第44話 もう一つの真実

 昨夜の真実に劣らぬ告白に、セキは雷を帯びた蟲たちが足元から這い上がったかのような痺れを全身で感じ取った。

 石精種ジュピアは基本的に自種族を隠すため、簡単に出会えるものではないことは理解していた。

 そして事実としてセキはカグヤ以外の石精種ジュピアに出会ったことはない。

 喉を鳴らしながらその差し出された手を見るセキにルリーテは意を決して自身の考えを打ち明ける。


わたしはお見せした通り……石精種ジュピアです。だからわたしが想いを込めた上でこの眼を差し出せば……」

「うん、そんなことはさせないけどね?」


 ルリーテの一晩悩み抜いた結論は秒に満たず水の泡と化そうとしている。

 思い詰めた厳しい顔つきのまま固まるルリーテ。

 そんな少女の目を真っすぐに見据えながら、


「言いたいことはわかるよ? ……でもそんなことは誰も望んでいない。それに姉さんの力をルリーテさんが受け継いだのもきっと何か意味があるんだと思う。それにエステルの才能うんぬんなんて言うつもりはないけど、覚えられるかもわからないんだしね?」

「で、ですが……面識すらないわたしに使われるよりも……思い出のあるエステル様のほうが……いくら同じ石精種ジュピアだからといっても……」


 引く気のない提案。その時セキはルリーテの差し出したままの手をそっと握りしめる。

 セキはルリーテの過去を知らない。

 だが東大陸ヒュートでステアが言っていた通りであるならば、それはカグヤ同様に口にすることは憚れるような過去を持っていてもなんら不思議ではない。

 いや、昨日のルリーテの態度を見ればそのような過去を体験してきたからこそ、あの態度をとらざるを得なかったということが想像に難くない。


「……そんな思い出のあるエステルとずっと一緒に頑張ってくれたのがルリーテさんなんだよ? それが感じられたから姉さんはルリーテさんなら自分の想いも受け継いでくれるって思ったのかもしれない……うん……まぁおれが受け継げないのが情けないけどね……」


 セキはルリーテの目を見つめながら、やれやれ、というように力なく笑う。

 そんな自嘲の笑みを否定するかのようにルリーテは握りしめられた手を自らも握り返す。そしてその行動に後押しされたかのように思いつく言葉を搔き集めていた。


「そ、それは違うと思います……! 『あの子はすぐに無茶をするから』、こうも言ってたんです! だ、だからセキ様自身に与えたら無茶をしてしまわぬようにセキ様の側で力になってくれるひとを……」

「ははっ……! おれはいつまで立っても危なっかしい弟なのかなぁ……でもそれならなおさらだ。おれはエステルの力になりにきたんだから、ルリーテさんもその受け継いだ力でおれとエステルと共に頑張っていこう?」


 ルリーテには少しだけ、ほんの少しだけセキの瞳が潤んだように見えた。

 それは死してなお、あの頃のように自分に世話を焼いてくれる姉が少しだけ垣間見えたからだろうか。だがそのことをルリーテが問いかけることはなかった。


「すぐに受け入れるっていうのもなかなか難しいとは思うけど……でも冒険をする仲間として少しずつでもさ……姉さんのことも受け入れてってくれるとうれしいかな……それにルリーテさんのほうが詳しいと思うけど、あの紅玉の残り一つももちろんおれが持っているわけだしね」

「はい……『濁結晶』であれば、両眼、そして爪も『魔力の結晶』――もちろん『純結晶』には遥かに劣りますが……そして『純結晶』の場合、右眼と爪が『魔力の結晶』、左眼が『象徴石』になると言われています……」


 しばらくの間、お互いがその手を握り合いながら見つめ合うという優しい時間が過ぎていく。

 受け継いだ力がどのようなものかはまだ分からない。だが、セキのためにそしてエステルのために自身の力を奮うということにルリーテの迷いはない。

 同じ石精種ジュピアとしてこれほどまでにひとに愛され、またひとを愛することができたカグヤのことを知りたいと。

 だからこそ受け入れ共に歩みたいと。


 ――その静寂はルリーテの決意によって破られた。


「……はい。受け入れるも何もわたしのような未熟者では使いこなすことも満足にできないと思います。ですが……エステル様とセキ様が信頼したカグヤ様の力……きっと上手く使えるようになって見せます……!!」


 見つめ合っていたセキの口元がほのかに緩むと釣られてルリーテの顔も宝石のごとく輝きを取り戻す。

 表情も背格好もカグヤとルリーテは似ているわけではない。

 だがなぜかルリーテの綻ぶその顔を見たその時、カグヤも微笑んでくれたようにセキは感じていた。


「うん……おれも魔術はからっきしだけどできる限りのフォローはしていくから! あと……えっと『様』付けはちょっと慣れないから止めてほしいかも……? エステルみたいに呼び捨てのほうが気楽なんだけど……」

「では……先にセキ様もエステル様のように『ルリ』とお呼びください……」


 通じ合えた喜びからか、ルリーテのお堅い口調も取り払ってしまおうと試みる。

 その言葉に思わず頬に紅を差しながら少女は自らの思いも伝える。そんな表情を見ているセキはすでに浮足立ち始めていることは言うまでもない。

 気恥ずかしさを隠すように咳払いをすると。


「えっと……うん、よろしくね『ルリ』」

「はい、こちらこそよろしくお願いします……セキ……様」

「えっと……おれが呼んだらルリも『様』付けは止めるんだよね……?」

「そ……それはもう少し時間がかかりそうです……」

(なんだよ……くっそ……めちゃくちゃ可愛らしい……!)


 握りしめた手を離さぬように力を込めながらその視線を下げるルリーテ。直近の騒ぎですっかり忘れていたが元々一目見た瞬間、愛嬌ある表情とその姿に心を奪われたのだ。

 疑惑も晴れて素直になったルリーテを見てセキの鼓動が高まらないはずがないのだ。エステルと再会した時も同様ではあるが。


「――じゃあこれで一安心かな!?」


 部屋の入口から発せられた不意を突かれた二種ふたりはその体を跳ねさせながら入口に佇む少女を見据えた。

 セキでさえルリーテの説得に全ての神経を注いでいたこともあり、声をかけられるまでその存在に気が付いていなかったのだ。


「や、やあ……おはようエステル……」

「エステル様……まだ朝の特訓の時間には早いのでは……?」


 何も恥じることはしていない。二種ふたりの共通認識ではあったが第三者に見られていたと実感した瞬間なぜか照れくさく手を放す二種ふたり

 ちなみにカグツチは木円卓テーブルの上から二種ふたりのやり取りの一部始終を眺めていたが、セキの背伸びした対応に辟易したのか遠い目をしていた。たびたびセキに置物扱いで放置されることはあったが、今回は今まで以上に存在を抹消されていた。


「だってルリがこそこそこんな時間に出ていくんだもん……心配になるよ!」


 ルリーテが滝のような汗を吹き出し始め、心なしか体調が悪くなったかのように青白い。

 貧血と言われれば納得してしまう顔色の悪さが垣間見える。


「……え、エステル様……いつからそこに……?」

「ルリが『朝早くからすみません』って言ってた所から」

(あははっ……! エステル……それは最初っからって言うんだ。あ~ほんとに気が付かなかった……視線と動線感知はおれの戦闘の生命線なんだけどなぁ……ルリのほうだけずっと見てたっぽいなぁ)


 戸惑うルリーテをよそにセキが心の中で満面の笑みで物言いを付けているがエステルはそんな機微を察することはない。

 そんなエステルが部屋の中へ歩みを進めながら胸を撫で下ろしたように。


「ルリがとんでもないこと言っちゃうのはちょっと怖かったけど……セキ……ありがとね……? ああ言ってくれて……うれしかった……」


 お礼の言葉を告げるエステルの和らいだ表情にセキは胸に温もりを感じ頬が緩むことを自覚する。


(なるほどね……おれもまだまだだったな……どっちが可愛いとかじゃないんだ。これはどっちも可愛いんだ……)

「だってステアさんの娘でエステルの妹でしょ? 姉さんが認めないはずがないでしょ」

「ふふっ……! うん、カグヤお姉ちゃんだったらそう言ってくれるとわたしも思う!」

「み、みなさんの期待に応えられるように……精進します……」


 三種さんにんはお互いの顔を確認し合うと自然と口元に弧を描き始める。

 そしてその三種さんにんの姿を眺める一匹の偉大な竜も少しだけ肩の荷が下りたかのように安堵の吐息を長々と吐き出している。

 エステルとルリーテの二種ふたり旅、セキとカグツチの一種ひとりと一匹の過酷な冒険の終わりを告げる音色は笑い声となり、青空に響き渡っていった――

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