第270話 ルリーテの場合 前編
「聞き捨てなりませんね……」
「フーン。ソウデスカー」
コト村の一角。
火花が散りながらも身の凍えそうな空気が場を支配していた。
向かい合うはルリーテとトキネだ。
「こら! トキネ。おま――ムオッ!」
「セキ。違うぜ……」
(お前が口を挟むと余計ややこしくなるんだ……)
そう言いながらセキの口を塞ぐグレッグは額から多量の汗を流している。
発端はとても……それはとても軽微なやりとりだ。
セキに対してグイグイと距離を詰めるルリーテをトキネが良く思っておらず、何かに付けて揚げ足をとる形が続いていた。
セキが叱咤するも聞く耳持たず。ルリーテもぎこちないながらも笑顔の仮面で取り繕っていたが……
「まぁその胸じゃたぶらかすも何もないですよねー」
この一言でルリーテの沸点を軽く超えたのだ。
そして重要な点としては、トキネも慎ましさを兼ね備えた胸ということである。
「ふ……
みかねたエステルが両者の間に割って入ろうとするが……
その瞬間にルリーテとトキネに等しく青筋が走る。
「エステル様……『
「ちょっとエステルさんは引っ込んでて! 『
両者ともに心底本気であるにも関わらず、この点では息がぴったりである。
「――え……あれ? えっとー……」
想定外の結託に戸惑いを隠せないエステル。
「よし……エステル。治療したばっかだから休める場所いくぞ。セキの家にでもお邪魔させてもらうか~どっちだ?」
「ム~……ム~……!」
そこで空気を察したグレッグはエステルを背負ったまま、セキの口を抑えつつ村の奥へと姿を消していった。
「これで邪魔者はいなくなりました……そしてここまで言われてはセキ様の妹と言えども容赦はしません……」
「ソウデスカー。あなたも探求士ならちょうどいいでしょ? どっちがセキ
「望むところです」
そして
◆◇
「えっとぉ……ルリ。お客さんなんだから別に……」
「いえ……せめてこれくらいは……」
セキが止めようとするも、ルリーテの手は忙しなく動いている。
そしてここはマハの家の台所である。
あの後、ルリーテは意地の元に戦うも、トキネに触れることさえできずにあしらわれる結果を迎えていた。
このコト村で生活をしている以上、当然ではあるが、トキネの実力はルリーテたちの遥か先を行っていたのだ。
「セキ
完勝という形を迎えたトキネは明らかに上機嫌だ。
エディットにも同様に突っかかろうと考えていたトキネだが、何やらフガクに鋭い視線を送っているため、今は見逃している状況でもあった。
さらに言えばエステルは食事を凄まじいペースで一心不乱に貪っている。
そしてグレッグは至る箇所に作った生傷を癒すためなのか、こちらも食事に夢中だ。
両者に共通する点は、エディット同様に他に目もくれず――ということだ。だからこそ、このルリーテとトキネのいざこざに首を突っ込もうとする者がセキだけになってしまっているのだが……
「お待たせしました……初めて見る
「も~遅すぎてお腹ペコペコだよ~! まぁうちらの採ったもんだし遠慮なく~!」
やや呆れた視線を向けたセキだったが、ここでトキネ自身も想定外の事態が発生した。
「……え?」
一口食べたトキネが微かに喉を震わせる。
確かめるようにもう一度皿へ手を伸ばす。
その姿を見たセキは子供さながらの悪戯交じりな笑みを向けつつ、黙って食事を続けていた。
「……え? これ……なに……?」
「あら~……これは美味いねぇ……こんな味付け知らんかったねぇ……」
驚愕するも手を止めることなく、食べ続けるトキネ。
マハやフガクも感想という思考よりも、味わうことに全力を注いでいるようだ。
そう、ルリーテの手料理はこの村の誰が作る料理よりも美味だったのだ。
とても普段と同じ材料を使っているとは思えない、そんな極上の味わいに舌鼓を打つしかなかったのだ。
「おかわりいいかねぇ……?」
「あ……僕も……」
「はい。みなさまがたっぷり材料を用意してくれたのでまだまだありますので……」
ルリーテが微笑みとともに
そしてトキネは食べ終えた自身の皿を覗き込みながら震えているが、
「トキネ様はもう満腹でしょうか……?」
そんなルリーテの問いに赤面を隠しつつ呟いた。
「おかわり……」
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