第277話 精霊ルナ

「まじかぁ……こりゃ~めでてぇなぁ~!」


「おめでとうございます。エステル様。これはわたしもウカウカしていられませんね……」


「おぉっ! こちらの環境の影響もあるのですかね? なんにせよお祝いですがっ!」


 セキの呼びかけにより各々の特訓モードから祝福モードへ切り替わった面々である。

 エステル自身もはにかんだ笑顔を惜しみなく向けていた。


 そんなエステルたちを遠巻きに見つめるのは、マハたちである。


「いい傾向だねぇ……怪我の治療も急いであげないとだねぇ……」


 普段から笑顔を絶やさないマハであるが、いつも以上に頬を緩ませており孫を見つめるような視線を送っている。


「大断崖の下なら魔力も貯まりに貯まってるから、そこで生きようともがいたら精霊も反応するよねぇ……ここだと降霊しても姿が見えるほどの魔力はまだ厳しそうだけどね」


 そう言いながら、自身の契約を思い出しているようにトキネは瞼を下ろした。


「怪我が治ってからが良かったんだけどなぁ……まぁ精霊は確認しておいたほうがいいか」


 この状況で水を差すわけにはいかない、とセキも観念した様子である。


「それじゃ~……早速ですが……!」


 そう言いながらちらちらとマハの顔色を窺っている。

 エステルの中でもそのせいで傷の治療が遅れてしまうことは、本意ではないためであろう。


「うんうん……いいよぉ……」


 大きく頷きながらの返事にエステルが拳を胸元で握りしめる。そこでルリーテたちも降霊に備えてエステルから距離を置いた。


「よしッ!! 行きます……! 〈夜月の光よ 祝福と成れ〉」


 エステルの周囲に魔力が渦巻く気配を等しく感じ取る。

 瞼をゆっくりとあけたエステルが感触を確かめるように自身の手を見下ろしていた。


「お? おぉ……? エディの時みたいに顕現させるのはわたしじゃまだ無理みたい……!」


「あたしの時の顕現もあの忘れられた空間に魔力が充満していたからなのでっ! その証拠に南大陸バルバトスでも一度も顕現できていませんので……!」


 エステルの周囲を土色よりも濃い、黒茶色の魔力が包み込んだことをセキの瞳は捉えていた。


(なんだあれ……魔獣型じゃない、魔種まじん型の精霊……いや、獣種じゅうじんって言ったほうが正しい……のか? 初めてみたぞ)


「あれ……ごめん。エステル。精霊の名前って聞こえた?」


「あ――うん。『ルナ』って……!」


 セキの眉間に皺が寄っている。その表情に一同が僅かながらの緊張を伴ったことはたしかだ。


「『四大の土獣グノム』とかじゃないんだ?」


 トキネも首を傾げながらセキに同調している様子だ。

 この両者の行動はエステルの背中に多量の汗が滴るに十分な理由となっていたが。


「あんたたちはぁ……相変わらず勉強不足ねぇ……」


 マハが失望の音色を嘆息に乗せていた。


「エステルちゃんの魔力と組み合わさってるんだろうねぇ……ずっと『お月さま』と頑張ってきたみたいだしねぇ……」


「え……と……『お月さま』って……?」


 状況を理解しているのはこの時点でマハだけであった。

 だが、マハの一言に反応したのはセキだ。


「ん? あれ? 星ってそういうもんなの?」


「ふぅ~~~まったくダメだのぉ……」


 セキが意味を紐解くきっかけを得ると、カグツチが両手を広げやれやれといったような恰好ポーズを繰り出していた。


「『月』とはルナを指すんだの。『セレネ』や『ムーン』でもいいがの。そもそもエステルはずっと使っとった『サテラ』とは『月』そのものだの」


「サテラは……つき……?」


 カグツチの言葉を意識したエステルは、契約時のように意識の内側からの呼びかけに誘われることとなった。

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