第275話 エステルの場合 中編

「よし……手持ちとかでなんとかケーキと呼べるものになった……! 甘くしておけば疲れにも効く……はず!」


 翌日。

 本を読み終えたエステルは、予定していたお菓子作りに精を出していた。


 セキの計らいで各々が実力向上を目的とした特訓をしている中で、自分だけが身動きが取れないという状況はかなり苦しい。

 だからこそ何か気を紛らわす意味も含めて手を動かしていたい、という本音も含まれていた。


「みんな村の外っぽいなぁ……」


 外出したいという衝動が疼き始めている。


「うん……みんな特訓中なんだし……ちょっと覗いて邪魔そうなら声かけなければいいよね……よし! いくぞ……!」


 木皿に特大ホールケーキを乗せると、キッチンから顔を出し家の中を見回す。


「よし……マハさんいないみたいだ……チャンス……!」


 引き留められることをしっかり自覚していることが窺える光景である。

 片足と杖でバランスを取りながら、器用に玄関に向かうエステル。


「よ~し……! どこにいこっかな~!」


 ――と周囲を見回すと家の隣でお座りをしているポチの姿が。


『グル~ォ……』


「あれ……もしかしてマハさんいないから代わりの見張り……?」


 エステルの言葉に頷くポチ。

 だが、エステルはポチが見据える先に気が付いた時、交渉の余地が存在すると瞬時に判断を下した。


「これ……食べたいの?」


『グルル~!』


 大きく頷くポチ。力強ささえも感じられる上下運動だ。


「ポチくん……ものは相談ということで……」


 エステルはポチ以外がいないことを確認すると、ポチに取引を持ち掛ける。

 そしてその取引はあっさりと成立することとなった。


◆◇


「わっ! わ~! すご~い! はやいはやい!」


 エステルは今、頬で風を切る――よりも早く、風そのものになった浮遊感を全身に感じていた。


『グルォ~!』


 そしてエステルを背に乗せ砂漠を疾走するポチも嬉しそうに喉を鳴らしている。

 そう、ポチをケーキで餌付けしていたのだ。

 甘味などがないわけではないが、エステルが作るようなお菓子を作るような者はこの村にはいないため、ポチはあっさりとエステルの軍門に下っていた。



「ふわ~……! ほんっと気持ちいい! ありがとうねポチ!」


『グルルル~! グルォ~?』


 エステルのお礼に気持ちよく鳴き声を響かせるポチ。

 だが、まだ言葉が分からないエステルにさらに何か伝えようとするポチの仕草がエステルの目に留まった。


「ん? 何かを伝えようとしてくれてるのはわかるぞぉ……」


 エステルが真剣に考えた末、ポチと向き合おうと背中からぎこちなく降りようとすると、ポチの魔法により岩の坂が形成される。


「おぉ……便利すぎる……ありがと~!」


 岩を滑りポチと向き合うエステル。


「むむ……」


『グルォ~? グル~?』


 エステルが降りた後も、ポチは一度エステルを見て自身の背後を振り返るような仕草を繰り返している。

 当初はポチの背中に何かがあるのかとアテをつけていたが、そうではなかったのだ。


「むむぅ……わたしの後ろ……? 怖いモノがいるならセキたちが気が付かないはずないし……」


 そこでポチが少し魔力を解放するように周囲に広げる。

 すると何かが反応したような煌めきを背後に感じる。


 思い切ってエステルが背後の上空を見つめた時――


「――あ……え、う……そ?」


 エステルの意識は内側へと沈み込んでいった。

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