第269話 エディットの場合 後編

「ありがとぉねぇ……とっても貴重な経験をさせてもらえたわぁ……」


「いえ! こちらこそ詩の扱いを教えていただいて助かります!」

『チププ~ッ!』


 エディットが降霊を解くとチピが頭の上に鎮座する。

 マハのお願いの元、現状の詩を披露した後、助言アドバイスを受けていたところだ。


「でも、『戦士ミヴェルス』だけは後がいいかしらねぇ……セキの言う通りちょっと危なそうだから、他の村に行ってる子たちが帰ってからのほうがよさそうっていうのが私の見立てよ~……」


「はいっ! しばらくの間お世話になりますので、そのうち試し撃ちの機会があれば……!」


 村外れの砂地ではあるが、マハが周囲を警戒しているということもあり、エディットは近場の岩へ腰を下ろす。

 すると。


「あ~いたいた」


 セキが一種ひとりの少年と共にやってくる。


「この子がエディね。――で、こっちが『フガク』。トキネと一緒でこの村の子ね」


 セキが『フガク』と呼ぶ少年に紹介をすると、少年も一歩前に出た。


「こ……こんにちは……フガクといいます……」


 『フガク』と呼ばれた少年は濃い茶色の髪をなびかせ、おどおどしながら頭を下げる。

 そんな姿は堂々としたトキネとは正反対である。

 不安を表すように指先を絡めているが、その両手の甲に角を要しており、さらにいえば、両足の甲からも角が生えていた。


「こんにちはっ! あたしはエディットです! セキさんの弟さんのような方ということですね?」


「そうそう。そういうイメージで問題ないかな~……――で、こいつ連れて来たのはエディの特訓にちょうどいいかなって思ってさ」


 エディットの隣でマハが口角をあげているが、エディットは気が付くことはなかった。


「――……え? でも双剣ならセキにいちゃんのほうが……」


 フガク自身も初耳のようで、素直に驚きの表情をセキに向けている。


「ん? おれは例え特訓でも女の子相手に剣は振るわないんだよ。それにもう一つ付け加えると『体術』ね。剣術じゃなくて、闘術士的なほうね」


 するとマハが口元を抑え含み笑いをしつつも村へ戻っていく。


「僕も体術はそんなに得意なわけじゃないよ……」


「体格も似てるから体の使い方見てあげてくれりゃ~いいよ。男なら……グレイはおれが見てもいいけど、他の子は特訓相手して怪我でもさせたら……おれが立ち直れないからな」


 戸惑うフガクを余所にしれっと本音を告げるセキ。


「おぉ……! とてもありがたいですよっ! セキさんは魔力のお話はしてくれますが、あたしたちだと向かい合った相手をしてくれないのでっ!」


 エディットに限った話ではなく、エステルやルリーテがいくら頼んでも一向に相手をすることを拒んでいたセキ。

 理由は先に述べていた通りであるが、そのことを気に掛けてもいたのだろう。


 しかしながら先日起きたはぐれ星団との一件もあり、実力を伸ばす好機チャンスは貪欲に活用していくべき、と考えていたこともこの提案を後押ししていた。


「いきなりメキメキと実力が上がるなんてことはないけど……何かきっかけになれば儲けもんってとこかな。言っとくけどお前……真面目にやれとは言うけど、本気でやるなよ」


「えぇ……僕もセキにいちゃんに特訓してもらいたい……あれからもっと強くなったんだよ……!」


 フガクがセキを見据える瞳もトキネと同様、尊敬や憧れを宿していることがはっきりと見てとれる。そんなやりとりにエディットはつい頬が緩んでいた。


「あ~じゃあ……エディが納得のいく指導をしてもらえた! とかきっかけをつかんだ! ――ってなったら相手してやるよ」


「ほんと!? 約束だよ!」


「あたしとしてもありがたい提案なので、すぐに納得してしまいそうですがっ!」


 エディットにとってフガクの実力は未知数だが、セキの見立てである以上、疑う余地はない。

 だからこそ快い承諾の声をあげたのだ。


 フガクにとってエディットの実力は見ればすぐに分かる。

 大きな実力差ではあるが、セキがこうして自身に託した以上、これから芽生えていくであろう種をエディットが見つける手伝いをすればいいのだ――と、解釈をした。



 この後に行われるフガクとの手合わせで、エディットは十歳を超えたかどうかの少年に手玉にとられることとなる。

 それは覚悟の上……だったはずが、エディットは想像以上の悔しさが自分の内に滲み出ることを実感することにもなる。


 そして『納得の行く指導できっかけを掴んだ!』というエディットの言葉を待つフガクに突き付けられた言葉は『まだまだ納得できません!』という意地から出た、無慈悲な言葉であった。


 これより数日……どころか数十日という日数を、フガクはエディットに付きまとわれる生活を送るハメとなる。

 ――が……それをこの時点で予期していたのはセキだけであった。

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