第278話 月の祝福

「――理解した。『つき』って精霊の名前だと思ってたよ」


「『サテラ』を扱う章術士はあんまり見かけないからねぇ……教会でもあんまり教えないみたいだし……」


 セキとマハの声を間近で感じたエステル。

 意識を取り戻した彼女は自身の肩に添えられた手に気が付く。意識を失っている間、セキが支えとなっていたのだ。


「――あっ……ありがと」


「おぉ……よかった……大丈夫?」


 セキが腕を緩めるとエステルは自身の臀部が岩に触れる。ポチが気を利かせて腰を下ろせる岩を生成していたのだ。

 エステルは腰を預けつつ、興奮気味に喉を鳴らした。


「うん……! なんかできた気がする! わたしの精霊は『夜想の玉兎ルナ』。『サテラ』って呼んでたけど、このサテラの名前が『ルナ』だったんだって分かった!」


「うんうん。精霊を理解することは強くなるための大きな一歩だからねぇ……月には女神様がいるとか兎が住んでるなんて伝承もあるくらいだからねぇ……」


(月ってわけでもないねぇ……黒も混じってるのは……おもしろいねぇ……)



「ずっとつきっていう女神様の名前だと思ってたよ」


(まぁ……降霊の姿を見た感じ……あながち的外れでもないか)


 マハとセキはそれぞれ思考を巡らせているが、口に出すことはなかった。

 それは足枷となるような懸念ではなく、エステルの力となることを見越しているからこそでもある。



「精霊さんと契約すると詩をもらったりする方もいますが、エステルさんはどうだったのでしょう?」


「そうだねぇ……気になるねぇ……三原の火サラマンダーとかだと詩はもらえないからねぇ……」


 エディットの問いにマハもつい便乗してしまう。百歳を超えようと、見た目同様に好奇心の衰えの気配を見せることはないのだ。



三原の火サラマンダーとか三原精霊の場合は、詩の代わりに魔道管の強化だからね……おれも契約してからすごい後に気が付いたけど詩? 魔法? なんて言えばいいのか分からないけど……」


「『染火せんか』とか、水なら『染水せんすい』のことだよね? 三原精霊の場合は契約者を守るために強化の魔法を使ってくれてるってイメージが一番あってるんじゃないかな~」


 セキの具合の悪い説明にトキネが補足する。

 そもそも三原精霊特有の保護魔法は、契約者の肉体を保護しながら魔力に馴染ませるためのものである。


 火であれば契約前よりも魔道管が強化され、その状態に体が馴染んでいくことで結果として契約者の強化につながる。

 水は契約前よりも魔道管に流れる魔力濃度があがり、その状態に体が馴染んでいけば放出する魔術の威力も相応に上がる、ということである。



「えっと……一個……ある! 最初に聞いた時は言葉の表面しか見えなかったけど……『ルナクレス』って……」


 結果的に決心を固めることとなったはぐれ星団との一件。ほんの僅かでもセキに歩み寄りたいと願っていた彼女にとっては、天恵とも言えるだろう。

 エステルは、自分の宝物を自慢する子供のように、思わず身を乗り出し目を輝かせている。


「でも……『三日月ルナクレス』なんだって……!」


徽章術きしょうじゅつの詩かな? まぁ……試してみれば分かるか……だよね?」


 セキはエステルを支えていた腕を離すと前に向かって歩き出す。


「そうだねぇ……おそらくは……つきの魔力を使った詩だろうねぇ……」


 続いてマハも足を進め、自然とエステルを取り囲むように移動をする。

 正面にセキ。

 左手にマハとトキネ。

 右手にポチ。

 背後にプチだ。


「おぉ……あの陣形で囲まれたら簡単に生きることを諦められるぞ……」


 グレッグが下がり、額の汗を拭っている。



「――……〈星之観測メルゲイズ〉」


 エステルが心を整えるように呟いた詩。

 今まで共に歩み成長してきサテラ――『ルナ』が召喚された。


「セキ……――いくよッ!!」


「了解!」


(――っても、サテラの魔術だからエステルを守るようなものじゃないのかな……?)


「……――〈三日月ルナクレス〉ッ!!」


 エステルの詠んだ詩にルナが輝きを見せる。

 すると。

 ルナを黒い影がじょじょに包み込んでいく。

 まるで浸食されるようその身を染めていくが、やがて星の輝きが三日月みかづきの形となった。


 そして。


「何も……起こらない?」


 その場の誰もが無言で見守る結果となっていた。

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