第46話 新たな力

「やっぱりわたしも前に出たほうがよかったのかな~?」


 セキを加えた初のパーティ戦闘は開幕失敗を除けばオカリナ村で前例がないほどの成功を収めたクエストとなった。

 合計討伐数四十七体。報告を受けた紹介所の受付担当者もそこまでの規模に拡大していたこと、それを種子ペルマ級の探求士も含めた三名で討伐したことの事実に報告書と報告者であるエステルの顔を何度も往復して確認する挙動不審さまで引き出すこととなった。

 嬉しい誤算であり、またセキが本格的な合流ということも加味したエステルは思い切って宿の主に小屋変えを申請する。

 エディットも含めた四名になってもゆとりのある小屋を希望し、小中大の部屋が各一個、そして家具とキッチンも備え付けという広々とした造りの小屋に腰を落ち着けたところであった。


「今日はわたしとエステル様のみでしたが、これからはセキ様がいます。なのでやはりエステル様は全体が見渡せる位置にいるのが適切かと」


 エステルとセキ、そしてカグツチは大部屋に据えられた木円卓テーブルに陣取り、広くなったキッチンに心とその腕を躍らせているルリーテが夕食の準備をしている。

 セキも手伝いを買って出たがルリーテに止められており、料理する姿を横目で追うに留まっていた。


「うん。おれも章術士の位置取りはなんとも言えないんだけど、ルリよりも後ろに陣取るほうがいい気がするな~」

「セキ以外が距離を必要とする職だからの。逆にセキは至近距離クロスレンジから近距離ショートレンジが主戦場だからちょうどいいのかの。まぁ我の場合、見えようが見えまいが全てが我の距離だから関係ないがの」

「はい。セキ様にご同意頂きうれしいです……。そしてカグツチ様はたしかにこのような些細なことを気にするまでもないということも」


 位置取りと得意な距離の認識を擦り合わせる。ところどころでカグツチ自身の上からの感想が連なるが、ルリーテ以外は相手にしていない。エステルの順応性の高さが伺える。

 普段からセキに耳を素通りされていたカグツチはいちいち拾い、かつ担ぎ上げてくれるルリーテの反応に尻尾を弾ませている。

 ルリーテの夕食の準備が済むと各々皿を用意し、木円卓テーブルに配置する。

 そして、いただきます、の声とともに口をつけたカグツチが震えだす。


「こ……これ……は……ステアに負けぬほどの美味さだの……このとろみの強いソースが口の中でくどくなくあっさりと味わえるとは……」

「カグツチ様にそういって頂けるとは……元々わたしの味付けもステア様から教えて頂いたものなので……」

「うん。すごいおいしいよ~あっさりしてて食べやすいね!」

「はぁ……セキ様にも気に入って頂けて何よりです。今日は食料の買い出し時間がなかったので不安でしたが、これくらいのものセキ様がお望みであればいつでも――」


 カグツチへの返事もさることながら、セキへの反応は言葉だけでなくその胸に手を添え安堵の吐息をつき、普段の半眼が見開かれ潤いと光の同居する輝かしい瞳が向けられており、何より返事が長い。

 エステルがその事実に指摘を入れたくてその華奢な体をうずうずと弾ませているが、あまりに嬉しそうなルリーテの顔を見ているとその気力も失せ口角を上げていることに彼女自身も気が付いていた。


(打ち解けてくれてほんとによかったなぁ……考えてみれば年上の男のひとってラゴスさんやテッドさんたちくらいしか長い付き合いがなかったんだよね……)


 滞りなく食事が済むと、ふいに今日の戦闘の疑問をセキが口にした。


「あの……ちょっと気になってたんだけどね」


 エステルとルリーテが怯えた目つきでセキを不安気に見つめる。セキが女性に文句をつけることなど世界が滅んでもない、ということをまだ二種ふたりには実感と理解が追い付いていないことがわかる。


「えと……そんな不安そうな顔をしないでね? 二種ふたりとも一体――いや一回ずつ詩を詠んでたでしょ?」


 セキの言葉に自身の行動を振り返ることもなく自覚している二種ふたりはその顎を下げる。


「んと……おれが扱えないから変なこと言えないんだけど、二種ふたりが使ってた術は一度発動させたら意識を集中している限りそのまま継続できると思うんだけど……アルクスとか星之観測メルゲイズとか。ルリは一射ごとに詠わなくても大丈夫そうで、エステルは『サテラ』も『プラネ』も一緒に呼び出しておけると思うよ……?」


 その言葉を聞くや否や、二種ふたりは食後の片づけもそのままに外に飛び出していく。普段の特訓場まで行くことも惜しいようで小屋同士の隙間である空き地で詩を詠む声が響く。


星之観測メルゲイズ……!」


 サテラが浮かび上がったことを確認したエステルは意識そのままに、


一星観測リーメルゲイズ……!」


 見事に二つの星が並び立ちエステルを見下ろしている。エステルはその光景に思わず口を開きその瞳にも星を輝かせている。


「〈弓の下位風魔術アルクス・カルス〉……!」


 ルリーテは弦を引き絞り空に向かってその矢を放つ。翠色の尾を描きながら解き放たれる矢が次々に星空を彩っていく。


「勘違いというよりと思ってつかっとったからだの。魔法も魔術もある程度の決まり事はあれど術者の工夫や想像力しだいで使い勝手は向上するからの。まぁ我の場合は工夫をする前に全てを灰塵に帰すので意味がないのだがの」


 飛び出していった二種ふたりに変わり食器洗いに精を出すセキを放置し、外の様子を見に来たカグツチである。


「今までぜんぜん気が付かなかった……というよりもそんなこと考えたことなかった……」

「同じ職の探求士などがおればそれを見て気が付いたかもしれんがの。だが、今までできなかったのにすぐに実現できるのは大したもんだの」

「驚きました……ですが、セキ様が仰るのならまさにその通りであることは疑いようもない事実なのですから、あとはその言葉を信じるだけでしたので……」


 わずかな期間とはいえ二種ふたりのセキへの信頼の高さが垣間見える。自分たちもよりも何歩も、いやそれ以上に先を歩くセキの助言アドバイスは戦闘の利便性を格段にあげる第一歩となった。


「今からクエストに……」

「はい、いかがでしょう。これなら先の巨蟻ジャイアントアントの数にも怯むことはないかと」

「うん。やる気は認めるんだけど明日のほうがいいと思うけどな~……」


 すでに気持ちが流行るどころか目星まで付けた提案を行う二種ふたりに、洗い物を終えたセキがつい口を挟んでしまうという驚愕の事態が引き起こされている。

 その晩の話し合いは深夜に及びエステルの心弾ませる声とルリーテの胸躍らせる声がひっきりなしに飛び交っていた。

 また、夕食後にいつもの労いで用意しているエステルの紅石茶を口にしたカグツチは、またもや震えが止まらぬ感動に包まれることとなる。

 小屋を広くした意味がないほどに三種さんにんと一匹は木円卓テーブルにへばりつきながらその夜を過ごすこととなった。



◇◆

「はい。それでは詠みます――」


 翌日、オカリナ村から西に向かった草原地帯。見通しと風通しがよく魔獣の出現頻度も極めて少ないこの地域に三種さんにんはいた。

 カグツチは昨日の料理と紅石茶の感動に打ち震えた後遺症か、驚くほど満足気な表情で就寝していたためセキは声をかけることもなく置いてきている。

 涼し気な心地よい風が頬と髪をなでる草原にルリーテが立ち、ところどころに点在する岩の近くにエステル。ルリーテの正面にセキが立っていた。


「――〈刃の下位風魔術ラミナス・カルス〉……!!」


 右手を正面に伸ばし詩を詠む。

 ルリーテの手の平に翠色の魔力が放出されその魔力を包むようにそよ風が渦を巻く。渦が収まるとルリーテの手に包丁程度の風の刃が握られていた。

 が――その刃は風に揺られると同時にその姿を空気中に消していくこととなった。

 そう今日はルリーテが新しく覚えた象徴詩のうちの一つを試す目的でこの地にきたのだ。新しい象徴詩は術者の負担がよみにくいため複数覚えた場合でも日を置いて一つずつ試していくことが多い。

 また術を制御しきれない可能性もあるため、ひと気が少なくまた術者を抑えられる力量を持つ者が同伴するのが常である。


「おぉ……! 剣? みたいに手持ちで使える武装系の魔術だよね! すごい便利そう!」

「はい……本質は刃を形成する象徴詩なのですが、わたしの実力不足ですね……」


 一瞬とはいえ刃を形成した姿にエステルは興奮気味に発言するもルリーテは納得がいっていない様子だ。突き出した手を視野に納めていた視線は直下の草原に落ち、左手を強く握りしめていることが見える。

 そんなルリーテにセキが背腰の小太刀を一振り抜きながら歩み寄る。


アルクスもそうだけど、いきなり形作るのは難しそうだよね。弓も現物強化で使ってるし、これを持ったらどうかな? 姉さんもそのまま刃や弓は作れたけど、おれの背中の大太刀みたいなのは一本持ち歩いてたし」


 セキは普段取り外している柄も小太刀に添えてルリーテに差し出す。その小太刀に目を奪われつつもルリーテは差し出された小太刀を手に取り、


「は、はい……それではもう一度……〈刃の下位風魔術ラミナス・カルス〉!!」


 ルリーテが受け取った小太刀の周りを翠色の魔力が包み込む。

 先ほどのそよ風とは勢いが段違いの烈風が足元から木の葉を舞い上げ渦を描きながら小太刀へと収束されていく。

 先ほどの数倍もの輝きを放つ翠光が風と交わりその魔力を散らすことなく小太刀の刃へ宿る。その神々しさを纏う光が、ただでさえ鋭いセキの小太刀をより洗練した鋭さに変えていることが見た目からも伝わってくる。


「あ……これなら維持できそうです! それになんだか先ほどよりも強い光ですが、ずっと維持が楽になっている気がします。これならばわたしも一振り剣を購入したほうがよさそうですね」

「ううん。ルリが嫌でなければその小太刀あげるよ? 背中の大太刀だと利便性とか皆無だから使いにくいだろうしね……あ、でも小太刀そいつだと逆に短くて使いにくいか……」


 セキの提案を聞いたルリーテがラミナスを解き小太刀を鞘にしまう。


「で、ですが……これはセキ様の大事な武器なのでは。とても頂くことなど……あ、ですがこの長さくらいのほうがわたしは少なくとも取り回しやすいと感じているので買うとしてもこの長さくらいだと……」


 と、いいつつもルリーテはすでに納刀した小太刀をその腕で抱きしめて胸に抱え込んでいる。言葉と裏腹の正直な行動にセキと共に駆け寄ってきたエステルは後頭部から汗の雫を流しつつ苦笑いを浮かべている。


「剣と違って両刃でないからそこらへんは慣れる必要があるかも? でも切れ味とかはおれが保証するよ」


 小太刀をすでに握って離さないルリーテ。気に入ってもらえたなら何より、とセキの表情が物語っていた。


「セキ。うれしいんだけど……いいの? いっぱい使い込んでありそうで愛着とかも湧いてるんじゃないかなって……」

「ん。愛着がないって言えば嘘になっちゃうけどルリーテの使ってる包丁見てるからいいかな? あれくらい大事にしてくれるならおれが使うより有意義だと思う……」


 ルリーテの包丁はステアが手伝いのお礼にルリーテ用に購入したものだった。料理に慣れ始めた頃にプレゼントされ切れ味を維持できるように研ぎはもちろんのこと手入れをかかさずに使ってきたものである。料理に疎いセキだが刃物であれば見るだけでどのように利用してきたか、手入れをしているか等一目瞭然である。


「あ――良いのでしょうか……でしたらこれは大事に受け取らせて頂きます。もちろん汚さぬように手入れ後はしっかり保管して空気に触れさせぬよう――」

「うん。保管じゃなくて使お?」


 セキの言いにくいことをはっきりと伝えてくれるエステル。とても頼りになるパーティリーダーである。

 そして二種ふたりはもちろんのこと、セキ自身もその形が自然なため気が付いていないが、セキはもともと柄を魔装の魔力源として共有するために取り外しができるようにしていたものである。

 その柄ごとプレゼントしたことによりルリーテはこの中央大陸ミンドールでは手に入れることができない、いや南大陸バルバトスですら手に入れることが困難な『魔力源』を手に入れたことになったのである。

 その事実に気が付くのはそう遠くない先の話でもあった。

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