第257話 崖底のセキ

「どいつもこいつもお主に見向きもせんの」


「くっそ――ッ!!」


 落下速度に加えて崖を蹴り続けているセキ。

 それでもエステルの姿は捉えきれず、少女を追いかけているであろう魔獣の姿が確認できるだけだ。


「とりあえず撃とうと思えば撃てるくらいにはなっとるかの」


「まだだ――ッ!! 崖下までエステルが落ちるならその時に必要になる!」


 セキが薄切苦無クナイを絶え間なく飛ばし魔獣を穿ち続けるも、焼石に水だ。

 自身を狙うならばいくらでも小太刀で迎撃することはできる。

 だが、自分以外を目標とされた時、刀という物理的な手段しか持たないセキはその群れを止めるすべがあまりにも少なかった。


「これだけ魔獣が集まるってことは……周辺に絶対的な存在がいないってことなのか?」


「だろうの。群雄割拠とかいうやつだの。圧倒的な存在がおるならここまで好き勝手に暴れることもないだろうからの」


 気休めだとしてもセキは魔獣を打ち落とす薄切苦無クナイの嵐を止めることはない。

 そして速度を緩めることもない。

 さらに眼前に広がる状況を少しでも紐解こうと思考を費やしていた。


「それがいいのか悪いのか……いいわけがねえ……――」


「エステルにしてみれば全てが捕食者である以上、圧倒的な存在だとしても一匹とかのほうが良かったんではないかの」


 ギリッ――と歯が欠けるほどの軋みがセキの口から漏れた。


「もうおれが落ちた頃とはまったく違う……あいつらはもういないんだから……」


 その時、魔獣がセキを認識する。

 我先にとセキへ向かうは『鬼蜻獣グルヤンマ』が七匹。


「おれが生き延びれたのは完全にあいつらのおかげだ。あいつらのナワバリには滅多に魔獣が入ってこなかったからな……」


 そして、『鬼蜻獣グルヤンマ』はすれ違った直後にその身が崩れ、風の流れに攫われていった。


「うむ。まぁお主の場合、魔力が感じ取れんからの。匂いはあったろうが……そういう意味でもエステルよりはマシだったかもしれんの」


 考えれば考えるほどに不安材料ばかりが積まれていく会話。

 それでもセキはただひたすらに崖の底を目指す以外、手段がないことを自覚している。


「くそッ! なら……――ってなんだ!?」


 突如、魔獣の群れが空へ羽ばたいていく。

 そう、下ではなく我先にと上へ向かって羽を震わせていた。


「底が近いということかの」


「上位の魔獣の魔力が匂ってきたってことかよ……」


 セキが目を見開いた先に色とりどりの閃光が走る。

 そして。

 美しい、とさえ見惚れる閃光の正体が、崖の底に潜む魔獣たちの『魔法』だということを理解するまでに時間を要することもなかった。


「おれもこの周辺に落ちたんだろうけど……懐かしいなんて気持ちは一切湧かねえなぁ……――ッ!!」


 それは。

 魔法とは何もかもが異なるセキという名の赤い閃光が、崖の底へ一直線に走った瞬間でもあった。

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