第45話 エステルパーティ始動

「もう少しで到着だから!」


 先頭を歩くエステルが続く二種ふたりを振り返りながら活発な声を上げている。

 セキとの一連の騒動も終わり改めてセキをパーティに迎えることとなった。

 これから一緒にやっていく以上、南大陸バルバトスから来たセキに彼女たちの現状を手っ取り早く見せる意味も含めクエストに向かう最中だった。


巨蜘蛛ジャイアントスパイダーの駆除』

 キーマやエディットと共に戦った日々を振り返り、二種ふたりでも十分に対応ができるクエストを受注していた。

 四種よにんで通っていた頃とは違い生息数が比較的少なめで落ち着いてる地域を選択したこともあり、セキにいい所を見せてやる、とエステルは意気込んでいる。

 ルリーテもその気持ちは同様でクエストにかける熱意が普段冷静な彼女の幼さの残る顔にも現れていた。


「う、うん……でも、別におれもこっちの魔獣の勝手が分からないわけでもないし、参加するよ……?」


 エステルとルリーテに視線を交互に移しながら提案を促す。心労的な面でいえば南大陸バルバトスで味わうこともなかったとてつもない衝撃が続く日々ではあったが、体力的な面であればセキにとって距離はともかくとしても近所の見回りレベルである。


南大陸バルバトスからの長旅だったんだから、今日はお休みしてて大丈夫! それにわたしたちの実力を見てもらわないと!」


 後ろを向きながら歩くエステルは鼻息を荒げながら握った拳で胸元を叩く。


「その通りですね。何より職の紹介をしただけですからわたしたちの動きを見て頂く意味も含めて今回はわたしたちにお任せ頂けるとうれしいですね」


 口調は冷静だが、その落ち着いた言葉の節々にルリーテの自信が垣間見える。

 南大陸バルバトスの凶悪な魔獣の生態は実際に見たことがなくとも、話では何度も聞いたことがある。

 セキがその南大陸バルバトスから来ている以上は相応の実力があるということは頭では分かっている二種ふたりであるが、つい先日までの上り調子のクエスト成果のこともあり、特にエステルに関しては自分の成長を見てほしくてしょうがない、という気持ちが溢れていた。



◇◆

「こういう予定じゃなかったんだけど……」

「あの……今までは順調だったのは本当なのですが……」


 結論からいうと三種さんにんは討伐地域から逃げ出したところである。

 数日前まで生息数が少なめで安定した地域という思い込みから一匹目を仕留めた二種ふたりであったが、その一匹目が張っていた巣は想像以上に他の巣とつながっており、二十匹を超える巨蜘蛛ジャイアントスパイダーが襲い掛かってきたのである。

 それでも最初の数匹はエステルのルリーテの連携によって倒しきれていたが巨大な波となり一丸となって動く巨蜘蛛ジャイアントスパイダーを見てエステルは撤退の判断を下したのだった。


「えと……数日前はこんなにいなかったんだけど……」

「あの……わたしたちで実際にここで戦ってたのですが……」


 セキの顔を見ることができない二種ふたりは自身の指を落ち着きなく絡めながら言い訳の言葉をつい口にしていた。

 二種ふたりの気持ちは図らずも一致していた。

 南大陸バルバトスから来たセキにこんな醜態を見せたことで落胆させているということがわかっていたからである。

 下手をすれば即日パーティ解消でも文句は言えない失態でもあった。


「えと……」


 戸惑いながら言葉を探すエステルにセキが感想を口にする。どんな表情で言っているかは俯いている二種ふたりには見えていなかった。


「ん~ちょっと判断が遅いね~」


 その言葉に肩を跳ねさせる二種ふたり、だが自身の招いた失態を認めなければ話が進まない、ということを理解しているからこそその俯いた顔を怯えながらもセキに向ける。


「おれだったら一匹目の後に大量に出てきた瞬間にもう背中を向けて逃げてるよ~!」


 セキから飛び出す想定外の言葉に戸惑いを隠せない。二種ふたりの認識と大幅にズレたその助言アドバイスに肩が抜けたエステル。


「あ……き、気を遣わせちゃってごめん……あれくらいセキだったら――」


 懺悔のように視線を落としながら己の弱さを打ち明けようとするが、


「あははっ。違う違う。だって今日は二種ふたりで戦うって話だったんだから! でも想定外の事態が起きて引くことになった。だから今ここで無事に話ができる。エステルは何も間違ったことしてないよ?」


 セキの真意を測りかねている状態だがセキは真意を隠してはいない。


「で、ですが……あれだけ見て欲しいといいながらこのような失態……」


 ルリーテはその皮手袋グローブに包まれた手をこれでもか、というほどに握りしめている。

 昨日の決心からのこの落差は到底許容できるものではなかった。


「うん。そういいながらもちゃんと危なかったら意地を張って危険を取ることもなく引けたこと自体が立派だと思ってる。うん、これは本当の気持ちだよ?」


 セキは女性に甘いのは自他共に認めるところではある。だがここでは本心も同様であることをいかに伝えようか考えている節が見られる。


「おれだって累算したら勝った勝負より逃げ出したほうが多いんじゃないかな……南でちょっとしたことから大断崖に落ちて一種ひとりでなんとかしないといけない時期があったんだけど、ほとんど逃げ回ってたしね……いやー今考えても――」


 セキは笑いながら過去の命がけの逃亡劇を二種ふたりに披露する。そのセキの必死の説明と多彩に変化する表情に二種ふたりの顔に色彩という名の活気が戻り始めたことが伺える。

 セキが過去の醜態を手軽に話終える頃には二種ふたりの表情は行きと変わらないように魅力と気力に満ちた表情を見せていた。


「あはっ。なんか……ありがとう……うん、それならあの大繁殖を少しでも食い止めるために改めて挑戦チャレンジしてみるね!」

「はい! 今度は先ほどのように前に出すぎずわたしたちの距離を崩さずに戦いましょう!」


 エステルがその両八重歯を覗かせながら笑みを浮かべ意気込みを語るとルリーテもそれに合わせて弓の弦を弾きながら同意を示す。が――


「さっきの蜘蛛たちの心配なら大丈夫だよ」


 二種ふたりのやる気が矛先を失うようなセキの言葉。

 ふいにエステルは何かを察したように踵を返して駆け出しそれにルリーテも続くこととなった。



◇◆

 死闘の後ではない。正確無比な何かに眉間から腹部までを一直線に貫かれた巨蜘蛛ジャイアントスパイダーたちはすでに物言わぬ屍となり魔力凝縮が始まっていた。

 合計三十匹を超える蜘蛛たちは足跡だけを残し争った形跡すら見当たらない。

 その場に立ちすくむエステルとルリーテにも何も事情が呑み込めないことはたしかであるが、それ以上にこの状況はセキの技ということだけは核心があった。


「これは……セキ様が……?」


 屍の跡から目を離さずに質問なのか、それとも独白なのかどちらともとれない呟きをこぼすルリーテ。それに二種ふたりの後を付いてきたセキは、


「うん。二種ふたりのクエスト目的らしいしこれで何か被害が出るのもよくないかなぁって……まぁおれも二種ふたりと一緒のクエストだから張り切ってたのはあるね」


 二種ふたりの背中へその思いを告げると首の後ろを擦りながら頬をじょじょに紅潮させるセキ。


「こ、これセキの武器? それともこういう象徴詩……?」


 続けてエステルが蜘蛛の屍の前に膝をつき不可解な傷あとについてセキに訊ねる。

 二種ふたりの後ろにいたセキがエステルの隣に近づき同様に膝をつくと、外衣コートの前をあけ両腿に備えてある計二本の薄切苦無クナイを取り出した。


「うん。おれは魔術がからっきしだからこの武器を使ったんだ」


 傷あとを指でなぞり不可解な面持ちを見せるエステルが受け取り、併せて背後にいたルリーテにももう一本の薄切苦無クナイを手渡した。


「で……でもこれ二本だけだし投げたらそれっきりだよね? それとも投げて取りにいくの……?」


 エステルの素朴な疑問にセキの口が言葉を発する前にルリーテが仕組みの一つに気が付き声を上げた。


「これ……一本ではないです……いえ、一本の武器が縦にスライスされていて五本、いえ、ここまで薄くなるなら五枚と言った方がよいのでしょうか……」


 ルリーテはタロットカードのように両手で重なった薄切苦無クナイを広げて見せた。

 それを見たエステルも受け取った薄切苦無クナイを同様に広げ感嘆の吐息を漏らす。


「そうそう。ルリのいう通り一本が五本にバラけるから合計十本っていうのがエステルの問いかけの一個目に対する回答で、もう一つは……」


 セキはそういいながら両腕を広げ手の平を空に向ける。すると二種ふたりが持っていた薄切苦無クナイがセキの手の上へ吸い寄せられていく。

 引き寄せられる様を呆然としたまま眺める二種ふたり


「こういうことなんだけど。これも魔術ってわけじゃない。おれは『磁熱石じねつせき』って呼んでるんだけど熱を加えると磁力を発生する石らしいんだ。おれはこの石を武器と体中に仕込んで引き寄せたり反発させたりしてるんだよね。まぁ体内での熱操作はおれの魔力を使ってるけど」


 セキは集めた薄切苦無クナイを勢いよく正面の森へ投げつける。勢いを殺すことなく薄切苦無クナイは乾いた音を立てて木の幹へと突き刺さる。

 だが、刺さった薄切苦無クナイは次の瞬間に投げた時以上の勢いで引き抜かれセキの両手目掛けて飛んでくる。

 しかしセキの手に突き刺さることはなくセキの手の平の上でぴたりとその動きを止めた。


「ってことで、こういう往復操作で蜘蛛たちに穴を空けていったってことだね。おれの場合は術が苦手で手数がどうしても少なくなるから苦肉の策で考えたんだ。実践で相手を貫くことが目的ならそれ相応に回転を加えたりとかしてね」


 説明を終えて照れ笑いを浮かべるセキ。

 エステルとルリーテがセキに視線を移すとその瞳には羨望の色が惜しみなく描かれていた。


「す……すごい! 磁熱石じねつせきっていうのも初めて知ったけどセキは――」

「セキ様。感服いたしました。魔術が不得意とのことですがそれを補うための試行錯誤の末、このように魔術に劣らない利便性を備えた解決策を見出されたのですね。魔術ばかりに頼っていた自分が恥ずかしくなります……」


 エステルが振り向きながら放つ言葉は、すでにルリーテがセキの目の前まで距離を詰めた上での敬い、いや崇め讃える姿にかき消されていた。


(――ん? あれ? ルリの距離セキに近すぎない?)


「あははっ。そういってもらえると頑張ったかいがあって救われるな~」


 なんてこともないと返事をするセキだが、至近距離に迫るルリーテと目が通じ合い、恥じらいからかその視線を落とした際、その美しい翠色の髪から香る、森の自然香の中に一滴の甘さの雫を加えたようなほのかで麗しい匂いに思考がかき乱されている状態である。


「んっ……んんっ!! そ、それじゃー残りを索敵しよう! 今度は油断しないからセキ見ててね!」

「はい! その通りですね。セキ様から見れば児戯のような拙い戦闘かもしれませんが気になるところはご遠慮なく指摘いただきたいです」


 エステルが空気の入れ替えよろしく、咳払いで仕切り直しの提案を行うとルリーテの潤んでいた瞳も目的を思い出したかのように引き締まる。


「う、うん。再開は賛成だけど必要以上に無理はしないようにね……? 別におれだって昨日今日で強くなったわけじゃないからじっくり頑張っていこう……?」


 パーティの役割等お構いなしの多人数戦闘という意味ではたしかに一種ひとり旅でも経験がある。

 だが、セキにとってこのような試行錯誤を織り込んだパーティ経験ははっきり言えばカグヤが存命していた頃以来である。

 どことない懐かしさにその目が潤んでしまうことを悟られぬようセキは二種ふたりの後を追っていった。

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