第117話 歓迎の町ハープ

「すごっ……」


「圧巻ですね……」


「に……賑やかすぎますっ」


 客船を迎える港では港町ハープ種々ひとびとが、波止場に立ち新しい冒険へ挑む探求士たちへ惜しみない声援と拍手を送っている。

 色鮮やかな木の葉が舞い、客船と併走する小型漁船からも快活な声に喉を震わせる漁師やその家族の姿が見られた。


「たしか争奪戦みたいなもんらしいよ……星団にイキのいい奴を見繕いたいとか、食事処はメシと情報を与えて常連にさせたいとか、南大陸バルバトスに慣れる前が勝負ってよく聞くからね……」


 熱気に圧倒されるエステルたちへセキが聞きかじった知識を披露するも、彼女たちの耳に届いているかは怪しい。

 活力に満ち溢れている光景というものは、見惚れている彼女たちの心の奥底から気力を漲らせる不思議な力があった。

 今、期待に弾ませていた胸がこの歓迎の熱にあてられ、新大陸に思い描いた夢や希望が溢れんばかりに膨らんでいることは間違いない。


「ほんとに……すごい! この声援や期待に応えられるような立派な探求士にならないとだよ!」


 あまりの感激に目を潤ませるエステルが居ても立っても居られないというように、身を乗り出しながら叫ぶ。


「はい……この声援に恥じない実力を身に付けなければいけませんね……!」


「う~ワクワクしてきますね~っ!」



◇◆

 港に停泊した客船から宿に案内されたエステルたち。

 ギルド職員や騎士たちが身をもって壁となり、もみくちゃにされるという事態は回避できたことが幸いである。


「少しすれば落ち着くだろうし、町を見に行こう……! 明日にはここを出発しちゃうんだし!」


 明日にはここハープからランパーブへ出発とはいえ、おとなしく待っていることなど今の彼女たちにできるわけはない。

 騒然たる雰囲気の中で飛び出さなかったことだけは救いであるが、部屋の長椅子ソファーに各々が腰を下ろしてはいるものの体は落ち着きなく揺れている様子である。


「そうですね。移動前に町の雰囲気は知っておきたいので……あとできればクエスト紹介所も覗いておきたいですね。こちらなら章術士の方も見かけることになるでしょうし、どのようなパーティーを組んでいるか見ておきたいのもあります」


「たしかに確認したいですねっ! 珍しい職の方もいたりするのですかね?」


 ルリーテとエディットも乗り気のようだ。

 クエスト紹介所も地域によって雰囲気や職構成が異なるため、真っ先に確認しておきたいということだろう。


「ん~……珍しいというかエディ的に言うなら、暗精種ダークエルフはかなり引っ張りだこのはず?」

『チピピ?』


「おぉ……それってもしかして使術士絡みですかね……?」


 セキの言葉に首を傾げながら質問を返すエディット。

 チピも釣られて体ごと傾いているが。


「そうそう。強力な魔獣と契約できる強みはやっぱりでかいんだろうね。黒衣の魔女ダークウィッチ時代の偏見がどんなもんだったかは分からないけど、今はもう種族的には強みになってると思う。契約が命懸けだろうからどうやってるのかまでは分からないけど……」


「ありがたいお話ですねっ! まぁあたしはすでにチピがいるので契約できないですが……でもなんだか少し安心しましたねっ」


 加入する際にも種族的な面で気掛かりを口にしていたエディットだったが、セキの話を聞いて目尻を垂らしているあたり、心のわだかまりが解消したことが伝わってくる。


「そうだったんだ……職で言うならわたしが気になるのは守護騎士……かなぁ?」


「教会の章術士の方も共に行動することが多い、というか教会所属の騎士の方が守護騎士と呼ばれているんですよね?」


「あ~章術士を守るための役割だよね? 探求士側で言うとなんだっけ……重騎士とか重術士って呼ばれてる職がそれかも? 盾術士の発展系みたいに言われてて、大剣と大盾とごっつい鎧で動きにくそうだけど。おれみたいに躱すようなスタイルじゃなくて、大盾で受け止めたり、大剣で破壊したりと力と筋肉で解決するような感じだったと思う」


 個種こじんの戦闘スタイルにもよるが、星の使役や指示をこなす役割を受け持つために集中することが度々発生するのが章術士である。

 そこで章術士の周りを固める役目として活躍するのが守護騎士である。

 もちろん章術士だけではなく、戦闘で矢面に立つため、装備に一番コバルがかかる職でもあった。


「なるほど……セキのように切り込むってよりも、受け止めるって感じなのかな? 魔獣の魔法とかもどんどん強力になっていくし、そういう職のひとも仲間にほしいな! なんて思うかも?」


「重術士とか守護騎士より盾術士のほうが頼りになりますよっ! 探すなら守りのスペシャリストのほうがお勧めですよっ! そもそもですね――」


 エステルの言葉に思わずエディットが横から噛みつく。

 今は亡き仲間を思い浮かべているのか、盾術士の役割と有効性をこれでもか、というほどに熱を込めた演説を始めている。


 町に出る機会タイミングを待つ意識で彼女たちは落ち着きを持つことはなかったが、いつの間にか職談義に思考を奪われ、町の外の喧騒が鳴りを潜めていることに気が付く者は残念ながら皆無であった。

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