第184話 休息日のエステル その10

 真新しいという建物は見当たらない。

 木造りの家。

 石造りの家。

 土造りの家。

 統一性はなく、どれも年季を感じる建物ばかりである。


「奥がオレの家だ。そこに――」


 エステルは挙動に注意するように、首を極力動かさない範囲で視線を動かしている。

 ユエリが背後の二種ふたりへ振り返った時、一種ひとりの大柄な獣種じゅうじんの男が近寄ってきた。

 衣類もユエリが着ている皮の衣装であり、特徴的な模様が目を引き付けた。


「ユエリィィィ~……! いくら族長の息子だからって大国の――しかも騎士団の男を連れてくるのはおかしいだろぉ~? 果実はその女が持ってるようだし、その女を捕まえておきゃ~――ゴバァッ――ッ!!」


 不敵に口角を上げ、蔑むような視線を背後の二種ふたりへ送るだけでは飽き足らず、さらに口を動かしていたが――


 全てを語り終えるまで待つほど、ユエリは悠長な性格ではなかった。

 エステルの目ではその動きを追うことは叶わなかった。

 しかし、イースレスの瞳には――ユエリの回し蹴りが、男の頭に炸裂し、勢いのままにその巨躯が石造りの家に壁を突き破ってお邪魔する、という事態を引き起こしたことをはっきりと映していた。


「お前のような馬鹿がいるから……イースレスのような男が付いてこなければいけないんだろーが……」


 狂狼の如き瞳を男に向け、吐き捨てるユエリ。

 だが、男の意識がすでに途切れていることは明白であった。


「すまない。気のいいやつが多いんだが集団だからな……どうしてもその輪からはみ出す者も出て来てしまう」


「いや、幻域である以上その心配はもっともだ。だが――来る前にも言ったように私は個種的こじんてきにエステル様に付き添っているだけな以上、ユエリ。お前の行動に感謝しよう」


(あわわわわっ……ユエリさんが居るとはいえ、イースレスさんが付いてきてくれなかったら……うぅ……正直怖いぃいぃ……)


 動揺の色を一切見せない二種ふたりとは異なり、その場を眺めるエステルはすでに気が気ではない。

 安易に選択したことを軽く後悔し始め、自身でも無意識に果実を持たぬ手でイースレスの袖を握りしめていた。


 あの男だけが問題があるかはさておき、ユエリの行動により他の者が安易にエステルたちへ近寄る気配を見せなくなったことは確かだ。

 だが、すでに話が里中に回っているのか。

 一目見ようと家から出てくる者は後を絶たず、遠巻きに眺める者は増えるばかりであった。


 想像以上の種数にんずう

 慣れれば忙しなく胸の内側から叩く鼓動も落ち着くかと思っていたエステルだが、この状況では落ち着くなど到底不可能である。

 そんな中でぎこちなく回りを見渡していると、心なしか女性の幻域種ティティスはイースレスを見て頬を赤らめているようにも見えた。


 さらに歩くこと数分。

 他の建物よりも一際大きい家が姿を現した。


「あそこだ。父が付きっきりで看病をしているが……」


 建物を指差しながら振り返るユエリ。

 イースレスの警戒度が上がっていることが隣のエステルへ伝わる。


 道中だけとはいえ、ユエリ自身の種柄ひとがらに触れ、里の入口さえも見せた以上、疑う余地は限りなく少ない。

 だが、ここで気を抜くことはしない、ということがイースレスの強さの要因の一つでもあった。


 そんな思いとは裏腹に、エステルは大きく頷くと同時に歩く速度をやや早めていく。


 他の家よりも汚れの目立たぬ扉を開けると、ぎぎぎっ、と軋む音が響き渡った。

 廊下と思われる通路を経て、さらに扉を開けた時。


 業鬼種オグルにも劣らぬ体躯を持つ男が、肩を落として床に座り込んでいた。

 背後の気配に気が付いたのか、ゆっくりと振り返ったその表情は体躯にまったく似合わぬ憔悴しきった表情であった。

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