第282話 疑問

 その場の誰もが覚悟を以って望んでなお――硬直を見せた。

 そう……セキ以外は――


「ガァアアアアア――ッ!」


 エディットの魔道管の形状を見た時に立てた仮説が今まさに立証されたのだ。セキの肉体魔力アトラを喰らった末に生まれた詩が戦士ミヴェルスだと。


 セキが一切の躊躇を見せず咆哮と共に魔力体の射程距離に入る。魔力体が同等の反応速度を以って小太刀を横薙ぎに振るうが、セキは寸でのタイミングで受け流す。

 その直後――

 ポチの声と共に魔力体とエディットの間に、巨大な岩壁が生成される。


「〈包幕の最上位海魔術ウラエア・ウルベルド〉ッ!」


 マハとトキネが一足遅れでエディットの元へ飛び込み、破裂寸前の腕に向かって詩を詠んだ。

 二種ふたりが作り出した水の膜が腕を包み込み、破裂間近であった腕を抑える役割を受け持っていた。


 その間も魔力体とセキの攻防は続いている。さらにいえば魔力体をセキと挟む形でフガクも戦闘に加わっている。

 髪を焦がすような剣尖の中、セキが足払いを見舞う。魔力体がほんの僅かに姿勢を崩した時――


『ヴォオオオオオオ――ッ!』


 プチが炎を纏った角を以って、目に見えぬ速度で突進を見舞う。

 三本の強靭な角に穿たれた魔力体はやがて、煌めきと共にその姿を風の流れと共に消え行った。


「セキにぃ……予想してたなら先に言ってよぉ~……心臓止まるかと思ったよ~……」


 一同が安堵の吐息を漏らした直後、トキネが甘えるような声でセキに告げた。フガクは興奮気味に「攻撃ぜんぜん当たらなかった!」と瞳を輝かせている。


「そうかな~って思ってたけど、自信がなかったからなぁ」


「恐ろしい詩ねぇ……こんなの『天士レグナス』と同義じゃないのぉ……しかもセキ。あなたの剣技そのものでしょ~?」


 マハは本当に驚いているのか分からない普段通りの声色トーンである。ポチやプチも吠えているが、それは『無機質すぎて殺気が足りない』や『狡猾さが本種ほんにんより劣る』など言いたい放題である。意味を理解しているのは、コト村勢だけであるが。


「そうだね。ルリの……姉さんの力も同義だったから、かなり凶悪な詩だと思うよ」


 詩の放出後に気を失ったエディットを膝に乗せ、やや口角を上げたマハ。それは死してなお、セキに力を貸す彼女の姿を思い描いているようでもあった。

 するとマハはエディットを背負いながらセキへ告げた。


「何かと楽しみなパーティになりそうねぇ……じゃあいったんエディちゃんとチピちゃんを寝かせてくるからねぇ……もちろん治療込みでね」

 

「うん。お願い。ダイフクもやっぱり主が気を失うと一緒に気を失っちゃうんだな……」


 暢気なペースの会話が終わり、ここにきてやっとエステルたちが心の整理を終えた。

 一番驚愕の表情を見せているのはルリーテだ。


「な……な……なぜエディに……セキ様の……力が……?」


 あらん限りに瞳孔が開かれている。エステルやグレッグもルリーテと同様の疑問が胸の内を満たしていることはたしかだ。

 だが、ルリーテの場合は明らかに私情――もとい嫉妬の色が濃いことが一目瞭然である。


「ああ。何かしら力を譲渡するような手段があったのか……? それともルリの時みてえに何かそういう宝石みたいなものなのか……? もしくはテノンのように石に刻むような……?」


 グレッグも知識を総動員し現状の把握に取り掛かっている。だがあまりにも強靭な詩を目の前で見た衝撃からか、瞳は忙しなく左右に揺れている様子だ。


「セキ……えっと……もしかして……精選の時の話って……」


 エステルも飛び跳ねる鼓動を抑えながら可能性を模索していた。

 共に過ごした中で紐解いていった時、辿り着いたのは契約だ。正確に言えばエステルたちはエディットの契約に同席していない。

 だからこその疑問だった。


「うん。経緯はしっかり説明しないとだよね。エディットが起きたらまとめて説明するよ」


 エステルたちが向ける驚愕の瞳を、やや弧を描いた目元で受け止めるセキ。「それじゃ~行こう」と、マハの家を目指し歩き始めたセキにエステルたちは意を決して後を追っていった。


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