第279話 月は牙で砕けない

「あれ……?」


 ルナに多少の変化があっただけで、それ以外は変わりが見えない状況である。

 それはトキネやマハも同様であったが……。


「ちょっと待ってエステル。動かないで」


 未だにルナは三日月状の魔力の輝きを失うことなくエステルの側に浮かんでいる。

 セキだけは、そんなルナを凝視しながら近寄っていった。



(絶対魔力が形作られてるよな……なら……引っ張り出してやりゃいいのか?)


「エステル。ちょっと真似してほしいんだけどさ」


 セキはエステルの隣に並んだ。その右手には小太刀を携えている。


「うん……!」


 セキが右手の小太刀を自身の肩の高さまで上げる。

 それはエステルの側に浮くルナと同じ位置だ。


「――で……おれはここから小太刀を抜くと……こう横に薙ぎ払う動作になる。エステルも同じように……」


 セキがエステルの背後へ回り向きを変える。

 自然と変えているが、エステルはグレッグを正面に捉える向きに変わっていた。


ルナから刀を抜くように……? あっ! 魔力を抜くようなイメージでいいのかな……?」


「うん。試しにそんなイメージで!」


 エステルが徽杖バトンを持たない左手をあげ、ルナに添えた。

 そして指先に力を込め握り込み――


「やぁ――ッ!!」


 左腕を払う。

 すると彼女の腕の振りと同時に――

 が放出されたのだ。


「――ッ!?」


 一同が驚きと共に肩を跳ねさせる。

 そして三日月型の魔力は正面に立っていたグレッグへ一直線に向かう。


 だが――。

 

「――〈牙の中位風魔術デグス・カルライザ〉!! セキ! オレはお前の意図を読んでたぜッ!!」


 グレッグが詠んだ新しい魔術。

 それはテノンが残した詩だ。


 セキとの特訓で扱えるようになった詩であり、グレッグの両手に備えた盾に牙の形の魔力を纏わせていた。

 さながら両手を上下から挟めば、獣の大顎が獲物を噛み千切る――そんな形にも見えた。


「オォォォッ!!」


 さらに言えばグレッグは中位魔術も扱えるようになっており、その事実を知るのはセキだけであった。だからこそ、グレッグ自身も見せたくてしょうがなかったのであろう。


 そんな意図を瞬時に読み取ったルリーテのこめかみに少々の青筋が走っているのは、その意図が気に食わないとの心の表れでもあるが。


「ォォォ……――かっ! かてえッ!?」


 グレッグの牙はエステルの魔力を嚙砕くことができず、そのまま三日月を腹部へ受けると、


「――ごへっ!!」


 情けない声をあげ、吹き飛んだ。


「れ……レイッ! 大丈夫!?」


 エステルがその場で声を張り上げるが、


「切るような魔力じゃなくて、魔力の塊で吹き飛ばすような詩っぽいね」


「だの。エステルの属性にも合っとるから放出魔術の代わりに使えそうだの」


 セキとカグツチは通常運転である。


「見た感じ……土属性の『下位土魔術ドルス』のように岩そのものを形成するんじゃなくて……岩に近い硬質な魔力で三日月みかづきを作って飛ばすようだねぇ……」


 もちろんマハも同様に冷静な分析に喉を震わせている。


「おぉ~! エステルさん属性『土』に決定ですねっ! 一番使い勝手が良い属性じゃないですか!」


 トキネもセキから聞いていたものの、この場で知ったエステルへ祝福として言葉に綴っているのは、エステルへの配慮であろう。



『グル~ォ!』


『ヴォウ! ヴォウ!』


 続けて喉を震わせるのはポチとプチだ。

 ポチが繰り出す大地の魔法に比べれば……ではあるが、誰しも成長の第一歩は存在する。そのことを理解しているからこそ二匹も惜しみない称賛を贈っているのだ。


「エステル様……感服しました……! しかも土属性になるなんて……!」


「ほえ~……! 属性詩と違ってエステルさん特有? 精霊さん特有? っぽいので、かっこいいですね~!」


『チピピィ~~!』


 歓声をあげるルリーテとエディットを余所に、すでに忘れ去られていたグレッグはひと知れず、その頬に涙を伝わせていたことを誰も気が付かなかったことは唯一の救いであろう。


(見せ場を……エステルに取られたぜ……)

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