第179話 休息日のエステル その5

様。私の後ろへ――」


 エスコートさながらの自然体で、エステルを己の背後へ誘うと目前の男と向き合った。


「あ――あの……ど、どうしてここに……?」


 動揺の最中にありながらも背中へ向かいたどたどしく喉を鳴らすエステル。


「頼ま……――ん゛っ――……エフンッ! 新種しんじん探求士たちを危険から守るべく……見回り……と言ったところですね。なので……千幻樹の出現に加え、夜光石の時間に出歩いている方を見かければ気になるというものです」


 イースレスは咳払いと共に紡ぐ言葉を差し替えた。

 そんなやりとりを目前の男は動く気配すら見せず静観を続けている。


「見たところ……幻域種ティティスか」


「――ああ。その通りだ」


 男はイースレスの問いに頷きながら喉を鳴らす。

 イースレス自身は僅かに覗く牙、そしてエステルも目に留めた爪を見て判断をしていた。


獣種じゅうじんだからと言った偏見は私にはない……――だが、果実を奪うつもりなら――」


「あ……あのイースレスさんっ」


 滝の如く流れる展開にエステルは思わずイースレスの背中を叩き、


「そのひとは話をしたいって……この果実が必要なことなのはたしかですけど……話を……させてください」


 イースレスに少なからずの衝撃が走った。

 白霧病である以上、エステル彼女にとって果実はかけがえのない治療薬だ。


(現状に支障がないとはいえ……いや――)


 イースレスは脳裏に浮かんだ考えを口にすることなく、黙って肩越しに頷いて見せた。

 エステルがイースレスの隣に立つ。


「この果実が必要な理由……教えてもらえますか」


 降霊状態のイースレスとは対照的に、殺気の一切を発しない男へ言葉を投げた。


「オレは獣種じゅうじん。名は『ユエリ』。そして理由は……オレが必要なわけじゃない。オレの……オレの母に必要なんだ」


 足元に刺さった剣を抜きイースレスへ投げ返す。


「それって……血に流れる獣の……――」


 エステルはグレッグの言葉を思い出す。

 だが。


「――いや、オレの母は適受種ヒューマンだ。そして共に幻域に住んでいる。だからこそだ」


「魔濃毒……か」


 イースレスが反応するも、エステルは届いた声を自身の知識で噛み砕くことができないままだ。

 イースレスは横目でその様子を察していた。


「魔濃毒。大陸によって呼び方は様々ですが……一言で言えば自然魔力ナトラが濃すぎるが故に、発症する病気です」


 エステルは自身に対する補足ということを察したのか、隣に立つイースレスの横顔を見上げた。


「幻域という魔力濃度の高い地域に長期間滞在した結果、体内に取り込んだ自然魔力ナトラを処理しきれずに本種ほんにんの器以上の魔力を蓄積してしまったのです。処理しきれない以上、いずれは……溢れ出す魔力に体を食い破られるという結末が待っています」


「その男の言う通りだ。母は魔力適正が低い……。にも関わらず、オレを順応させるために生活環境を幻域に置いたのが原因だ……。もっと注意して母をこちらで生活させておけばこんなことにはならなかった」


 俯きがちに自身を振り返るユエリは牙を剥き出しに歯を軋ませた。


「治療するには本種ほんにんの魔力適正を上げる必要がある。だから……千幻樹の果実の恩恵で魔力……肉体魔力アトラを増やすことで助かる可能性が出てくる……」


 エステルは話の最中も常にユエリとイースレスの顔を見つめ続けていた。

 自身の病気。

 ユエリの母の病気。

 そして……自身の父と母を思い出す。


 そこで、エステルは口を開いた。


「あなたのお母さんを助けるためにこの果実が必要ってことですね?」


「そうだ……こちらの都合ばかりということは承知だ。だが……頼む」


 ユエリが両拳を地面に突き立て、頭を地に押し付ける。

 この場で真偽を確かめるすべがない以上、イースレスは警戒を解くことのない訝しげな眼差しを止めることはなかったが――


「……うん……分かりました。この果実……譲ります」


 あまりにもあっさりと決めたエステルの答えに、ユエリの表情はおろか、イースレスの表情さえも驚愕に彩られることとなった。

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