遠距離戦闘アルクス近距離戦闘ラミナスを兼ね備えるルリーテは、ちらちらとセキを見ながらエディットに同意している様子だ。


種数にんずうの都合は直接的に報酬の分配にも掛かるから、極力少種数しょうにんずうで行動したいって気持ちは分からなくもないけどねぇ。象徴詩も暗黙の了解で争奪戦みたいなもんでしょ? 今の話で言う守護騎士、重騎士とかが欲しがる防御系ならエステル欲しかったりしないの?」


「早い者勝ちみたいなとこはよく聞くかなぁ……でもそういう意味だと兼任してるより、役割がはっきりしてるほうが、欲しい象徴詩も被らないから……一概にどっちとも言えないかも? う~ん……象徴詩を欲しくない――なんて言えないけどなんだろう……誇りプライド的なものがね……章術士の強みは象徴詩を使わなくても、星の力で貢献できるんだぞっ! 的なものがあってね……でも、覚える機会タイミングがあればもちろん貪欲に狙っていくけどね!」


 徐々にクエスト紹介所で軽く他の職を見たいという話題から、次にどんな職を迎え入れたいかに焦点が移行シフトしているが。

 この場の誰もが閑話休題として本題へ戻る気配を感じさせないやり取りである。


 そんな折、部屋の入口にあるベルが鳴り響く。

 来客を知らせる合図だ。


「あれ? ギルドのひととかかな?」


 エステルが長椅子ソファーから立ち上がると、


「エステル。おれが出るよ。ギルド関連の可能性はあるけど、特に話は聞いてないんだよね?」


 袖口を軽く引きながらの質問にエステルが頷くと、セキは黙って入口へ向かっていった。

 ルリーテとエディットも腰をあげ、エステルの両脇に控える形でセキの背中を見つめている。


 セキが自然と扉を開けた先。

 そこに佇んでいたのは業鬼種オグルの男、アドニスであった。


「もう夜光石の時間に差し掛かりそうな所すまないね」


「いや、それは問題ないけど……問題か?」


 アドニスの挨拶にセキが不自由な質問を投げかける。

 迎え入れるように脇に寄ったセキだが。


「かなりの……ね。それでセキきみにお願いがあってきた。ちょっと話せるかい?」


「お前が言うと笑えねーぞ。でも……中で聞くよ。どんな事情だとしても結局おれはエステルたちに相談するからな」


 セキが親指で部屋の中を指すと、アドニスも納得したようで、立ち尽くすように微動だにしなかった足を動かした。


「せっかく南大陸バルバトスに来たばかりの楽しい時間なのに。お邪魔しちゃってすまない」


 肩の力を抜いて二種ふたりを見つめていたエステルたちへアドニスが告げる。


「ううん。大丈夫! だけど……もしかしてあの式典セレモニーの件で何かあったりとか……?」


 エステルは不安を象徴するように口元へ指を添えながら問いかけるが、


「ああ。あの件ではないんだ。でも、リディアさんのために行動してくれて心から感謝しているよ。僕はあのひととも面識があったからね……不用意に欠席したことを悔やんではいるけど……」


 エディットに促され長椅子ソファーに腰を下ろし、深く頭を下げると。

 エステルが両手を広げ横に振り、そんなことはない、と言いたげな仕草をしている。

 そこへ備え付けのキッチンに足を運んでいたルリーテが黒石茶を置いた。


「ありがとう。頂くよ。それで……だ。唐突な話で申し訳ないんだけど、セキの力をしばらく借りたい」


 アドニスの正面に座るエステル。

 その背後に立っているセキを見据えての発言である。


「お前がこうしてくるってことはそうとうだよな……何があった?」


「僕の……業鬼種オグルの隠れ里が魔獣に襲われてね。今日、南大陸バルバトスに帰ってきたら満身創痍の業鬼種オグルが伝えに来てくれたよ」


 アドニスは己の前で組んだ両手に、血管が浮き出るほどに力を込めていた。

 左腕の角が無言の威圧感さえ発しているのか、空気に乾きを覚える一同。


「見つかるのもどうかと思うけど、お前の里だろ……? いくらお前がいないからって……極獣ってのに分類されるたぐいのやつか?」


「頼みに来ておいてすまないんだけど……分からないんだ……纏わりついたのかがね……」


 アドニスの回答はその存在を記すに十分な情報を備えていた。

 その証拠にセキの瞳孔があらん限りに見開かれ、横目で見ているルリーテやエディットが背筋に冷たいものを感じるほどである。


「このタイミングでかよ……いや、やつらは好きに暴れまわるよな。そこらの魔獣以上に魔力を蓄えることに貪欲なんだから……って認識であってるよな?」


「うん。きみの想像通りだ……『』が出た」

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