第116話 ようこそ南大陸へ

「お……! おぉ~! 見えてきた! あれが南大陸バルバトスなんだよね!」


「そうそう。少しの期間なのになぜか懐かしく見えるなぁ」


印象イメージのせいでしょうか。まだ大陸が見え始めた程度なのにとても威圧感というかそのようなものを感じている気がします」


「おっきいですね~! 大陸の端が見えませんっ」


 翌日。

 ギルドが用意した船に乗り、ランペットを出港した探求士たちはまさに今、新たな冒険の舞台をその目に収めている。

 大型客船ではなく、臨機応変に小回りが利くよう取り計らった客船だったが、結果としては魔獣との大きな戦闘も起こることはなかった。


「アドニスたちもドライさんたちも別の船なんだよな~どっちに向かうのかな。というかランパーブの移動、陸路じゃなくて海路で向かうって初めて知ったよ……」


(トキネたちの居る鍛冶街通り過ぎちゃうなぁ~……エディの小円盾バックラーも使えるように修理してもらいたかったんだけど……まぁポチとプチがトキネに酷使されて陸路掃除してるだとはいえ……海路のが早いからいっか。まずは落ち着いて……それからかな)


 潮風に鼻腔をくすぐられながら、セキが疑問を口にする。

 ランペットの宿から出るとスムーズに客船へ案内されてしまったため、結局顔を合わせる機会がなかったのだ。


「どちらだとしても一度、港町ハープに寄るみたいだよ? そこで逆に港町ハープからランパーブに移動するひとを乗せるみたいだから」


「聞いた話ですとエステル様の言う通りですね。出発じたいも港町ハープで一泊した後みたいですので」


 事前の話を一切頭に入れていないセキとは違い、エステルとルリーテは案内された内容を頭から追いやることはない。

 ひとに合わせた行動を不得手としているが、そもそも覚える気がないセキの気持ちの問題である。


「宿……大丈夫でしょうか……もう前みたいにガサツさんに頼ることもできませんよね……やはり……――ここはあたしの野宿の知恵の出番でしょうかっ」

『チピィ……』


 精選前の宿探しのトラウマが蘇る一同。

 結果として、今でも信じ難い豪華な宿に泊まれたとはいえ、それは過去の話である。

 新人探求士を町ぐるみで祝うという話を聞いた時は、歓喜の笑みが自然と零れたが、それはすなわちひとの量にも直結するのだ。


「それは覚悟する時はあるかもだけど……いきなり南大陸バルバトスの荒野で寝たくないなぁ……魔獣の生体も分からないし……」


「最悪の場合そうなってもおれが見張るから……一応、港町ハープ周辺なら地形も把握してるし……宿のツテは……ないけど……」


(アドニス……フィア……いや、いきなり頼るのもなぁ……あれならアロルド捕まえて見つけさせよう……)


「そこは少し気になりますね……ちょっとお待ちください」


 エディットの一言で現実を直視したエステルは、先程までの恍惚の表情で見つめていたはずの南大陸バルバトスが、いささかくすんでしまったように見えている。

 ルリーテも野宿は御免被ごめんこうむりたい、という気持ちの表れか、船に同乗するギルド職員の元へ足を向けていた。


「ふむ……セキよ。もうそうだの。だが……」


 そこへ南大陸バルバトスを、セキの外衣コート帽巾フードに身を潜めながら見つめていたカグツチが呟いた。


「おぉ……それは助かる。それに分かってる。お前の力はまだでも、ヒノのほうならってことだろ? ちょっと感覚は掴んでおきたいってのが正直なとこかな」


「うむ。ここでは目立つから町に着いてからかの。紅玉ルビーじたいも種目ひとめに晒すと余計な悶着が起こりそうだしの……」


 セキとカグツチは周りに聞こえないよう、声色トーンを下げて囁きを交わしている。

 そこへルリーテが戻り、


「安心してください。どうやら港町ハープで下船する方はそのまま行動できるようですが、ランペット行きの場合は宿もセットになっているとのことです」


 ルリーテの報告に一同から安堵の吐息が漏れる。


「いきなり前途多難になるかもだったけどこれで安心だね! よ~し! みんな新しい大陸、気を抜かずに頑張ろう!」


 エステルの掛け声に合わせて拳を上げる一同。

 そんなことをしているうちに……客船が港へ入港する時が間近に迫っていた。

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