第276話 エステルの場合 後編
「エステル……ヤット……アナタノ……チカラニ……」
「……〈ルナクレス〉」
「ルナ……ハ……イツモ……エステルト……イッショ……」
「ヤゲツノヒカリヨ……シュクフクト……ナレ」
『――ルォ~……――グルォ~?』
「――ッ!?」
砂漠にその身を放り出していたエステルが目を見開いた。
「ポチッ!! 教えてくれてたの!? も~~~……ありがとぉ~~~ッ!!」
エステルがポチの鼻に飛びついた。
そう、今まさにエステルは祝福精霊との契約に至ったのだ。
『グルォ~! グルォ~!』
祝福精霊との契約はこの地域では珍しいことではない。
むしろ幼年期に加護精霊から昇格をしていなければ、村の移動もままならない。
だが。
そんな当たり前であろうとも、今心から溢れる喜びに喉を震わせる少女の姿は何よりも美しくポチの瞳に映し出されている。
だからこそ、自然とポチ自身も喜びの声を砂漠に響かせているのだ。
「やった……やったよぉぉぉ……!」
この喜びを表現する方法を知り得ない彼女は、ポチの鼻先に力一杯に抱き着きながら歓喜の声を呟き続ける。
そんな子供のようにはしゃぐ姿を、ポチは弧を描いた瞳で見つめながら、余韻に浸るようその場に座り込み、優しく見守っていた。
◆◇
「や~……時間を忘れて浸っちゃったねぇ……」
『グル~ォ!』
数時間後。
かろうじて落ち着きを取り戻したエステルは、ポチの背に乗り村へ走っている真っ最中だ。
早く伝えたいという気持ちは大きくなるばかり。
それを察したポチの速度は行きよりもさらに早く、さながら疾風の如く砂漠に砂埃を巻き上げていた。
さらに岩石地帯に入るもその速度は一切緩まない。
足場が物足りなければ、ポチ自身が岩の足場を生成し、空を駆けるように走る抜けていく。
「あはっ! 戻ってきたぁ~! みんなに言ったら……あれ?」
『グル~……!?』
村の入口に立つ
その
一歩……また一歩と歩むその男は、頬をヒクつかせたセキである。
「やっぱそうかぁぁぁぁ……ポチてめぇ……エステルいないから焦ったじゃねえかぁぁぁぁ……おまけにお前……――」
『グゥ……グル~……』
ポチの尻尾がしゅんと下がる。
だが。
「セキっ! 違うよ! わたしがポチに頼んだんだよ~!」
「ふむ……ポチ……お主の口からとても……甘い匂いがするんだがのぉ……」
さらにセキの頭の上に鎮座するカグツチが別の意味で威圧感を放とうとしているが、皆無ではある。
『グゥ~ン……グル~ォ……』
しかしポチは威圧があろうがなかろうが、カグツチの言葉に図星をつかれたことからか、情けない鳴き声をあげていた。
「し……心配かけちゃったのはごめんだけど、ポチは悪くないよ……っ! それにグー様、ポチ虐めるならケーキ作ってあげないよっ!」
「ふむ。ポチよ……よくエステルの気分転換に付き合ったの……疲れたであろ? ゆっくりと休むとよいんだの。労いにエステルがお菓子を作ってくれるからの」
カグツチの買収が完了した様子である。
セキは顔を覆いながら空を仰いでいるようで、すでに言葉を発する気力を失っているようであった。
「みんなまだ特訓してるのかな……? みんなに言いたいこと……できちゃったよ……!」
ポチから降りたエステルが肩足と杖を存分に使いながら村の中へ駆け出している。
セキからすれば言わずもがな、であるが……
「そこの広場にみんな呼んでこよっか?」
配慮を兼ねたセキの言葉に満面の笑みで答えたエステルは、怪我を忘れる勢いで広場へ向かっていった。
「はぁぁぁ……契約したら絶対安静にしないって分かってたからトキネにも婆ちゃんにも口止めしてたのになぁ……」
『グル~ォ……』
「『すごい輝きだから気が付くのも時間の問題だった』って? ああ……まぁエステルは『土』だからね。お前の魔力にすごい反応したんだろうなぁ……グレイも一緒だけどもうちょい時間かかりそうだしなぁ……」
そう言いながらもセキの頬は緩みっぱなしである。
怪我の完治と共に告げるつもりではあり、タイミングはかなり早くなったとはいえ、それもしょうがない、と許してしまえるほどに彼女の笑顔は眩く輝いていたのだから。
「結構遠出してくれたんだな……気を使わせちゃって悪いな。結構魔獣と遭遇した?」
この散歩でエステルは一匹の魔獣も認識してはいない。
だが、ポチからしてみればそんなことはなかったのだ。エステルが視認する前に大地の魔法を以って処理をしていたのだ。
『グル……?』
「う~ん……そっか……『百匹くらい?』かぁ……うん……なんだろう……色々ありがとね」
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